第三者
そう、雪江は発見した。
節子とお初以外に、この奥向きで息をひそめて龍之介と雪江の会話や行動に耳を傾けていた人物がいたのだ。
成瀬がなぜ? どうして?
今、すぐにでも問いただしたいが、それは事を大きくしすぎる危険があった。今夜はこのままにして、明日、問いただした方がいいだろう。
雪江がじっと見ていると、成瀬が異常なほどおどおどしていたかがわかった。噂を流した本人はこの人だと確信していた。
お初は自分の部屋へ戻して寝かせた。
雪江は節子にも声をかける。節子にもかなりの負担がかかっていたからだ。最初、倒れたのはお初ではなく、節子かと思ったほどだった。
「節子さん、もう寝て。私たちももう休みますから」
「姫さま、・・・・・それはできませぬ」
節子はどうしても雪江たちが寝入るまで、控えの間に座るつもりだった。
「龍之介さんっ」
雪江は声を張り上げる。
「なんだ?」
「私たちのお布団、ひと組こっちへ持ってきて」
「え?」
「引きずって持ってきて。節子さんを寝かせるの」
「姫さま」
「このままじゃ、節子さんも倒れちゃう。もう私たちも寝るだけなの。もし、節子さんがここでずっと座って起きているって思ったら、眠れないじゃない」
少し、プレッシャーをかける。
「もし、節子さんが必要ならば、絶対に起こすから。ねっお願い。今夜のところは私の言うことを聞いて」
雪江は真顔で訴えた。
そこへ、龍之介がずるずると布団を引きずってきた。
「まっ、若様がそんなことを・・・・・。成瀬どの、何をぼうとしておられるのですか。まったく」
成瀬はあっけにとられていたが、節子の言葉に我に返り、あわてて立ち上がった。
「もうよい。大したことではない」
その布団一式を控えの間の中央に置いた。
「それでは姫様が・・・・。すぐに他の布団を用意させ・・・・」
龍之介も節子の言葉を制し、
「もうよい、夜も遅い。せっかく寝入っている者たちを起こしてまでの一大事ではない。そちは早く寝よ」
雪江が掛け布団をめくって、節子を布団の中に入れた。
龍之介も少し強い口調で言った。
「節子、これはわしからの命令じゃ。わかったな」
「はい・・・」
と、消え入るような声で答えた。
今度は成瀬に目を向ける。
「成瀬殿、そちには明日、改めて話がある。沙汰があるまで中奥にて、待機しておれ。そして、今夜のことは他言無用ぞ。よいな」
「はっ」
成瀬は平伏したまま、顔があげられない。
「もうさがってよいぞ」
「はっ」
成瀬は心なしか震えているようだった。
龍之介と雪江が寝所に戻ってもそのまま平伏していた。
ひと組だけの布団に入る。
さっきまでこうやって内緒話をしていたというのに、今夜はやけにお互いが近く思えた。
「雪江、わしを蹴らぬようにな」
「蹴ったことなんてないでしょ」
龍之介はくすくす笑って、
「覚えておらぬのか。昨夜、急にものすごい寝がえりをしたかと思うと、そなたの足がわしの胸に飛んできたのだ」
顔を赤らめ、雪江が何かを言い返そうとしたとき、龍之介が雪江に覆いかぶさってきた。
久しぶりのキスだった。それも龍之介にしては珍しいくらいの濃厚な熱いもので雪江は内心、あせってくる。
祝言までは何もしないっていうからかなり安心して呼んだのに、やばいことになったら・・・・。まだ、その心構えはない。いや、いいけど、生理中だし。
しかし、次の瞬間、龍之介は放してくれた。
「わしを甘くみた罰じゃ。驚いたであろう」
「まあね」
雪江の表情はかなり強張っていたに違いなかった。