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お信乃の真相

 お信乃の不可解なことがなんとか解決できそうになったので、雪江も美里も気分がらくになり、朝までいろいろな話をしていた。


 旅籠の掃除エピソードやら、学校でのことを江戸風に話してみた。

 美里も履物の店・上野屋での愉快な客のことや困ったエピソードなどを話してくれた。美里のことが身近に感じられるのは、雪江の養祖母に気性が似ているからだと気付いた。


 いつも落ち着いていて、誰にでも公平で、温かい目で皆を見守ってくれる人。こんな人がお姑さんだなんてと、お信乃のことがうらやましくなった。


 雪江もいずれは結婚することになるだろう。二十一世紀に戻れなかったら、この江戸で誰かと・・・・。雪江の特別な立場をすべてわかってくれる人でないとやっていけない。

 そしてそのお姑さんも雪江のことを理解してもらわないと、こういった小さな衝突が、最後には大きな問題となるだろう。


 一瞬、ちらりと龍之介の顔が浮かんだが、侍との身分違いの恋は、実らないとわかっていた。

 徳田は側室になるしかないと言っていたが、側室とは愛人のこと。認められていても複雑な思いがある。

 それこそ、ドラマにある「大奥」の女の戦いのようになってしまうかもしれない。


 朝、表戸をそっと開けて入ってきたのは、お信乃だった。子供たちのためにいいにおいのする重湯を持ってきた。

 慎吾もおのぶもまだ熱はあるが、昨夜よりは下がってきている。かゆみも軟膏を塗ると落ち着いた。

 二人は大きな梅干しと海苔の佃煮がのせてある重湯をお代わりした。 その食欲に安堵する。後は水泡が乾いてかさぶたになれば家に帰れるだろう。


 改めてお信乃から話を聞くと、やはり奉公人のお多岐が絡んでいた。

 慎吾が咳をしている日、芝居を見に行ったのも、お多岐の頼みだったらしい。

 お多岐の好きな人がその芝居に出ている役者で、二、三日後には他の土地へ行ってしまう。

 それでお信乃に手紙を渡してくれと頼んだそうだ。必ず、芝居が終わるまで待って、本人に渡せと。こんなことが頼めるのは、お信乃しかいないからと言われると嫌とは言えない。そして、慎吾のことはお多岐が面倒を見るからと約束したらしい。

 しかし、慎吾の風邪が悪化して、大騒ぎになっていたのだが、お多岐は「すべて自分のせいだ、店を辞める覚悟で美里や新吉に言う」と泣いて謝ってきた。お信乃には、もういいからと、誰にも言い訳ができず、なだめるしかなかったと言う。


 そして、お信乃が出ていった夜、実家に帰ったお信乃は、すぐに上野屋に戻るつもりでいた。途中まで帰ると、お多岐が待っていた。


 美里と新吉がものすごく怒っているというのだ。もう二度と帰ってくるなとも言っていたらしい。それでもお信乃は謝ると言ったが、お多岐は「今はまずい。落ち着いてから自分がうまく言ってやるから、実家で待て」と言ったそうだ。

 しかし、待てども「まだだ」という返事ばかりだった。 ついには後で離縁状を届けるから、店にも慎吾の前にも顔を出すなと言ったらしい。


 お多岐は巧妙にお信乃の心理を読んで、不安にさせていた。

 嫁いですぐに、いきなり、

「元気を出してください」と言われた。

 お信乃には何のことかわからず、「なにが?」と聞き返す。すると、ハッとして目をそらし、「いいんです。すみません、なんでもないことです」と言うのだそうだ。


 普通ならその先を聞きたくなるだろう。

 お信乃も誰にも言わないからと聞きだしたところ、美里と新吉が、お信乃のことを思ったよりも愚図で扱いにくい嫁だと言っていたというのだ。


 美里はその実態を聞いて、驚愕していた。お多岐は美里たちにもその逆のことを耳に入れていたのだ。

 若おかみが店のことで文句を言っていたとか、美里たちのことも悪く言っていたと聞いたなど。そのことから、美里はお信乃には二重の顔があるのかもしれないと思ったらしい。

 お信乃が出ていった後も、若おかみはもう戻る気はないと言ったそうだ。後で離縁状を届けろとも。


 新吉はお信乃との縁談がくるまで、お多岐と恋仲だったようだ。新吉の方は遊び半分だったが、お多岐は大手の履物屋の女将になれることを夢に描いていたらしい。

 ところが、新吉はさっさと親の勧める縁談を受け入れた。


 嫁いできたお信乃は、別段お多岐よりも器量がいいわけでもなく、優れているわけでもない、平凡な正直だけが取柄の娘だった。

 嫉妬心と悪戯心が働いた。面白い芝居をさせてやろうと。


 お信乃を操るのは簡単だった。毎晩、美里と新吉がお信乃の悪口を言っている、しかし、自分はお信乃の味方だと言えばよかった。これでお信乃は簡単に不安になり、お多岐を信用した。


 お信乃がやっていることを自分がやるからと引受け、美里たちにはお信乃が押しつけたと言う。自分がのろまだからできなかった、どうかお信乃には言わないでくれと庇うと自分の格が上がることも知っていた。


 お多岐はお信乃が出ていった後、自分が新吉の後添えになれると信じていたらしい。しかし、新吉はお信乃のことが忘れられずにいた。お多岐が言い寄っても相手にされなかった。


 美里は、女関係がきちんとできなかった新吉にも責任があるとして、よく言い含めた。お多岐には今までの給料と退職金を支払った。次の奉公先も探す約束もした。


 お信乃は慎吾とおのぶが回復したら、一緒に上野屋へ帰ることになった。

 


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