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薫と奥向き

 雪江と薫は手際よく野菜を洗い終えた。薫が中へまな板と包丁を取りにいった。


 その薫と入れ違いにお初が近づいてきた。

「姫さま」

 まさかお初が来ていようとは思ってもいなかったので驚く雪江。

 ずっと女中たちの長屋を見ていたのだろう。


「こんなところで・・・えっ、まさか水仕事を? この寒空に?」

「私はちゃんと仕事をしているだけです」


「姫さまのお手を煩わせて・・・・・。そう、それどころではありません。姫さまが一晩こちらにお泊りになることを一応、正和さまに確認したところ、難色を示しておいでです」

「ああ、そのこと・・・・・もうみんなにそう言っちゃったんだから、なんとかしてよ」


「無理でございます。節子さまが」

「じゃあ、節子さんに言っちゃえば?」


「いえ、話されても正和さま同様、他の女中たちと一緒に寝泊まりすることは許されるはずございません」

「面倒くさいのね。同じ屋敷内じゃないの。その人たちのおかげで、私たちは毎日快適な生活が送れるんでしょ。差別だわ」

 多少、キツイ言い方になってしまった。

 お初は何も悪くないのに責めるような口調になった。


 雪江はそのお初の後を見てはっとした。薫が立っていた。

「うわ、やばっ、お、お初さま、私はきちんと仕事をしておりますのでご心配は御無用です。節子様にはくれぐれもよろしくとお伝え願います」

と、頭を下げた。

 その雪江の口調で、お初は後ろにいた薫に気付いた。


 こうなったらお初もそれに合わせるしかないと思ったのだろう。

「承知した。そちがそこまで申すのならいたしかたない。節子様にはうまく伝えておく。無茶をせぬようにな」

 お初はそう澄まして言い、そそくさと中へ入っていった。結構演技派だった。


 薫はどこまで聞いていたのだろう。それとも気づいていないかだ。

「ありがとう、薫ちゃん。包丁貸して」

 仕方がない。何事もなかったようにふるまうだけだ。もし、薫に問い詰められたら、その時は正直に打ち明けるつもりだった。

 しかし、薫は少し元気がないだけで、何も言ってこなかった。


 野菜の切り方は、今夜の献立によって異なってくる。薫は聞いてきた指示通りに雪江に教えた。

 サトイモの皮をむいていく。

「薫ちゃんはここの藩の人? それとも・・・・」


「私の父上は桐野のお殿様の家臣でした。父上もこの江戸屋敷に勤めてまいりましたが、早くに亡くなり、母もその後を追うようにして亡くなりました。私は同じ家臣の皆川様に引き取られました。武士の娘として嫁に出してくれるともおっしゃっていただきましたが、私はここで働きたいと思い、また父の土橋つちはしを名乗ったのです」


 そうだったのか。しっかりしているはずだ。幼少から武家の娘として育てられたのだ。きっと今の雪江よりしつけは行き届いているに違いなかった。


 そこへ徳田が大声で雪江を呼んだ。

「おお~い、ゆきえっ。」

「あ、ばか」


 雪江のリアクションで、言ってはいけない名前を言ったことに徳田は反応していた。

「やっべ~。お・・・・きえ?だっけ」

 もう偽名そのものを使っています。僕は覚えていませんと言っているようなものだ。

 まったくもう、こっちに入る前に徳田だけには三百回くらい「おきえ」という名前を言わせておくべきだったと地団太踏む。


「ちょっとなによ」

 徳田も、薫の前で自分が失態をみせてしまったことに気付いていた。

「悪かった。あ、こっちの掃除はもう大体終わりだぞ。あっちへ行くんだろ。早く行って、今日中に解決できたらそれの方がいいって裕子さんが」


「そう? わかった。ありがと」

「で、さっき、小次郎さんがきてまたダメ押し。泊まりはだめだって」

「小次郎さんは? 帰しちゃったの」

「うん、逃げるようにして中奥へ戻っていった」

 

 敵もよくこちらを知っている。捕まったらまた、何を言われるかわからない、逃げられた。

 仕方がない。早く潜伏して聞き出してこよう。


「薫ちゃん、私、今度は奥向きのお末の人たちの方を手伝ってくるわ。あっちも大変でしょうから、ちょっとお時さんに言ってくるね」

「あ、あのう・・・」

「ん?」


「私も、私も一緒に行きます。こっちが終わったのならたぶん、ちょっと暇があるので。私がお時さんに言いにいってきますから。顔見知りの女中もお末にいますし」

 薫が一緒に行ってくれるという。それは心強いが、急にどうしたのだろう。やはり、薫は雪江の正体を知ってしまったのだろうか。その瞳からはそこまでわからない。


 薫はさっさと台所へ入っていった。

「徳田、言ってくれるじゃん。堂々と雪江って」

「やっぱ、まずかったかな? あの子、気付いたかな?」

と、人ごとで笑っている。

「わかんない。でも、あの子のこと侮れない。結構鋭いと思う」

 

 すぐに雪江は口をつぐむ。

 薫が戻ってきたのだ。明るい顔をしている。お時が承諾したのだろう。

「さあ、行きましょう」

「うん。お時さん大丈夫って言ったの?」


「はい。掃除が終わって、すごく上機嫌でしたので」

 なんとなく、お時の単純な顔が浮かぶ。小言も多いが人もいい。

「この際に、奥向きの方に恩を売っておくこともいいかもしれないねって言ってました」

 やはりそうだ。

 薫と顔を見合わせて笑った。


 奥向きへは、外から入る。

 通常、雪江がうろうろするエリアは決まっていて、これほど奥へ入ったことはなかった。

 いつもなら閉め切ってあるだろう障子が全部外されていた。

 

 薫が手伝いに来たというとお末頭すえがしらの井上がじろりとにらんだ。特に雪江を珍しそうに見ている。

「へ~え、台所では人があまっているんだね。よいことだこと。それに・・・・・」

 井上が雪江を正面から見た。


「いい体格をしているね。台所にはもったいない。力仕事を頼めそうだ」

 薫がなにか言おうとした。

 それを制するように

「もちろん、私、以前は旅籠と料亭で働いていたから」

と、言う。


 障子を取り外し、外で洗ってからまた、新しい紙を張る作業を命じられた。

 薫には無理だ。


 雪江は障子を外し、どんどん外へ運ぶ。すると薫はその張られている古い障子紙を破って取り外すことにした。

 目立ちすぎるかもしれないというくらい、みんなが雪江を見ていた。

 忘れてた。みんなが雪江のことを知らなくても体格が違うのでみんなに印象づけやすい。制御しなくては後々面倒なことになりそうだ。ちょっと猫背ぎみにして体を小さく見せる。


 外では、薫と同じくらいの年の女の子がキャッキャッ言いながら障子を破いていた。障子なんて、珍しいものではないが、よく考えてみると雪江の住んでいた家には障子がなかった。

 明かりとりはガラスで、目隠しはカーテン。二十一世紀の洋風の家には、障子は使われない場合が多い。


 一緒にいる女の子は薫の友達で、千里と言った。

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