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節子、キレる

 奥向きに戻る。

 すぐに節子に、龍之介のお渡りが今夜もあると沙汰がきたのだろう。お風呂に入るとき、絶対に今夜は髪を洗うなと忠告された。

「わかってます」

と言ったが、節子は雪江の言葉を信じていないようだった。


 実際、洗ってしまえと考えていた雪江。

 しかし、敵は先手を打っていた。いつもなら、雪江を一人にしてくれるお君が入ってきて、監視をするようにと言われたらしい。


「姫様が髪を洗わないようにとのことでございます。もし、濡れ髪で出てきたら、私がお咎めを受けます」

と、すがるような目でみるお君だった。


 まさか、そんなことで本当に咎めることまではしないまでも、お君が叱られるのは確かだった。


「わかったわよ。洗わなきゃいいんでしょ、ったくもう」

 仕方がなく、髪が濡れないように布でキュッと縛りつける。




 節子は、髪を洗わない状態で出てきた雪江に満足していた。急に饒舌になる。

「そうでございます。そんなに頻繁に洗われて、お風邪でも召されては困りますし、乾かすのに手間取ってしまいます。毎日、洗われる人はこの江戸中、姫様だけでございます」

と、見てきたようなことを言う。


「いいじゃない、別に。寝るまでに乾くわよ。なんでそんなに急ぐ必要があるの?」

「正和さまがいらっしゃるからでございます」


「どうせ、夜遅くにでしょ」

「それは判り兼ねます。のんびりしていて若様が先に寝所に入られたら一大事」

「なんで? どうしていつも私が待つの? たまには龍之介さんに待たせれば・・・・・」


 キッとなった節子の口が一文字に閉じられる。唇に力が入っているのがわかった。

 なんだ? 何を言うのだ。

「っま~ったく、姫様。何ということを」

 節子が怒り狂っていた。


「姫様、今日という今日は、わたくし、申し上げさせていただきます」

「は、はい」


 怖くて何も言えない。そんなに怒られることを言ったのか?


「よろしいですか。若様がいる寝所に姫様が行かれるということは、とても無作法な恥ずかしい行為なのでございますよ。それこそ、好色と言われても仕方がないくらい・・・・」

と、ものすごい剣幕で小言が続いていく。


 要するに、男が寝ている褥に入ることは、遊郭の女郎と同じことだと言いたかったらしい。

 でも、先に入るか入らないかで、そんなに意味合いが変わってくるとは思えない。

 反論したかったが、今日はやめておく。


 節子も今日はいろいろなことがあり、疲れているのだろう。それに、雪江たちの気まぐれで、寝所の控えの間に遅くまで待機していなければならないのだ。


 あ~、またやっちゃったと思う。

 節子もいい年だし、早く寝たいのだろうなどと考えていると、また別の叱責が飛んだ。

「姫様、またわたくしの言うことを聞いておられないのですね」

「いえ、聞いていました」


「では、最後のところ、わたくしはなんと申しましたか?」

「・・・・・え?」

「ほうら、答えられぬではございませんか」


 今日の節子は今までになく、しつこい。かなり過激に興奮している。今までの雪江の行動に、我慢の我慢を重ね、ついに爆発したのかもしれなかった。


「あ、いや・・・。もうその辺で、血圧が上がっちゃいますよ。頭に血がのぼりすぎちゃう」

「そんなことはわかっております。しかし、姫様が・・・・」


 次の瞬間、節子は額を抱え込んだ。

「あ、やっぱ、やばい」

 今までおろおろして見ていたお初も心配そうに駆け寄ってきた。

「じゃ、控えの間にお布団敷いて、横になっていたら?」

「そんなわけにはいきませぬ」


「あ~、じゃあ、今夜、龍之介さんに来るなって言ったらどう?」

 雪江が強引に来いと言ったのにもかかわらずだ。


 また、節子がものすごい形相で睨んだ。

「ごめんなさい。冗談です。わかりました。文句言わずに支度して、さっさと寝所に行きます」

 節子は、呼吸を整えて、やっと笑みを浮かべた。

「それでこそ、姫様です」


 なんとなく、だまされた気分になった雪江だった。あの血圧が上がる仕草は芝居だったのかも知れないというほど、今はきびきびした態度でお初に指示を出していた。


 やられたと思う。雪江のわがままを封じるには、その手を使うと一番簡単に通用すると悟られたようだ。それでもまだ、ぶつぶつ言っていた。


「姫様は殿のご息女であり、若様のご正室だからそんなわがままが言えるのでございますぞ。これが他家から嫁がれたご正室であったら・・・・・」

と続いた。


 はいはい、それだけ他の姫にはできないわがままが通ると言いたいのだ。

 お初が髪を梳いてくれる。その横でまだ節子が言っていた。


 まあ、ここまでお互い、言いたいことが言える間柄になってきた節子。母のような存在にも思える。写真から受ける実母は、節子や孝子のタイプと違い、物静かに見守るタイプだった。生きていたら、雪江のわがままに声を荒げることもあるのだろうか。写真の中の母は、少し寂しげにほほ笑むだけだからわからない。


 中屋敷が完成したら、孝子が甲斐大泉から戻ってくる。今の節子の役となる。ではその後、節子はどうなるのだろう。このまま上屋敷にとどまるのか、それとも中屋敷にきてくれるのか。


「ね、節子さんは孝子様が戻ってきたら、どうするの?」

 お初の手が一度止まる。ハッとしたようだった。

「わたくしですか?」


「確か、節子さんは孝子様が戻ってくるまでって言ってたような気がする」

「はい、左様にございます」

 節子は穏やかな表情になっていた。


「そのあとはどうするの? 一緒に中屋敷へ来てくれるの?」

「姫様」

「ねっ、一緒に来てくれるんでしょ」


「さあ・・・・・姫様はお小言をいうものが二人に増えてもよろしいのですか?」

「うん、いい」

「姫様・・・・」

 心なしか、節子の目が潤んでいるように見えた。

poi

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