見える人・孝子さま
「新太郎さまなのですね・・・・」
孝子の目に涙があふれてきた。そして、裕子にしがみつくように抱きついた。
「新太郎さま、お会いしとうございました。姿は違えども、この孝子にはわかります。ああ、新太郎さま」
孝子にしがみつかれて、裕子も訳がわからなかったが、その背をそっと抱きしめた。他の皆は唖然とし、ただ見ているしかなかった。
「不思議ね、事情はよくわからないけど・・・なんだか私まで胸が熱くなってきて・・」
「えっ、裕子さんが・・・・・」
徳田が素っ頓狂な声を出す。
「泣いてる?」
裕子も孝子を抱きしめながら、涙を流していた。
徳田は雪江にひそひそと、
「俺、高一の時から裕子さんとつきあってるけど、涙を流す姿を見たの、初めてだ」
「ゲッ、そうなの?」
「わからないの。悲しいとかじゃなくて、自然に涙があふれてくるのよ」
「いやあ、よくわからないけど、俺も感動してきちゃった・・・」
徳田までが涙ぐんでいる。どうなってしまったのだろう。
なぜ、孝子は急に裕子のことを新太郎と呼んだのだろうか。その裕子が別人の口調になったり、涙を流していたり・・・・。よくわからないことばかりが起こる。
泣くだけ泣いて落ち着いた孝子は、人払いをして座敷に座りなおした。そこには龍之介と小次郎、裕子、徳田、雪江だけが残されていた。葵も出て行かなければならなかった。孝子が申し訳なさそうにしていたが、確実に人を選んでいた。
「裕子殿の目を見たら、新太郎さまのお顔と重なりあったのです。目が・・・新太郎さまの目と同じ。裕子殿は新太郎さまの魂を持つお方だとわかりました」
「たましい・・・・ということは、その新太郎さまという人は・・・」
雪江が恐る恐る聞く。
「亡くなりました。もう十六年になります」
皆、絶句する。
「では、私はその新太郎さまの生まれ変わりなのですか?」
裕子の問いに孝子がうなづいた。
「新太郎さまは、桐野家の中屋敷に務めておりました。わたくしもまだ十三の頃で、行儀見習いのために同じ屋敷にいたのです。新太郎さまはいつもお優しく、凛々しいお方で・・・ずっとお慕いしておりました」
「初恋ってとこかな」
徳田がひそひそ声で、隣に座る雪江に言う。
「そうね。当時はかわいかったんでしょうね」
二人は凛とした今の孝子から、十三歳の孝子をイメージする。
「だめだ、できない」
「徳田、私がチクったらあんた、私刑くらうよ」
「ゴホン、ゴホン」と、わざとらしい咳をする小次郎。聞こえたのかもしれない。徳田と雪江は首をすくめる。
「あの晩、月はなく、暗い夜でした。大胆にも中屋敷に忍び込んだ曲者と乱闘になり、大騒ぎになりました」
「その時に、その新太郎さまは斬られたのですね」
「じゃ、裕子さんがその時の侍だったら、俺もその時に斬られて死んだ侍ってことになるかな?」
徳田も興奮して言う。
孝子は訝しげな(いぶかしげな)顔で徳田を見た。
「・・・・あの時、何人かが傷を負って、亡くなったのは新太郎さまと・・・・もう一人、・・・・」
孝子は徳田を見つめる。
「ま、まさか、そちは浅川久四郎どの・・・。新太郎さまと仲のよかった久四郎殿じゃ。確かあの方は、小柄で細くて・・・」
今の巨体と正反対の姿だ。
「俺のビジョンと一緒だ。コンプレックスを持っていたんだろうな。次に生まれる時は大きくて強い男に生まれたいって・・・。やっぱ、江戸時代へのタイムスリップの時に見た侍は前世の俺だった」
裕子もうなづいた。
「すご~い。孝子さま、目を見てその人の前世がわかるなんて」
雪江の声に、孝子が微妙に顔を曇らせる。
「いえ、なんとなくじゃ、その侍たちは知り合いだったからのう・・・」
「孝子さまは、見える人なんでしょうか」
雪江はズバリ、ストレートに聞く。龍之介も小次郎も会話の中の不思議を、聞くに聞けなかったことだ。孝子は動揺している。
「見える? なにがじゃ。ただ、カンが冴えているだけのこと」
そう誤魔化していた。
「いえ、孝子さまは時々私たちの頭上をちらちら見ていました。人払いをする基準もそこから判断していましたね。孝子さまは私たちの頭上にあるオーラ、光とか色が見えるのでしょう?」
孝子は雪江の言葉づかいも気にしていられないほど動揺していた。しかし、雪江の率直な言葉に諦めたようで、話し始めた。
「不覚であったな。つい、新太郎さまと口走ってしまった」
「じゃ、光とか見えるんですね?」
孝子はうなづいた。
「子供の頃はもっと鮮明に見えていた。嫁いでからは殆ど感じぬくらいになっていたので、もう気にしなくてもよいと安堵しておったのだが、先ほど裕子殿に触れた時、あの感覚が戻ってきた」
「あ、姉上」
小次郎は驚いていた。この姉にそんな秘め事があったとは知らなかったのだろう。龍之介も顔には出さないが、驚いているのだろう。
しかし、雪江と徳田ははしゃいでいた。
「やっぱ、すご~い。オーラが見えるんだ。誰でも見られるようになるっていうから練習したことがあるけど、見えなかった」
「そうそう、ブームだったよな」
「そこっ、皆にわかるように話さんかっ」
龍之介はわざとらしく、咳払いをし、孝子のことを気にして言う。
雪江はぺろりと舌を出し、そして改まって言った。
「友人から聞いた話ですが、人には肉体のまわりにエーテル体と呼ばれる、普通なら目に見えないものがあるそうです。これは、その人の考えとか感情をによって変化するらしくって、その時どきに光の色が変わったりするらしいです」
雪江は手を振り上げて、表現する。その説明だけではピンとこないようで、皆が首をかしげている。
裕子が助け船を出した。
「早く言えば「氣」のようなものですね。私たちの体のまわりには考えていること、悩んだり、怒ったりするとその感情が「氣」に変化をさせて現れたりする。元気で楽しいことがあれば、光輝いたり、きれいな色が出る。病気や邪まなことを考えているとその光はどんよりと濁ったりするそうです」
「なるほど、氣であれば拙者も感じることができる。目に見えぬがな」
龍之介が明るい声を出す。やっとわかったのだろう。小次郎もうなづいた。
「すると姉上はそれが見えるということなのですか」
孝子は目を閉じた。
「そうじゃ」
「存じませんでした」
「無論じゃ、ひたすら隠しておったからのう」
孝子は雪江たちに目を向ける。
「そちたちは見えもしないものをなぜ、そのように詳しく知っているのじゃ。それにこのわたくしが気味悪くないのか?」
雪江、徳田、裕子はお互い顔を見合わせる。
「ブーム、あ、流行りだったし、私の知り合いに孝子さまと同じような、見える人がいて、皆その人にオーラ、じゃなくて、氣を見てもらっていました」
「あ、三組の岡田だろっ。一時期、教祖様って呼ばれてたからな」
「そう、皆が彼女に氣を見てもらってた。前世も見えるみたいで、私も見てもらったけど・・・見えなかったみたい」
「おっ前、前世ないのか?」
「知らない、わかんないよ」
孝子がじっと雪江の頭上を見る。
「氣の色は黄じゃ、少し青みを帯びているが、本当の色は黄じゃな。確かに・・・他には見えぬ。霧がかかったようになっていて、見せてはくれるようじゃ。その霧の奥に誰かがいるが、男か女かもわからぬ」
孝子は目を酷使したかのように目を閉じて、目頭を押さえる。
「こんなにあからさまに人の光を見たのは初めてじゃ。多少・・・疲れるのう」
「あ、すみません、私のまで見てもらっちゃって」
ぺこりと頭を下げる雪江。
「いや、いいのじゃ、そちたちはわたくしを恐れてもいず、気味悪がってもいない。それがわかるから、この座に残したのじゃ。他の者は明らかに裕子殿と新太郎さまとの生まれ変わりの話を疑っておった。これは光を見ずとも顔を見ればわかる。新太郎さまが亡くなって裕子殿が生まれ変わったとなると年齢が合わないからのう。だが、この者たちは不思議に思わずに受け入れている。なぜじゃ、なぜ、おかしいと思わぬのか」
雪江たちは未来から来た。だから、裕子が十六年前に亡くなった新太郎の生まれ変わりと言われてもすんなりと受け入れられた。
それを孝子に言ってもいいのか、それをどう説明すればわかってもらえるのか戸惑っていた。