そして・・・・・・。
雪江の腹がだいぶ目立つようになったころ、今度は明知と安寿が泊まりで遊びに来ていた。
明知が、徳田と裕子の料理をまた食べたいと言ったのがきっかけだ。安寿と同意見になり、そのことを雪江は文で知った。それなら二人で泊りがけで来ればいいということになった。
安寿の腹も雪江に負けてはいない。大きな腹での外出、その日に出掛けて帰ることが負担となると雪江は考えた。いつかの雪江のように具合が悪くなっても困るからだ。無理なく来てもらい、徳田たちの料理を充分味わってもらうには、三泊ほどしてから帰ればいいという話になった。
その際には、加藤家の料理人もきて、その調理法やその味を習ってもらう。以前にもそうしていたが、まだ不十分だったようだ。
雪江はあることを企画していた。その招待状を書き、渡しにいこうと長い廊下を歩いていた。奥向きの明知と安寿たちのいる部屋へ向かっていた。
その向かいからこっちへ一人の侍がやってくる。奥向きに侍とは、龍之介か明知以外に考えられなかった。
雪江はよく目を凝らして見つめる。
最近、明知もふっくらして日に焼けているから二人の見分けがつかないことがあった。こっちへやってくるのは見慣れない着物、袴をつけている。それにニコニコしているから、明知だとわかった。うん、間違いない。この時刻に龍之介がここにはいないだろうという安易な考えもある。
向こうが声をかけてくる前に、雪江は立ち止まり、会釈をした。
「明知様。おはようございます。今から安寿様のところへお伺いするところでございます」
澄ましてそう言った。
明知の表情が一瞬止ったが、それは雪江が完璧な武家言葉を使ったからだろうと自負していた。雪江だってやればできるのだ。子供が生まれる頃には完璧だね、と一人でほくそ笑んでいた。
「あ、そうそう。今、安寿様の所にこれを届けようと思って来ました」
そう言って、招待状を見せる。
もし、明知がそれをここで受け取ってくれれば、渡すつもりでいた。
「ではそれは雪江様が直接お渡しくだされ。そして、あ、そうそう、というのはくだけすぎている。それにこれを届けようと思って来ました、ではなく、これをお届けに参りました、であろう」
えっ、と思う。
そんなことを明知が言うなんて、とショックを受けていた。
しかし、目の前にいる澄ました顔の明知が、にやりと皮肉な笑いを見せた。違う、明知ではない。
「あっ、龍之介さんっ。また騙したのね」
「何を言う、そっちが勝手に勘違いしたのだ。わしは一言も明知だと言った覚えはない」
キイイ~となる。
「じゃあ、なんで安寿様たちの奥向きから出てきたのっ」
「今朝、少し明知殿に話があったのだ。それで明知殿のお召し物を褒めたら、今日一日、お互いの着物を交換しようと申された。責めるのなら、明知殿を責めよ」
「本当に? 本当に明知さんがそんな事、言ったの? 誘導尋問のように、巧みにそう言わせたんじゃないんでしょうね」
とことん疑っている雪江。
「何を申すか。そこまでわしは雪江をおちょくろうとは思っていない」
「じゃあさ、わたしが明知様って言った時、なんで違うって言ってくれなかったの。ねえ」
「それは・・・・・・」
少し言葉に詰まる龍之介。
「わが妻ながら、思ったよりもしっかり挨拶ができるようになったと感心しておったのだ。それで言いそびれてしまった」
雪江はその言葉が真実なのか、疑いの目を向ける。だが、一応褒め言葉なので、言い返すのをやめた。
龍之介が、再び雪江の持っている封筒を目にする。
「それは明日の?」
「そう。招待状。楽しみでしょ」
もう雪江は、龍之介に騙された怒りなど忘れて浮かれ気分だった。
明日、皆でガーデンランチをしようと計画していた。もうすでに招待状を用意してある。これから裕子たちとも相談し、どんなメニューにするか考えるのだ。
「じゃ、また後でね」
龍之介にそう言って手を振る。そしてさっさと安寿たちのいる座敷に向かっていった。