ガーデンランチ4
雪江は、龍之介に小言を言われると覚悟した。しかし、そこへ小次郎が割って入る。
「恐れながらご報告を申し上げます」
一瞬、小次郎が雪江を庇ってくれるのかと思った。
「確かに雪江様は、ここで忍びの者たちの姿を一目見たいと申されまして、隠れていました。しかし、誠に不思議ながら、雪江様にはその姿がお見えになられなかったそうでございます」
「ほう。なんだ、もう見てしまったのかと思ったが」
龍之介の言い方では雪江が見ていないのなら、別に問題にすることもないだろうというニュアンスにとれた。小次郎の言い方には少しカチンときていたが、一応、そのおかげで叱られなくてすみそうだ。
「見る機会は多々ございました。しかしながら、雪江様にはまったく忍び達の姿を・・・・」
小次郎が再び、雪江には見えなかったと繰り返そうとした。たちまち雪江の怒りは膨れ上がる。
「ちょっと、小次郎さん。その言い方だと、見えて当然の人たちが見えなかったっていう愚かな私のことを報告しているみたいじゃないのっ。なによ、それ」
小次郎に喰ってかかっていた。
「いえ、決してそのような意ではございません。それがしは事実を申したまででございます。正和様には一言、ご報告をと思いまして」
小次郎はそう言いながら、雪江の手の届きそうにないところまで後ずさりをしていた。
「それは、忍びの者たちが現れたのに雪江には見えなかったのか、それとも来なかったのか?」
「来たらしいの」
「らしいとは? 如何に」
龍之介は口をとがらせている雪江と、少し離れて立っている小次郎を見る。
「もっとわかるように申せ」
「誠に、恐れながら、申し上げます」
いつもよりもずっとわざとらしく言う小次郎。
「雪江様は安寿様をお誘いになり、この場所で忍び達が現れるのを待っておりました。先ほどから頻繁に四名の忍び達が姿を現わし、あの場で食しておりましたが、その姿が雪江様には見えなかったとそれがしに苦情を申されているのです」
その物言いに雪江は目を剥く。
「ねえ、本当にあそこに現れたの? 本当に、しかも、四人があそこで食べてたって本当?」
「では改めてお尋ねしますが、雪江様には、全くあの者たちがお見えになられなかったのですか」
小次郎はそんなことがあるはずないという表情。キイイとなる雪江。
「見えなかったからそう言ってんでしょ」
「んん~。まさか、まさか。あれほどうまそうに味わっていたあの者たちの姿が見えなかったとは・・・・・・」
言葉を濁してそう唸る。小次郎は信じられないと言いたかったらしいが、雪江が睨んていたから口をつぐんだのだ。
「ちょっと小次郎さんっ。それって私の目は節穴かって言ってる? ねえ、喧嘩売ってんの?」
どこにぶつけていいかわからない憤りのすべてを、向けやすいターゲットの小次郎にぶつけていた。
その背後から、くすくすと笑う正重が顔を出した。
「雪江、そう責めるな。小次郎がかわいそうだ。あの者たちは常人には見えない立ち回りができる。雪江たちがここで見ていることをわかっているから、わざとそうしていたのだ。悪気はない。許せ。小次郎にも全く罪はないぞ。のう」
父が出て来たら、もうあまり理不尽なことは言えない。小次郎もホッとした表情になった。正重の後ろに隠れる。まるでいじめっ子を前にして、正義の味方の先生の後ろに隠れる生徒のよう。
「雪江の目に止らなかったというのも無理はない。それだけ甲斐の忍びは優れているということ」
「ご尤もでございます」
調子よく返事をする小次郎。
雪江にとっては、甲斐の忍びがどれだけ優秀であろうが、関係なかった。今はその姿が見たいのだ。思わず、舌打ちをしそうになった。
龍之介が見かねて口を開く。
「雪江、そんなに我らの乱波と会いたいのか」
「うん。映画とかで見る忍者とどう違うのか比べてみたい」
そう、極めて単純な理由。
正重がニコニコ顔で尋ねる。
「そのえ~がというのは如何に。雪江の知る忍びとの違いを知りたいとな?」
「え~が(映画)っていうのは、役者さんが演じる芝居みたいなものなんです。こういう侍の世にはすごく格好いい忍者が出て来たりしてる。すごい技も持っていて、あっという間に相手を倒したり、風のように早く走ったり、屋根から屋根へと飛び跳ねたり、とにかくすごいんです」
「なるほど。その芝居での忍び達と我らのどちらがすごいか比べてみたいということなのだな」
そう改めて言われると少し違う気がする。映画やドラマに出てくる忍者は偽物だ。特写などでいくらでもすごいことができる。今、ここにいる忍者たちは本物なのだ。そんな比べ方をしてはいけないと思い直した。
実際に利久には、天井から降ってきたことで驚かされたことを思い出していた。
「あ、大丈夫です。映画と比べたりしない。ただ、本物の忍びと会ってみたいだけです」
「そうか。そんなに会いたいのなら、特別にここへ呼ぼう」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
皆が口々に発する驚きの声。
まさか、そんな展開になるとは思ってもみなかったから。
「だが、今は家臣としてここにいる。今日のわしの供としてな」
ああ、それは、黒装束ではないという意味だろう。それでもかまわなかった。
「はい、ぜひ」
極めて神妙な顔でそう言った。しかし、心の中では、やった~と小躍りしている雪江だった。
「左から紹介しよう。乱波の長を務める陽炎のシン、あやかしのカゲ、そして・・・・・・」
正重が淡々と言うが、雪江にはその者たちがどこにいるのかわからない。きょろきょろしていた。名を言うからには姿を現わせているはずだ。
「どこを見ておる。雪江の左側に皆、いるではないか」
「えっ」
そこに、四人の侍たちが片膝をついて頭を下げていた。
やっと会えたのだ。ほっとした。また見えないとなるとイライラが爆発しそうだったから。
やはり本物はいたのだ。
「続けて名を言う。右にいる二人は突風のデンジ、雷鳴のコウタ」
皆、それぞれに呼び名を言われるとさらに頭を低くした。
「我が娘、雪江だ。皆はもう存じておるが、こういう場で顔を合わせるのは初めてだからな。さあ、面をあげよ。雪江がどんなにそちたちに会いたがっていたかよくわかっているであろう」
それぞれが顔をあげた。ごく普通の侍たちだった。忍びだと言われてもわからない。
「いつも父がお世話になっております。どうもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
そう、お礼を言いたかったのだ。父の令に従って、いろいろな場所へ行き、探ったり、助けてくれている。
忍びの侍たちの表情が一瞬、止ったかのように見えたが、すぐに一斉に頭を下げていた。
龍之介が吹きだしていた。確かに藩主の娘としての礼の延べ方ではなかったかもしれない。しかし、感謝の意は伝わっただろうと思う。
「ここにいる四名はな、利久と係わった頃より雪江の周辺についていてくれた者たちなのだ」
正重が誇らしげにそう言った。その言葉に忍び達も嬉しそうに目を細めていた。
「本当にあの時はお世話になりました。あ、そうそう。サンドイッチ、どうでしたか?」
そうだ。ランチに出したサンドイッチの感想を聞きたかった。おいしかったのか、口にあわなかったかどうか。
「恐れながら申し上げます。瓜の入ったあの柔らかなモノはサンドイッチと申されるのでございますね。ほどよく塩加減がきいており、今まで味わったことのない酸味の利いたまろやかなタレ(マヨネーズ)と歯ごたえがなんとも美味でございました。冷たい茶も喉を潤していただきました。そして、餅菓子とはまた違った味わいのある甘味のある菓子、雪江様直々におつくりくださいましたとのこと。わたくし共のために、誠にありがたく存じます」
長と言われた陽炎のシンが、料理のコメンテイター真っ青になるくらいの感想を述べていた。もう雪江は上機嫌。満足だった。
「ああ、よかった。サンドイッチは、今までに口にしたことのない物を挟んだら驚くでしょうから、瓜にしたんです。正解だったみたい。後で裕子さんたちに報告します」
もう雪江の気がすんだ。
今までのお礼とその姿を見ることができ、サンドイッチも喜んでくれたのだ。
龍之介が一人をじっと見ていた。
「そちはコウタと申したな。そちはもしかして・・・・あの?」
コウタは嬉しそうな顔を向けていた。
「はい、その、コウタでございます。龍之介様、いえ、正和様。お久しぶりにございます」
龍之介の知り合いだったらしい。
「コウタはな、わしが甲斐にいた頃より小次郎と共に一緒に野山を駆けまわった同士なのだ」
懐かしそうに小次郎も目を向けていた。
「そうか、コウタは龍之介と一緒に遊んだ仲なのか。後でゆっくりと龍之介の幼少の頃の話を聞くとしよう」
正重が興味深そうに言う。
「兄上には子供のころからずっと直接書状を送っております。今更何を聞きだそうとなさるのでしょう」
龍之介は焦った様子でいた。
「ふん、あのような文では自分の都合の悪いことは書かぬだろう。それ以外の悪戯など本来の龍之介の様子が聞きたいのだ」
「兄上も相変わらずそのような戯言を・・・・・・」
正重がいつものように龍之介をからかう。
龍之介と小次郎が、コウタを囲んで昔の話をはじめていた。
そんな様子を眺めていた。
正重が雪江に向き直る。
「それで、どうだ。本物の忍び達の印象は」
「えっ、普通のお侍さんすぎてよくわかんない」
それを聞いていた龍之介がつっこんでくる。
「当たり前だ。普通に見えなくては真の忍びとは言えぬ」
「え~っ、でもさ、夜になると黒装束に着替えるんでしょ」
そういうと皆が笑った。
「雪江はどうしても忍びは闇の者としか考えられぬようだな。まあそういうことにしておこう」
そう龍之介に呆れられていた。