ここはどこ?
襲われたシーンのため、少し不気味な表現があります。
流血もあります。
暗闇につつまれたかと思うと、次の瞬間、背中から地面に投げ出された。
「うっ」
その衝撃に雪江は一瞬、息ができなくなる。すぐ近くで自転車が横倒しになった音もした。
まるで台風のようなものに巻き込まれたかのようだ。
何が何だかわからずの雪江だが、顔にあたる雨の冷たさに我に返った。背の高い松の木々があたりをいっそう暗くしていた。
雨?
疑問がわく。さっきまで学校にいたはずだ。雨なんか降っていなかった。そしてここは、真っ暗だ。そして土と草の臭い。それにまだ、他にもなにか臭う。
鉄?・・・じゃなくて、もっと生臭い。これは血、血だ。血の臭いがする。
雪江は怪我らしい怪我はしていない。誰かが血を流している。
この闇の中に誰かいるの?
その時、ピシリという、誰かがすぐ間近で小枝を踏みつけた音がした。わずかに抑えた息づかいもする。
誰かいる、それもすぐそこに。
再び、ピシッという音がした。
誰かが近づいてくる、そう思った雪江は咄嗟に、制服のポケットから携帯電話を取り出し、目の前にかざして広げた。
液晶画面は割に明るく、雪江の目の前を照らした。すぐそばに、血のついた刃を振りかざしている侍が立っていた。今にもその刃を振り下ろすかの体勢でいた。しかし、雪江の放った液状画面の光は、その侍を混乱させるのには、十分だったようだ。
さらにその恐ろしい侍の姿を見た雪江はパニック状態になり、お化け屋敷で発するような金切り声をあげた。頭で考えるより早く、悲鳴をあげていた。
「キャ~ッ」という鋭い声が松林に響いた。
携帯電話の画面の光はすぐに途絶えたが、暗くなる瞬間、背後から小石が飛び、目の前の侍の額を打った。バシッという音がする。
「くっ」
その侍が怯んだ様子だった。突然の光と共に布地を裂くかのような悲鳴。侍もなにが起ったのかわからなかったのだろう。
「引けっ」
押し殺した声と共に数名の足音が松林を去っていった。
雪江が次にまた携帯電話の光で周りを確かめた時には、もう誰もいなかった。
危険は去ったようだ。
雪江は全身の力がぬけて、へなへなとその場に座りこんだ。ふうという大きなため息をつく。
危機は去ったが、ここは一体どこなんだろうと不安になっていた。
さっきの人たちは誰? なんであんな侍みたいな・・・・。
そう考えた時、松林の向こうからうっすらと明かりが見えた。それと話し声もする。
雪江に再び、恐怖が襲った。
逃げようと立ち上がろうとしたとき、そっと背後から抱き締められ、誰かの温かい手が雪江の口をふさいだ。
パニックになりかけた雪江だが、そのぬくもりは恐怖をあおるものではない。強引に拘束されたものではなく、雪江を守るために抱きしめた、そんな感じだった。
「お静かに。人がきます。じっとしていれば大丈夫」
雪江は、了解したという意思表示に、わずかにうなづく。囁きかけてきたその声にはやさしい響きがあった。
あたりはシンと静まりかえった。
目が闇に慣れてきて、松林の全体が見えるようになってきた。かなり雨が降っているようで、木の下にいる雪江も濡れてきている。
やがて、林の向こうから提灯を持った二人が歩いてくるのが見えた。さっきの侍が戻ってきたのではないかと少し緊張したが、そののんびりとした足取りで別人とわかってきた。
「この辺りかな」
まだ若い少年の声だ。その声を張り上げる。
「おぉい、誰かいるのかあ、大丈夫かあ~」
提灯の明かりがあたりを確かめているように、ゆらゆらと揺れる。
「誰かいたのか?」
年老いた声だ。
「いえ、返事がございませぬ」
「ふむ、あれは人の声だったのかのう」
「そう・・・・思いましたが、・・・・猫の声にも似ておりました」
「うん、そうかもしれぬ。ギャーギャーと聞こえたからのう」
「はい、ギャーギャーと」
少年の方が声を作って、面白おかしく真似てみた。その二人はのんきにけらけらと笑いあっていた。
近くの寺の住職と小坊主だったらしい。雪江の悲鳴を聞きつけてきたのだろう。愉快そうに笑いながら、来た道を戻っていった。
雪江はおもしろくない。自分の悲鳴が猫の声に聞こえたなんて、まったく冗談じゃない。
雪江の背後にいた男はやっと放してくれて、雪江は解放された。