雪江の作戦 四
「ねえ、今夜も奥向きにきてよ」
龍之介は難色を示す。
「二日続けての奥向きはちょっと・・・・」
「なによ。来たってなにもしないじゃない。ただ、寝るだけ。ね、わかったわね」
「う~ん」
煮え切らない返事だ。
「今、小次郎さんを呼んで。ちょっと話があるの」
「小次郎? 何をする気だ。まさか、わしにしゃべったことを咎めるのではないだろうな」
「私はそんなこと、しません。小次郎さんのおかげで助かったんだから、きちんとお礼を言いたいの」
龍之介は雪江を見て、本心で言っているのかどうかを吟味した。
「ふむ、それならばよいが。小次郎、ここへ」
襖の向こうで聞いていたのだろう。さっと襖が開いて平伏する小次郎がそこにいた。中へ入り、また襖が閉められた。
「小次郎さん、今日はどうもありがとうございました。そして、ご迷惑をおかけして大変申し訳なく思っています」
極めて丁寧に言う。
「いえ、それがしは迷惑とは思っておりませぬ」
「ほんと?」
雪江がにやりと笑った。
「は?」
思わず小次郎が雪江を見入った。
「じゃ、明日、また節子さんを呼び出して」
「雪江っ」
龍之介の叱責が飛んだ。
雪江はぺろりと舌を出した。
「お願い、もう一日だけ、女中として台所へ入りたいの」
手を合わせてお願いをする。
「一日中でございますか?それはちと、難しいかと存じます」
小次郎は龍之介に助けの手を求めるようにして言う。
「本当に、明日一日だけ台所へ入ったら、あとは姫としておとなしく手習でもしているか?」
龍之介が言ってくる。
「あ、はい」
そう正面から切り出されると、返事がしにくい。本当にあと一日だけで犯人がわかるのか、雪江にも自信はない。しかし、そう返事をするより手だてがなかった。
「本当か」
うわ、怖い。龍之介ににらまれた。でも、ここでうんと言わないと明日一日の自由ももらえないのだ。
「はい、明日だけで、あとは姫としての修行をします」
少し大袈裟に言ってみた。
「あい、わかった。わしが節子どのに用事を申しつける。節子どのには徳田殿と裕子どのに会って話をしてもらいたいと思っていたのだ。ちょうどいい機会だ。一日中、夕餉の支度まで手伝うがいい」
「ほんと? やった~。龍之介さん、大好き」
小次郎などはあっけにとられている。
「じゃあ、今夜は奥へ行かなくてもいいだろう」
なんでそんなに奥へくるのがいやなのか。
「だめ、来てもらいたいの」
二日続けてのお渡りがあったら、それなりの噂がたつ。それを探ろうというわけだった。
雪江は小次郎に目を向ける。
「あ、小次郎さん、あれ、どうする?」
「は? あれとは・・・・」
「あれよ。お絹のこと」
龍之介は、お絹が小次郎の子供を宿していることをまだ知らなかった。
「それがしにはいろいろとやるお役目がございますので」
「なによ、無責任ね。人が一人、この世に生れてくるっていうのに。あなたはもう一人の親、きちんとするのが普通じゃないの?」
「お絹には・・・・それなりのことをさせてもらうつもりではおりますが、・・・・」
「私が中屋敷へ入ったら、お絹を呉服部屋の一人として雇いたい。それで二人で一緒になったらいいじゃない、どうせ小次郎さん、家をもらうんでしょ」
「はあ・・・」
そこまで聞いていた龍之介が口をはさんだ。
「小次郎の相手はお絹ちゃんだったということか」
龍之介は雪江を見る。
「そういうことは簡単ではないのだよ。小次郎にしてもそれなりの身分がある。将来の家老として、この桐野家に仕えておる。まず、妻をめとってから、お絹ちゃんとそのややを引き取るというほうがうまくいくと思うが」
「やっぱ、そういうこと? お絹だけじゃだめなんだ」
「うむ、本人たちがそれでよくとも、他の者たちが放っておいてはくれぬ。それなりの身分の嫁を世話する者が必ずいる。上の者からの縁談ではまず、断れない」
「あ~、わかった。もういいわ。私もよく考えてみる」
「よいな、こういうことはそう簡単にはいかないのだ」
「はい」
雪江は返事をしたが、納得してはいなかった。
親のいない子供がどんな思いでいるか、雪江がよくわかっている。だからといって、お絹に肩身の狭い思いをさせたくない。
二十一世紀なら、できちゃった結婚で成立するのに。