妙な女子(おなご)を拾う 龍之介
光の下で見た傷は、思ったよりも深くはない。出血の割には大したことはなかった。安堵していた。
袴の切れ端で傷口を縛ろうとすると、妙な格好をした女子が手伝ってくれた。
さっき、突然現れて眩しいほどの光をだし、悲鳴を上げた時はこっちが逃げ出したいくらい驚いた。おかげで止めを刺そうとしていた侍達は逃げていった。命まで取られなかったとしても捕まえられて、拘束されていただろう。
よりによって、小次郎のいない夜にこんなことになるとは・・・・。
後からかなりの叱責を受けることは覚悟のうえだった。それもこれも命があってのこと。この風変わりな女が急に現われなかったら、そう思うと冷や汗が出る思いだった。
しかし、落ち着いてよく見てみると、本当に風変わりな姿をしている。その辺りの見世物小屋の女も驚くほどに。なにやら訳のわからないことばかりを言っている。
「そなたは名をなんと申す。拙者は龍之介と申すが、帰るところはあるのか?」
そう尋ねてみた。一応、言葉は通じるらしい。
途方にくれた顔でぼそぼそと返事が返ってくる。
「え、私? 神宮寺雪江です。ここ、どこですか」
蓮っ葉なものの言い方にむっとするが、一応こらえる。
「この辺りは・・・・追われていたので定かではないが、たぶん麻布付近の寺の林と見受ける」
「あ、あざぶ? 麻布って、あの麻布?」
雪江は辺りを見回している。
ウッソ―やら信じらんな~いなどと、まともとは言えないような言葉を発している。一体、どこの生まれなのだ。町人にしてももう少しまともな口の利き方をすると思う。
どうやら、想像もつかないようなところから迷いこんできてしまったのだろう。神はその気まぐれに人を隠してしまうが、そのいたずらで別の世界へ連れてきてしまうこともあるのだろう。
龍之介は刀を杖代わりにして、ようやく立ち上がった。怪我をした足に体重をおくことはできないが、歩けないことはない。
もう何時になるのだろう。路地木戸が閉まる前に戻らないと面倒なことになってしまう。
通常の長屋は夜四つ(午後十時ごろ)に木戸を閉めてしまう。江戸市内安全のため、木戸番人がいて、夜警のために町内を歩き、ついでに拍子木も打ち、時刻を知らせた。
龍之介一人なら、頼み込めばうまく通してくれると思うが、この奇妙な格好をした雪江を連れていくとなると、事は大きくなってしまうと考えた。
それならば、駕籠にでも乗って早急に帰らなければならない。駕籠に乗っているならば、木戸番人もちょっと改めるだけで通してくれることだろう。
龍之介には命の恩人でもある雪江を、このまま放っておくことができなかった。本当に行くところがない様子だし、この珍しい格好だ。とりあえず、今住んでいる町人向けの長屋に連れていくことにした。
雨はだいぶおさまってきて、小雨になった。
戸惑っている雪江を落ち着かせて、その肩を貸してもらい、松林を抜け、武家屋敷の並ぶ路地から橋を渡り、にぎやかな店が並ぶ通りに出た。
おなごのくせに赤いザンギリ頭で、異人の着るような着物を着ている雪江はかなり目立った。
改めて店先の提灯明かりの下で見ると、腰巻のようなひらひらしたものは(スカート)短くて、膝の上しかなかった。すんなりとした足が伸びている。その足が日焼けした健康そうな色をしていることから、雪江はかなり頻繁にこのような格好をしているものと思われた。通常ならそのように脚をさらけ出すなどはしたないが、妙に似合っていた。草履も奇妙だったが、歩きやすそうだ。
そして、それらは決して粗末なものではないことに気づいていた。精巧に縫われたものだと一目でわかる。
龍之介は手ごろな飯食い屋に入り、駕籠を呼んでもらった。雪江の分も。
雪江は駕籠に乗ることも初めてのようで、かなり躊躇していたが、やがておとなしく龍之介の言葉に従った。
やっとの思いで式部長屋に帰り、びしょ濡れの雪江のために、向かいに住むお絹に夜着を貸してもらう。女物の夜着を借りるとなって、お絹はかなり怪しんでいた様子だったが、事情は明日話すということで無理を言った。
雪江に夜着を渡して着替えさせてから、敷いたままの自分の布団に寝かせた。
興奮状態だった雪江だが、かなり疲れていたのだろう。数分もたたないうちに寝息が聞こえてきた。
静かになった闇の中、龍之介も濡れた着物を脱ぎ、夜着に着替えて、土間にある酒の瓶を手に取った。これは酒好きのお絹の父親のものだ。自分の家に置くと女房と娘がうるさいから、ここに隠しておいてくれ、と頼まれた代物だった。
ぐるぐる巻きの袴の包帯を取る。血は止まっていた。安堵する。
そしてグイっと酒を口に含むと、その傷口にプーと吹きかけた。
全身が熱くなるような痛みが走る。今度は洗ってあったサラシで丁寧に傷口を巻いた。
もう一度、酒を口に含むと今度は飲み込んだ。腹の奥がカーッと熱くなる。
隣の小次郎の長屋で寝るつもりだが、龍之介はかなり疲れていた。少しだけここで寝て、後で隣へ行こうと薄い座布団を枕にして、雪江の寝ている布団の端にごろりと横になった。