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杉原入道・そして雪江の思惑

 杉原はもう、気持ちの悪いうすら笑いを浮かべてはいなかった。

 大きめの目に鋭い光が入り、ハの字に垂れ下がっていた眉もキリッとしている。


 医者って、二重人格が多い? 以前も玄庵の豹変に驚かされた。

 雪江は唖然としていた。

「あなた、何者?」

 思わず口走ってしまった。

 杉原は口調も変わっていた。


「これは大変失礼いたしました。数々のご無礼をお許しください。下手な芝居をして、姫様を挑発していたのでございます」

「なにそれっ、騙したってこと?」

 もう杉原の気持ち悪さは消えていたが、騙されたことが許し難く、怒りが消えない。


「悪く言えばそうでございますが、これも姫様もよくご存じの玄庵の考えでございまして」

「玄庵? あの・・・玄庵? あの人を知っているの?」

「はい、よく存じております。玄庵は医の道の兄弟子でございまして、我らは共に勉強もいたします。その玄庵からなかなか面白い姫君と聞いております」


 なるほど、医者は医者同士、交流があるのだ。特に加藤家と桐野家は、龍之介の事もあるし、内密な情報も行き来しているに違いない。

「じゃあさ、もし、私がキレなかったらどうしたの。タコ入道・・・じゃなくて、何だっけ、名前。杉原さん?」


 ヤバイ、医者の名前、よく聞いてなかった。タコ入道があまりにもはまりすぎて。

 しかし、杉原は嫌な顔を見せず、しかし、諭すように言った。

「姫様はタコ入道とお呼び頂いても結構でございます。しかし、周りの失笑をかうかと思いますので、入道とお呼びください。杉原入道と改めまする」

「えっ、いいの?」

 入道は深くうなづく。

 なかなか話の分かる人だ。杉原入道なら覚えやすい。


「で、私がキレなかったら、ずっとあのままのキモイ入道のままだったわけ?」


 杉原は目を丸くして、やがて頭を撫でながら豪快に笑った。

「いや、参りましたな。キモイというのは気持ちの悪いということでしょうな。まあ、そのお言葉通りに演じておりました故、わたくしの演技がよかったということ。姫様がそのまま黙っておりましたら、わたくしもそのまま演じておりましたな」

「私なんて、ぜーったいに病気にならないって誓っちゃった」

 雪江のポンポン出る毒舌に、杉原入道は愉快そうに眼を細めた。


「姫様はとても健康そうでございますな。表情も豊かで生き生きとされております。血色もよろしいし、普通の娘よりも上背もあります故、この入道の出番はございませぬな」

 入道の隣にいる成瀬は、紙にさらさらと何かを書いていたが、そっと入道に耳打ちした。


「もう少し病歴をお尋ねください」

 改めて成瀬をみた。

 この人、若くて、結構かわいい顔をしているが、性格はかなり内向的のようだ。雪江の方を見ないし、雪江に直接話しかけもしない。そうしろと言われているのか。

 入道は、成瀬の言うことにうなづいて雪江を見た。


「かかった病気、水ぼうそう、つまり水痘ね。風疹に・・・・・う~ん、そんなもんかしら。後は予防接種してるから大丈夫だと思うけど」

 成瀬の筆が止まる。そして入道を見た。


 なによ、この人。ちょっとイライラする。避けているようにこっちを見ない。わからないのなら直接言えばいいじゃない。

 苛立ちを感じ、大きな声でわざと言い直した。


「感染力が強くて、一度かかると免疫ができる病気はすでにかかっているか、わざと免疫を作る注射を受けています。大丈夫ってこと」

 雪江は成瀬から目を離さなかった。

 成瀬は雪江の視線を感じ、ますます顔をあげられなくなっている。


 杉原入道は成瀬を庇うように言った。

「わかりました。入道も安心しました。これ、成瀬。なにも書かずともよい」

「はっ」と、成瀬は口ごもった。


 杉原入道はもっといろいろと雪江と話したかった様子だが、午後からは町医者としての診療をしなければならないと帰っていった。

 雪江はもう午後になったら、二人の医者のことは忘れていた。


 もっと面白いことを思いついたからである。


 節子が中奥に行っている間に、お初にも用事を言いつけて、わずかな時間一人になった。さっと自分の部屋を抜け出し、湯殿番のお君をさらってきた。

 湯殿番は雪江専門なので、雪江がお風呂に入るまで雑用をしているだけだ。

 お君に雪江の布団に入らせて、雪江がお君の着物を着た。髪についたかんざしを全部とる。

 どうしていいかわからなくて困っているお君にいい含めた。


「いいわね、そのうちにお初が戻ってくる。どうした?と聞かれたら、布団の中から眠いからしばらく一人にしてくれって言うのよ」

「あ、はい。でも、もしばれたら・・・・・」

「大丈夫、お初なら。ばれたらこのことは節子にも言うなって伝えて。そして、私が戻ってくるまで静かにしろって。夕食までには戻るからね」


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