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続・里帰り

 雪江は重い打ち掛けを脱ぎ、以前、来ていた動きやすい着物に着替えた。料亭はまだ、それほど忙しい時間ではないから、少しだけ厨房を借りることにした。


 久々にクッキーを焼こうと思った。バターと砂糖のシンプルなものだが、バターのサクサク感が、和菓子では味わえないようなおいしさを作り出す。

 そして、雪江は裕子に紅茶も分けてもらった。緑茶と違った味わいが楽しめる。


 屋敷からお供としてついてきてくれたお初が、雪江を旅籠中探し回り、ついには厨房で働いている姿を見つけた。その雪江の姿を見て、声が出ない様子だった。

 節子も中々戻ってこないお初を心配して来て、厨房に立つ雪江の姿を見た。


「姫様、なにをしておいでですっ」

 普段、小言らしい小言をいわない節子がきつい声を出した。


 もし、奥向きにいるときにそんなふうに叱られたら、きっとシュンとしてしまうだろうが、ここでは平気だ。身内が周りにいっぱいいるし、もういつもの雪江に戻っていた。

「いいじゃない。以前は毎日こういうことをしていたんだからさっ。実家に帰って、台所仕事を手伝うのと一緒でしょ。それよりも・・・・・ねえ、こっちへきて座ってよ。ロイヤルミルクティーを飲んでみて。そいで、この焼きたてのクッキーも食べて」


 躊躇している節子とお初を、無理やり厨房の片隅にある丸い腰かけに座らせた。作業台のテーブルの上に、古着からリサイクルしたランチョンマットを敷き、花柄のカップに入ったミルクティーと上にザラメ砂糖が付いているクッキーを出した。


 二人とも何やら見慣れない物に、どうしていいのかわからない様子だった。二人ともすぐには手が出なかったが、向かいに雪江が座り、クッキーを一枚食べた。カップの取っ手を取り、ミルクティーを飲む。


「う~ん、おいしい」

 好奇心旺盛なお初も見よう見まねでクッキーを一口かじり、ミルクティーを飲んでみた。

 白い色のせんべいと思っていたようだが、クッキーの甘さとサクサク感が意外だったようで、目を丸くしていた。そしてもう一枚へ手を伸ばした。

「おいしいでしょ。さあ、節子さんも」

 雪江に差し出された物を断るわけにはいかず、節子もおずおずと一枚取り、口に入れた。節子も同じような驚きが顔に広がる。


「これを・・・・雪江様が・・・・」

「そう、私にもできることがあるの。今はちょっと畑違いなのかも」

 桐野の奥向きでは、武家の作法もなにも知らない姫と言われているので、節子の驚きはそこから来ている。


 やはり雪江は自由に空を飛ぶ野生の鳥なんだと思った。その鳥が急に狭い籠の中に閉じ込められたら息がつまる。周りに反対されても、何を言われても時々ここへ来ようと思った。

 

 桐野からの迎えの駕籠は、屋敷内の夕食に間に合うように来た。

 藩邸で用意された食事を食べないわけにはいかないからだ。本当は海老フライを食べたかった雪江だが、中屋敷に移れば裕子たちも一緒だ。そうすればいつでも食べられると我慢をした。


 奥向きへ戻って、雪江が焼いたクッキーを奥女中たちに差し入れすると、ゲンキンなもので女中たちの雰囲気がガラリと変わった。

 これは裕子の提案だった。女性なんて、噂をしていること自体にそれほど悪意はない。話して笑って、憂さを晴らせば彼女たちには何の係わり合いもないことなので、すぐに忘れてしまう。

 そんな時、甘いものでも差し入れれば、雪江の評価点が上がり、悪評も少しは抑えられるのではないかと言うことだった。しかもそれが雪江の手作りというものなので、女中たちの見る目が変わったのも言うまでもなかった。



Peace of I

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