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ガーデンランチ3

 裕子たちが銘々の重箱弁当を運んできた。メニューは歌舞伎の幕間に出てくる幕ノ内弁当を参考にしている。煮物と焼き物、玉子焼きに蒲鉾、俵型に握ったご飯だった。その脇には雪江が焼いたクッキーも並ぶ。

「ほう、見た目もよいが、その味も見事」

 正重が褒めると、皆がそれに同意するようにうなづいた。


「食後には抹茶ラテもあるんだから。あったかいのも冷たいのも用意できてる」

 デザートは昨日雪江が用意していた。

「相変わらず雪江様は活動的でございますな」

 明知に褒められた。

「誠にうらやましく思います」

 安寿も微笑む。


 お弁当を食べ終えると雪江が安寿の隣に移動した。龍之介は、正重、明知とまた刀の話をしているからだ。

 安寿が、クッキーを口にした。

「本当においしいこと。この歯触りが餅菓子とは全く違います」

「ねえ、安寿様、抹茶ラテはどう? あったかい方は甘味控えめになってる」

「はい、その両方をすでにいただいております。口当たりがまろやかでどちらもおいしかったです」

 その答えに雪江は満足していた。一応はこのガーデンランチは成功ということ。計画してよかったと実感。


 ちらりと男衆を見る。そして小声で囁いた。

「ねっ、安寿様」

 ヒソっと言ったから安寿も同じようにひそひそ声で返事をする。

「はい、なんでございましょう」


「私、内緒でちょっとここを離れるけど、一緒にくる?」

「はあ?」

 安寿はその意味が分からず、少々大きな声をだした。

 雪江がしっと人差し指を口の前に立てた。男衆には気づかれていないようだ。

「一緒に行くの? 行かないの? どっち?」

「あ、参ります」

 その返事を聞いて、雪江は安寿の手を引いた。

 

 こっそりと宴席の隅から、張られている幕の向こうへ抜け出す。宴席の幕の裏には、小次郎とそれぞれの侍女たちが待機していた。一応、雪江は途中で宴席から抜け出すことをお初に言ってあった。そして安寿の侍女、奈津にも知らせて欲しいと頼んであった。

 いつもなら誰にも言わず(反対されるから)、雪江だけで行動を起こしていただろうが、今は身重だ。コソコソ勝手にうろついていて、転んだら一大事になる。それに安寿も一緒となると、その身の安全のためにも誰かが側に着いてきてくれた方がいい。

 小次郎には何も知らせていなかったが、侍女たちの落ち着かない行動に、なにかあるとわかったのだろう。お初のすぐ後ろに、無表情のまま待機していた。

 小次郎がなにか言おうとしたから、すぐさま首を振り、人差し指をくちびるにあて、何も言わないでとジェスチャーで示した。


 皆は黙って雪江の後をついてきた。なにかするとしてもこの庭を移動するだけだ。小次郎もそう思ったのだろう。そのまま侍女たちの後ろを着いてきた。


 中庭の奥まった木の陰にテーブルがある。その上にはサンドイッチ、クッキー、冷茶などが用意されていた。

 その様子を見て安堵する。

 よかった。まだ全部食べ終わっていなかった。チャンスはある。思い切って抜け出してきてよかったと雪江は思った。


 そこにあるテーブルの軽食は、忍びの者たちへのお礼の食事だった。どんなものがいいのかわからないから、簡単に摘まめるフィンガーフードにしていた。

 よく見るともうサンドイッチがほとんど空になっている。けれど、クッキーはそれほど減ってはいない。そちらはまだ大皿に山盛りになっていた。


 そこへ徳田がまたサンドイッチを持ってきた。空の皿と引き換えに、大皿に盛られたサンドイッチを置いた。長居は無用とばかりにすぐにその場を去る。

 う~ん、気が利く。さすが徳田だ。

 このサンドイッチは、瓜に塩をふり、しんなりさせてマヨネーズで挟み込んださっぱり系。アフタヌーン・ティでもおなじみのシンプルでおいしい一品だ。この時代の人たちも瓜なら馴染みがだろうから、サンドイッチの具にしても抵抗はないだろうという裕子の意見だった。


 雪江たちはそのテーブルを、少し離れた木の陰に隠れて見ていた。

「いったい、何があるのですか」

 安寿の声にはワクワクドキドキを秘めていた。雪江は後ろを振り向いて答える。

「あそこに見えるテーブルには、忍びの人たち用の食事があるの。どんな人たちが来るか、絶対にこの目で見たくって」

「まあ」

 安寿は、そんなことをしてもいいのだろうかという不安そうな目を向けた。


「一目でいいの。誰でもお父上様のご自慢の忍びさんたちを見てみたいでしょ」

「はあ」

 雪江は再びテーブルに目を移す。

 まだ誰もいなかった。ついさっきと全く変わっていない。誰かが来た気配もなかった。

 しかし、よく見ると新しく徳田が持ってきたはずのサンドイッチが、半分に減っていたことに気づいた。


「えっ、ちょっと、なに?」

 思わず声をあげていた。見まちがいかと思った。

 体を乗り出して、皿の上のサンドイッチをよく見る。確かにさっきまで、皿一杯に載せてあった。けど、今はまばらになって、半分ほどしかない。


「嘘でしょっ。嘘、嘘。こんなことってあるわけない」

 ほんのちょっとの間に、後ろにいる安寿と話していただけなのだ。その間、わずか数秒ほどだったはず。

 もしかすると、徳田がサンドイッチも持ってきたのは幻だったかもしれないと思わせる状況だった。


「安寿さま。今、私と話していた時に誰かがあの場所に来ました? ちらりとでも誰かが通ったのを見ましたか? サンドイッチが減ってるの」

 必死に訴えていた。どうか、安寿が見ていてほしいという願いを込めていたから。しかし、安寿は困った顔をして、無情にも首を振った。

「どなたかが本当に来たのですか」

「そうとしか思えない。あんなにたくさんあったサンドイッチが、私が振り返ったこのわずかな瞬間に半分になってたんです」

 まあ、と口ごもる安寿。


 雪江はすぐ後ろに控えている小次郎に目を向けた。他の侍女たちはそんなことがあったのかと不思議そうにテーブルを眺めていた。それが当然の行動だろう。しかし、小次郎は涼しい顔をして特に興味なさそうにしている。雪江は動物的な直観で、小次郎が怪しいと思った。なにか見ているに違いない。


 無言の責めを感じた小次郎は表情を変えず、淡々と言う。

「それがしに訊ねられても無駄でございます。それがしは雪江様、安寿様にしか意識を向けてはおりませんから」

 小次郎の言い方だと、あのテーブルに意識を向ければ絶対に見えていたはずだが、そっちを見るつもりはないから、何も目撃していないと言っていると解釈した。

 もっと雪江流に訳すと「見えるけど見る気ないし、わかっていても教えてあげません」ということになる。そう勝手に訳しておいて、その怒りを右の拳に込めていた。ぎりりと握り締める。その気迫を感じ取ってか、小次郎は息を飲んで一歩、後ずさりした。


 再び木の下のテーブルに視線を戻す。そうそう、わき目もふらずにずっと見ていなければいけなかったのだ。

「ああっ」

 思わず大きな声を出していた。

 安寿が声に驚いたらしく、キャッと飛び上がる。


「もうサンドイッチがないっ」

 そう、さっきまで半分ほどサンドイッチがのっていた。その皿が空になっていたのだ。今度は見まちがいではない。さらに冷茶のボトルも空になっていることにも気づいた。

「小次郎さんが余計なことを言うからよっ」

 またしてもちょっと目を放した隙に忍びたちが現れたらしい。その姿を見られなかった雪江は、その怒りを小次郎に向けた。


「あんなにあったサンドイッチがもうないっ。誰も姿を見せなかったのにィ」

 そう小次郎に訴えていた。

 しかし、小次郎の表情は驚きに変わった。

「まっ、まさか。先ほど四名の侍があの場所に現れ、食しておりましたが・・・・あれが雪江様のお目に止らなかったと申されますか」

 別に小次郎には全く悪気はなかった。いつもそう思ったから、そう言ったまでのこと。しかし、雪江風の受け取り方で言うと、「あんなにあからさまにのんびりとサンドイッチを食べていた侍たちを見なかったっていうのか、うっそだろう」と訳せるのだった。


 雪江がキイイとなるその寸前に、龍之介が姿を現す。

「雪江、安寿様もこのようなところに」

「あ、やばい」

 見つかっていた。

「このようなところでコソコソと、なんと怪しい光景。まさか、まさか乱波たちをこっそり見ようとしていたのではないだろうな」

「あ、はい。その通りです」

 素直にうなづいた。


「隠れて見ているとはなんということ」

 龍之介の口調には、呆れかえってもう何も言えない、言いたくない、しかし、叱っておかねばならないという感情が込められていた。


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