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座敷牢での快適(?)な暮し

 朝食は豪華だった。

 漬物以外に、鮭の切り身と出し巻き玉子がついている。

 奥女中の茜は、玄庵に言われた通り、雪江に座敷牢の奥へ行くように言い、雪江が移動するまで待った。そして小さな戸から朝食のお膳を差し入れてくれた。すぐにその戸を閉め、雪江から一瞬たりとも目を離さずにそのまま後ずさりした。


 よしよし、合格点。

 茜がいつも座る場所に戻るのを待って、こっちもお膳を取りに動いた。無用に怖がらせる必要はないからだ。

 食事は作ってからかなり時が立っている様子で、ご飯は上がカピカピになっている。


 殿さまへの食事も豪華だが、味見、毒味などいろいろな人たちのチェックが入るから冷めてしまうそうだ。特に魚は事前に骨を取るらしい。魚の骨が殿さまの喉に刺さってしまったら一大事。将軍ならば、骨を取る専門の人がいると聞いたことがあった。

 雪江のお膳はただ単に後回しにされただけのことなのだが。


 雪江は昨日のランチ以来、なにも食べていなかったため、ご飯が硬くなっていようが全くお構いなく食べていた。しかし、何かが頭の中に引っかかっている。切り身をきれいに平らげ、ご飯も最後の一口というところまで食べてから、毒と言う言葉が浮かんだ。


 毒、入ってないでしょうね。というか、今更遅い。

 だが、よく考えてみると牢の中の雪江を殺したいのなら、食事を与えなければいいのだ。わざわざ毒を盛ることもない。

 そう考え直し、最後の一口も食べた。

「ご馳走さまでした」

と言ったつもりだったが、空しいことに声は出ない。

 差し入れ口から取り出しやすいように、お膳を戻した。


 茜は目を閉じていたが、神経は百パーセント雪江に集中していた様子で、すぐさま目を開け、雪江のいる位置を確認してからお膳を取りだした。それを持ったまま、座敷を出て行った。


 毒か・・・・。

 まだ雪江の頭の中に「毒」というものがこびりついている。

 毒、ヒ素。


 ヨーロッパでも、王や貴族などを暗殺するために用いられた有名な毒薬だ。無味無臭なのだそうだ。

 もちろん、二十一世紀では毛髪を調べればすぐにわかるらしいが、江戸時代ではそんな検査なんて無理だし、症状がコレラに似ていることから、猛威を振るった時期では紛れてしまって毒殺なのかわからなかったこともあるという。


 ヒ素、そうだ。最近聞いた。

 ああ、孝子さまが言っていたのだ。どこかの家の家督騒動で、側室が正室の長男に毒を盛ったって。あれって確か、龍之介さんが見張っていた家、確か・・・・加藤って言った。同時に蘇る玄庵の言葉。


 玄庵は加藤家の医者だと言った。

 じゃあ、ここが加藤さんち? あれ、あれ、あの伸治郎は加藤家に関係ある人? 結構身分は高い。雪江を閉じ込める、こんなむちゃが許されているんだから。

 狙われた長男か、それとも次男なのか。

 雪江は茜が戻ってきても、振り向きもせず、そのまま考えこんでいた。


 陽も高くなってから、玄庵がやってきた。また、険しい顔をしている。

「どうじゃ」

と、茜に様子を聞いている。


 この人は二重人格なのか、それとも茜がいるから強面こわおもての顔を作って演技をしているのか。もし後者ならば、かなりの演技力と言える。雪江に見せていたあの顔と今の顔では全く別人に見えるからだ。

 茜は別段変ったことはないと告げていた。


「よろしい、そちは少し休んできてもよいぞ。この者に書状を書いてもらわねばならぬのでな」

「はい、それではわたくしは続き廊下の向こうの部屋に待機しております」

「うむ、それでよい」

 茜は一礼して出て行った。廊下を行く影が見えた。


 それを見届けた玄庵の顔がまた、にこやかに戻った。

「おぬしに書状を書いてもらえと伸治郎様がのう・・・」

「書状って、手紙でしょ、誰に書くの?」

 少し声らしいものが出た。


「おぬしの働いていた料亭じゃよ。おぬしは姿を消すが、今はそっとしておいてほしい、という書状が届けば騒ぐまいとの伸治郎様のお考えじゃ」

「そっとしておいてほしいって、どういうこと? どっかへ行くってこと?」


「遠い親せきを頼って江戸を出るという話にするようじゃ。そちらでよい縁組があるからということならば、誰も不思議に思わぬ」

「そう? 絶対にウソってばれますよ。特に私の場合」


「別にかまわぬ」

「あ、そっ」

 りっぱな和紙と筆を渡される。

 やはり、これで書くのだ。筆って苦手だし、書道教室、サボってばかりだったな。もう少し真面目にやればよかった。友達と漫画の絵ばかり書いて遊んでいたのだ。

 紙を縦にして、横書きで書き始める。


  先生方、裕子さん、徳田くんへ

  突然ですが、私は遠くへ行きます。探さないでください。

  私は大丈夫。豊和のところにいます。

             じゃあね、雪江より


 玄庵は横書きに驚き、内容を読んで二ヤリと笑う。

「この豊和というのは?」

「昔の彼氏、付き合ってた人のこと」

「ふむ、まあいいじゃろう。これはこのまま伸治郎様に目を通してもらい、すぐに届けられる。他になにかほしいものはあるか? 退屈じゃろうて」

「う~ん、じゃあ、裁縫用具といらなくなった古い浴衣を一着」

「なにをするのだ」

「エクササイズ、ストレッチングをしようと思って。体を動かしたいから、動きやすい着物にするの」


 浴衣を腰のあたりで切り、下は簡単に二股に縫う。上にひもを通すようにすればダボダボパンツになる。袖も切り落としたら、子供が夏に着るような甚平じんべいのようになった。

 雪江はすでに、お絹に縫ってもらった紐パン(両脇を紐で結んではく下着)をつけており、一張羅いっちょうらのブラもしている。

 玄庵は去り、茜が戻ってきた。

 茜の目の前で着物を全部脱ぎ、この即席トレーニングウエアに着替えた。

 ストレッチングを始める。


 このまま限られたスペースで、食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返していたら豚になってしまう。それに筋肉が弱まり、いざというときに走ることができなかったら困る。いつでも逃げられるように準備をしておかなくては。


 挙句の果てには、ラジオ体操第一と称して、かすれ声の鼻歌でやり始めた。

 茜は目を閉じているが、かなり気になる様子。それならいっそのこと目を開けて見ていればいいのにと思う雪江だった。

 

 いいじゃない。鳥だって籠の中で羽ばたくし、ハムスターだって、滑車の中で運動をする。人間も牢の中で体を動かさないとストレス、たまる一方よ。

 この日は玄庵のみの訪問だった。


 茜も夜は自分のところへ帰っていった。行燈の灯が消えると奥座敷は真っ暗になった。外も闇夜の様子。雨戸まで閉められている。

 今までの夜はお絹がいてくれたが、今は雪江一人である。漆黒の闇の中で一人、寝る怖さを知った。

江戸時代、女性は下着をつけないと言われていますが、生理の時は女性用のふんどしをつけていたそうです。

それって、紐パンですよね。

雪江のブラは、タイムスリップの時に身に着けていたもの一つだけ。

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