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まだ、江戸一日目

 外へ追いやられてしまった雪江とお絹。なんとなく気まずい。

 入り口のまわりには近所のお内儀や子供たちが集まっていた。

「見せもんじゃないよ。さあさ、帰った帰った」

 お絹は老医者にやられたように、手で追い払うしぐさをした。人々はあっという間に散り散りになる。


 お絹はちらりと雪江を見て、

「まっ、こんなところに立っているのもなんだからさ、うちへ来るかい? どうせ、着の身、着のままなんだろう、あたしの着物、貸してやるよ」


 言いたいことは胸に止めておかないで言ってしまう、それでおしまい、というカラッとした性格の持ち主らしい。

「うん、ありがと」

 雪江も言いたいことが言えたおかげですっきりとしていた。


 龍之介が絡まないと、お絹は素直で親切な娘だった。雪江が着物を一人で着られないことがわかると、一度だけあからさまに顔をしかめて舌打ちをしたが、きびきびと着せてくれて、みそ汁にご飯、漬物だけだが朝ご飯まで食べさせてくれた。

 雪江は単純に、いい人じゃん、と思う。


 お絹には、姉がいた。雪江を見ると目を見張り、それからは一度も目を合わせようとしなかった。自分からは話そうとしないし、何か言ってもうなづくか、首を振るだけだった。この明るいお絹の姉とは思えない。表情も暗く、他人のようだ。


 お絹は戸を開け放って、お茶を飲みながら向かいの龍之介のところの様子をうかがっていた。医者が帰るのを見張っているのだろう。

 やがて戸が開いたが、小次郎が顔を出し、雪江を呼んだ。老医者が「あの奇妙な女を呼べ」と言ったらしい。


 龍之介は手当てが終わり、布団の上に座っていた。その明るい表情から、怪我は大したことはなかったとわかった。

「ここへ座りなさい」

 雪江は六畳間の中央に座らされて、老医者が珍しげにじろじろと見ている。

 ひゃっひゃっと笑いながら好奇心いっぱいの顔だ。


「ふぅ~ん、髪は本物の色ではないのう。生え際が黒い。伸ばせば黒髪に戻るじゃろう。背も高いし、栄養状態もよさそうじゃ、よく成長しておる、胸もな」

 雪江は思わず胸を隠すしぐさをした。セクハラ発言だ。 

 別段、雪江は背が高い方ではなかった。155センチほどしかない。しかし、お絹はたぶん150センチはないだろう。この老医者は雪江と同じくらいの背たけだった。龍之介と小次郎は割にすらりとしていて、170センチ近くはありそうだ。


 医者は口を開けろと指示する。龍之介も小次郎もお絹も食い入るように見ている。恥ずかしいから、おずおずと開けると、もっと開けろと言わんばかりに口に指を突っ込まれて、大きく開かされた。


「なんと、よく手入れをされた歯じゃ。全体的に白く、きれいにそろっている」

 誉められてうれしい。虫歯もない自慢の歯だった。

 次は雪江のピアスが目に止まったようだ。

「耳に穴を開けておるようじゃな」

 学校の時は目立たないように小さなピンクの花のピアスと決めていた。


 次の医者の関心は手だった。雪江の爪を見て、老医者はまた、ひゃっひゃっと笑った。

「なんと、ほほう」

 雪江の爪をみんなに見せる。ネイルアートに凝っていて、夜遅くまでやっていた作品だ。

 今はネットでプロ顔負けのネイルアートのやり方が見られる。ピンク地に赤と白の花を散りばめ、金のラメが入っている。

 お絹はきれいだと羨ましがっていた。


 老医者は帰る支度をする。

「そちは奇妙じゃが、いい暮らしをしておったようじゃのう。おもしろいものを見せてもらった。ただし、目立つからバテレンとかかわりがあるように誤解されぬようにな」

 そういって、待たせておいた駕籠に乗り込み、帰っていった。


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