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孝子と小次郎・姉弟の会話

 孝子と小次郎は、龍之介と雪江が寄り添いながら池のほとりに立ち、浮島の鳥たちを見て何か言っている姿を見ていた。

 孝子は、雪江が龍之介の腕に抱きついたのを見て、「なんという振る舞い」と眉をひそめたが、二人の表情と周囲の目を恐れず、自分の思うままに行動できる雪江をうらやましく思った。


「わたくしも雪江殿と同じ時に生まれていたら、好きな御仁とあのようにして歩くことができるのでしょうね」

 小次郎は孝子のつぶやきに、なんと返事をしていいかわからず、目をキョロキョロしていた。小次郎にとってはあのような姿は恥ずかしいの一言だったから。


「女子とはそういうものでござりまするか」

「そうじゃのう。できれば好きな御仁の近くにいたいと思う。話して笑って、時には怒ったり泣いたりしてなあ。そうして一緒に時を過ごして行かれたらいいとは思うぞ」

「そう・・・でございまするか」

 小次郎はその言葉を重く噛みしめるようにしていた。


 雪江が色鮮やかな紅葉の葉を拾い集めている。たちまち手が紅色の葉の束になっていた。その雪江の頭に、龍之介が他の落ち葉をかき集めてばら撒いた。

 雪江が奇声を上げ、拳を振り上げる。それを見て、龍之介が笑いながら逃げる。追い掛ける雪江。二人は子供のようにはしゃいでいた。


「雪江殿の時代は男女の差がないようじゃ、それに平和な世なのでしょう」

「そのようでございまする。しかし、拙者の考えますところ、あのような世の中になるには、このもとの国、大変な苦労があったと存じます」


「ふむ、苦労とは・・・・いくさのことかえ」

「はい、それも他国との戦にて」

「海の向こうの外国と・・・。今は鎖国で限られた国としか交流がないが、鎖国が破られれば・・・・どうなるのじゃ」


「雪江様の所持されていた書物を見ますと、もう誰一人として今の我らのような服装、髷などを装っているものはおりません。すでに武士、町人などの区別はない模様」

「ということは?」


「ということは、幕府もおそらく・・・・」

 声をひそめ、皆まで言わずに、二人顔を見合わせてうなづいた。


「日の本の民たちが他国と自由に交流し、髪形も着物もそれほど違わぬようになっているということは、国同士が歩み寄って一つになっているようにも見えまする」

 小次郎の目はもう龍之介たちを見ているのではなく、青い空を見ていた。

 孝子もつられて空を見上げる。


「世の中の交流が広がるということはよいことじゃ。ましてや、文化や習慣も違うことからいろいろなことが学べる。いつまでも井の中の蛙ではならないのじゃ」

「しかし、我らが守っている伝統と文化はどうなのでしょう。雪江さまは当初、着物も一人で満足に着ることができませんでした」

「うむ、それは。嘆かわしいことよのう。今わたくしたちが武家のしきたりなどと申してやっていることが何の意味もなさぬことになる・・・・。」


「そこまでは申しませぬ。武士の心得は人々の心の中に浸透しているものと考えとうございます」

「そうじゃ、そうじゃな。いろいろ考えればきりがない故、大小の波風は立とうが、今は太平の世じゃ、そして、雪江殿がいた世もな。そう思うことにしようぞ」

「はっ」


 孝子はふいに可笑しそうに含み笑いを浮かべて、小次郎の方を向いた。

「ところで・・・・女子の名はなんという?」

「はっ?」

 小次郎らしくない動揺した返事だった。孝子から目をそらし、一歩後ろへ下がる。


「この孝子に今更なにを隠すのじゃ。わたくしにはすべてお見通しなのじゃぞ」

「いや、姉上。そのようなことを急に申されましても・・・・」

「心当たりがないと申すか」

「は・・・はあ」

 強く否定もできない返事でうろたえている。


 孝子は小次郎の周辺を見ている。

「さっきから、そちのまわりに見え隠れしているのじゃ」

 小次郎は自分のまわりを見回す。

「普通の目では見えぬ」

「さ、さようでございまするか。それは一体・・・」

「ややじゃ」

「やや?」

 小次郎が声を上げた。


「ややってなに?」

 すかさず質問をする雪江。

 すぐ後ろに雪江と龍之介が立っていた。

「いつのまに・・・・お人の悪い、立ち聞きとは」

 龍之介も雪江も意外な言葉と眉を寄せる。

「ずっと歩きまわって、最後にかけっこしてたどり着いたら、ややって聞こえたの。ねっ、ややってなによ」

 先日の末吉状態である。


「お静かに、そのような声を出されますと屋敷の方に聞かれまする」

 小次郎があたりを見回す。

「教えてよ。屋敷なんてずっと遠くじゃない。私の声がそんなにでかいって言うの?」

 もう完全に脅しである。

 困っている小次郎を見ながら、くすくすと笑って孝子が教えてくれた。


「ややとは、赤子のことじゃ」

「赤子?・・・・って赤ちゃんのことね。誰に? 生まれたの?」

「いや、まだ宿ったばかりのようじゃ。魂のような光の子がこうしているからのう」

「えっここに?」


「さよう、どうやら小次郎の子のようなのじゃ」

「え~っ」

 これはさすがの龍之介も驚いた声を出した。

「し~っ、しっしっしっ、声が・・・・」


 雪江は小次郎を見る。小次郎は目を伏せて合わせようとしない。次に龍之介を見る。

 それは知っていたかという質問を目で下した。

 龍之介も目で「知らぬ」と返してきた。

 小次郎はとんでもないことが発覚してしまい、龍之介とも目を合わせられず、膝まづいてしまった。


「身に覚えがあるのだな」

 龍之介が問うとコクリとうなづいた。

「相手は誰?」

という雪江の質問。

「まだ申せませぬ」

 この返事はかなりの覚悟で言っているようで、その時ばかりは顔を上げて力強く言った。

「まあ、とやかくは言わぬ」という孝子に、

「えっ言わないの?」と残念そうに答える雪江。


「孝子さま、そういう存在までわかるのね」

「万人というわけではない。小次郎はわたくしの身内、弟だからのう。弟の子はわたくしは伯母になるわけじゃ。一足先に挨拶に見えたのであろう。普通ならば母の近くにいる存在なのじゃ」


「へーえ、その存在はいつまでもあちこちに行けるんですか?」

「その存在次第よのう。早くから胎内に入って母のぬくもりを感じているものもおれば、生まれる寸前までこうして自由に飛び回っているものもおるようじゃ」

「小次郎さん、父親になるんだ」


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