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近江水口藩加藤家 上編

 雪江は牢から開放された後、改めて茜にきちんと髪を結ってもらった。つけ髪をして茶髪を目立たなくし、高島田を結う。茜は、てきぱきとしてなんでもできる。感心してしまう。

 久しぶりに見た鏡の中の雪江は、まるで時代劇に出てくるようなお姫様みたいだった。

「お美しい、雪江様」

 茜はかんざしを髪に刺して、鏡の中の雪江に微笑んでくれた。


 しかし、雪江は段々と不安がつのってくる。これから加藤家の上屋敷へ行くらしい。

 その嫡男とは? 伸治郎のような感じの人かもしれない。本当にその嫡男の側室になったらどうしようなどという考えが浮かんでは消えた。


 玄庵にこれからのシナリオを聞きたかったのだが、雪江が髪を直してもらっている間に上屋敷へと出て行ったらしかった。

 雪江も支度が整い次第、駕籠に乗せられる。上屋敷までは茜も一緒に行ってくれるというので少し安心した。


 駕籠は武家屋敷ばかりの迷路のような路地をいくつも曲がっていく。武家屋敷には表札が出ていないので、駕籠のお兄さんたちも茜の指示で曲がっていく。


 やがて、それらしきりっぱな門の前に着いた。茜が門番に何か言う。そこで待つと大きな門が開き、中から茜のような奥女中が一人迎えに出てきた。

「雪江様、ここからはこちらの染子殿が案内してくれます。わたくしはこれで」

 茜とはこれでお別れだ。妙な縁だったが、かなりお世話になった。

「茜さん、短い間だったけど、いろいろどうもありがとう」

 雪江が言うと、茜もニコリと笑い、丁寧に頭を下げた。


 茜が行ってしまうと心細くて涙が出そうになる雪江。そのまま立ち尽くしていると染子がもうスタスタと先を歩いていた。

「雪江様、こちらでごさいます」


 丁寧だが、有無を言わせぬ強い口調だった。きつそうな人だ。あわててパタパタと走る。大がかりな衣装で裾を持って歩かなければならない。

 広い屋敷内だった。庭園の中に館がある感じだ。

「こちらから上へあがり、廊下を渡っていただきます」

 言われた通りに上へあがると、染子は雪江の履物を持って自分も廊下へあがった。そのまま長く続く廊下を行く。

 もう雪江一人では絶対に門まで戻れない。


 廊下が突き当たって、また庭に出た。その先には森のように木が茂った庭が続いていた。その奥にまた門があり、染子は顔パスでどんどん中へ入っていく。雪江もおどおどしながらも通してもらう。門番は連絡がきているらしく、雪江にも軽く会釈した。


 そう言えば、毒騒動から嫡男は奥の奥へ屋敷を立てて、誰にも会わずに籠っていると聞いた。それがここなのかもしれない。

 中へ入ると染子は廊下を歩きながら雪江に言った。


「まず、奥方様にお会いしていただきます。その後、大広間にお連れいたしますので」

「あ、あのう、玄庵先生は?」

「玄庵どのは大広間にてお待ちでございます」


「先に、玄庵先生に会えませんか?」

 雪江はにっこり笑ってお願いしてみた。

「奥方様が先と申し上げたはずです」

 染子はぴしゃりとはねつけるように言った。

 キツイ、そこまで強く言わなくてもいいのに。いつもの雪江のペースではない。完全にやり込められている。

 染子はスタスタと歩き、やがて、中庭のある廊下にでた。


「奥方様」

「染子か」

 襖の向こうから声が聞こえた。

 染子は廊下に正座をし、

「雪江様をお連れしました」

「そうか、入れ」

「はっ」

 染子は雪江にも廊下に座って平伏するように指示する。雪江が座るのを見届けてから、染子は襖を開けた。


「雪江殿、よく来た。これへ」

「はい」

 染子は平伏しながらもひそひそと言う。


「中へ入り、もう一度平伏。そして自分の名を名乗るように」

 雪江は言われた通りに中へ入り、平伏し、

「神宮寺雪江です」

と言った。


 染子はキッとなったのを雪江は知らない。身分の高い人に初めて会う時は、舌が回らないくらいの複雑な挨拶があるのだが、雪江はそんなこと、知る由もなかった。


「わらわは、加藤家の正室、理子まさこと申す。明知の母じゃ。この度は伸治郎殿が迷惑をかけたそうな、玄庵から聞いておるぞ。大変な目に合わせてしまった。このとおり、わらわからも詫びよう」

「あ、いえ、そんな・・・。大丈夫です」

 思わず顔を上げて言ってしまった。

 後ろにいる染子が「これっ」とたしなめる。雪江もあわててまた、頭を下げた。


「よい、よいぞ。そなたは少し変わっていると聞く。大目に見ようぞ、のう、染子」

「はっ」

 染子が恐縮する。


「雪江殿、この度は明知の側室に迎えられるということでここへ来たのだが、聞いておるか」

「はい、一応」

「これっ」と染子が言うと、ぺロリと雪江は舌を出した。


「そうか、面を上げよ。そなたの顔が見たい」

 理子の声は優しく、優雅だった。雪江も理子の顔を見たくて、ひょいと顔を上げた。


 雪江が奥方を見て「あっ」と声を上げ、その奥方も驚いたように目を丸くして見ていた。

 奥方の美しい目元が、龍之介とよく似ていたからだった。

 まさか、本当に龍之介さんのお母さんなの? じゃあ、龍之介さんは本当に加藤家の長男だったわけ? 桐野家の次男って、どういうことなんだろう。疑問がいっぱいになった。わけがわからなくなっていた。

 奥方も雪江をじっと見ている。


「雪江殿、そなたは・・・・いや、そんなはず、ないのう」

「はあ?」

 意味がわからず、へんてこな返事をしてしまった。

 案の定、染子に「これっ」とたしなめられる。減点ばかりだ。

「申し訳ございません。不調法にて」

 こういう時はさっさと謝ってしまった方がいいのだ。やばい、やばい。口を開けばどんどんボロが出る。ちょっと変わってるどころじゃない。


「そなたは外国で暮らしていたそうな、どこの国か聞かせてはくれぬか」

 玄庵がそう言ったのだろう。さすがの玄庵も雪江が未来から来たということまでは考えつかない。


「は、はい。あのう・・・・」

 どうしよう。イギリス、アメリカ、中国? ウソをつけばつけるかもしれない。でも、・・この優しい目の理子にウソはつきたくなかった。

 染子がイライラしている。

「奥方様に早く申し上げぬか」


 雪江は真っ直ぐ理子を見た。

「今は申し上げられません。でも、いずれは本当のことをお話できることと思います。どうかそれまでご勘弁を・・・・」

「奥方様に逆らうかっ」

 後ろで染子が逆上している。

「よいよい、苦しゅうないぞ。その辺りの話は明知と会ってからでもよいのじゃ」

 ほほほと言う笑い声が続く。生まれながらに姫だったのだろう。


「ささ、あちらの広間で皆が待ちくたびれておるぞ。さあ、参ろう。わらわは皆より先に雪江殿に会っておきたかったのじゃ」

 そう悪戯っぽく言うと、奥方はすっくと立ち、足音もたてずに歩き始めた。ただ、着物の裾が畳にすれる音のみだ。優雅としか言いようがなく、ぽかんとして見とれている雪江だった。


「ささ、雪江殿、着いてまいれ」

 少し振り返って、雪江に微笑んだ。

 見返り美人だと思った。すべての身のこなしが絵に描いたように映える人だ。


「奥方様、すごく素敵。優雅できれい」

「これ、なれなれしすぎるぞ」

と、染子がたしなめる。また、減点。

「よいよい、きれいと言われて怒る者はおらぬ。わらわは上機嫌じゃ。雪江殿さあ、参られよ」

「はい」

 後をついていく。廊下に出る。染子も雪江の後をくる。

 やがて、奥方は襖が大きく開け放してある大広間へ入っていった。


いよいよ話の核心になります。


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