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あこがれのデート・庭園へ  龍之介・雪江

 まったく女子というものは何を考えているのかわからぬ。本当に不可解な生き物じゃ。なぜ、それほどまでに出歩くことにこだわるのか。

 武士と町人の娘が連れだって歩くことはない。なぜと喰ってかかられたが、できぬものはできぬと突っぱねた。


 そうしたら今度は、芝にある桐野家の下屋敷の庭を歩くならいいかと聞いてきたのだ。

 今回は孝子も係わっているとのこと。無碍むげに断るわけにもいかない。

 しかし、下屋敷には龍之介の顔を知る者もいるかもしれない。見つからないように入りこむと言うが、そんなことができたら警護上の問題となり、後日事が大きくなってしまう。

 まったく、女子という者はそういうことまで考えずにいるから、非常にやりにくいのだ。


 それでも小次郎と相談し、龍之介とわからないようにかぶり物をして駕籠に乗り込み、孝子の知人の侍が庭園を見てまわるという名目で入りこむことになった。

「これですんなりと入り込めましたら、なんとしましょう」

 小次郎も門番たちの立場を心配しているのだった。

「まあ、孝子殿が連れて参った者たちじゃ、そこは門番たちも強く改めはできまい」

「そうでござりまするが、もしも姉上を脅して入りこませる手筈となっていたら・・・」

「うむ、何事もなく済んでしまった暁にはそれとなく進言して、警護のやり方を見直すことにしよう」

「では今回の潜伏はその予行練習だったと言うことで・・・」

「潜伏? さよう、潜伏に相違ないのう」


 {雪江・下屋敷の庭園にて}


 広大な庭園だった。

 松やケヤキが植えられ、大山や大きな池もあった。その池の中央には浮島があり、鴨などの野鳥が羽を休める場にもなっていた。

 さらにその池は海水が入ってくるように設計されていて、潮の干満により水面が上下し、景色が変わるようになっていた。今は紅葉が色鮮やかに庭を飾っていた。


 心配していた門番のやり取りは、孝子さまがすべてお膳立てしていたのでスムーズに入ることができた。孝子さまが庭の方には近づくなと家臣の者たちに念を押していたから、よほどのことがない限り、来ないだろう。

 これだけ広大な庭園では一回りまわるだけでも時間がかかるし、家臣も客人を探すのに苦労するだろう。


 龍之介はかぶっていた頭巾を取った。屋敷から見られることはない。

 それでも先にスタスタと歩いていくので、雪江は文句を言う。

「先にどんどん行かないでよ。一緒に話しながら歩くの」

「なにをじゃ」

「うんもうっ」


 雪江は龍之介の左側に並んだ。刀がある。仕方なく右へ並ぶ。

「右はだめじゃ、刀を取らねばならぬ」

「えーっ、だって左側は刀が邪魔」

いつ何時、敵に襲われるかわからぬのじゃ、右手は開けておかねばならない」

「そんなこと言ったって、ここ、町の往来じゃないし。どうせ、どっかで小次郎さんが見てるんじゃないの? 敵なんかこないし、守られてんだからいいじゃん」

 背後の木の陰から咳ばらいが聞こえる。振り向くと小次郎がいて、その横に孝子も手を振っていた。

「あ、もう。孝子さままで」

「目立たぬよう居ります故」

と小次郎が丁寧に頭を下げた。


 なぜか、あのキスの夜以来、小次郎は雪江に対して龍之介と同じような丁寧な言葉使いをするようになった。

 雪江殿が雪江様になり、皆がその違いに気づいていた。

 徳田のように変に気を回しすぎると

「そうか、雪江もついに一線をこえて、雪江様と呼ばれることになったか」

と大声でつぶやいたから、それを聞いた末吉も大声で、

「一線ってなんだ?」

「えっ」


「どうしてそれをこえると、雪江様って呼ばれるんだ?」

 その日は一日中、納得のいく答えがくるまで雪江を追いかけまわしていた。

「悪いけど、一線なんてこえてませんからね。小次郎さんが勝手に勘違いしているだけだから」

「へーえ、勘違いされるようなことがあったんだ」

「う・・・・・」

 だから、小次郎に丁寧な言葉使いはやめてくれと散々言ったのだが、やめてはくれない。

 龍之介への忠誠心の強い頑固者である。


「まっ、いいか」

 雪江は龍之介の左腕に手をまわし、ギュッとくっついた。

 後ろで孝子が「まっ」と驚いている。今日は念願のデートなのだ。他の人がいたってかまわない。二十一世紀と同じようにとはいかないが、できるだけくっついて歩きまわるのだ。

 腕にまとわりつかれて龍之介も動揺していた。


「な、なにをするっ」

 もがいて手を外そうとするが、しっかりくっついていて雪江の手は外れない。

「いーの。今日はこうして一緒に歩いてよ」

 龍之介はキョロキョロと辺りを見回している。


「いーじゃないの。腕を組んで歩くくらい。私たちの時代じゃ誰も振り返って見ないよ」

「そうなのか」

「そうよ、こうして歩いたって誰に迷惑をかけてるわけでもないじゃない」

「それはそうだが」

「今日は私流に楽しんでよ。龍之介さんが二十一世紀にいるみたいにね」


 龍之介もまわりにいるのは小次郎といろいろ知りつくされている孝子だけだ。多少、気恥ずかしいが、平静を装って雪江のなすがままに歩き始めた。

 龍之介にとってもこうしてくっついて歩くことはそれほど不快ではない。むしろ、そのふれあう温かみが心を和ませていた。

ここに出てくる芝の大名屋敷は「旧芝離宮恩賜公園」を参考にしています。

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