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「苦難」

 江戸の生活に慣れてきたのはいいが、まだ突然やってくるホームシックと戦う毎日だった。それに最近、一緒に働いているおりんのことが気にかかっている。

 おりんは雪江と同じくらいの年の娘で、旅籠の客室掃除を一緒にしている。とても優しい友達のような存在だった。

 そのおりんの笑顔が最近、曇っているのだ。


 今日は思いきって、おりんに胸のうちを聞いてみようといつもより早めに旅籠に出勤した。ちょっとだけ無理やり髪をまとめてポニーテールにしたら、人前に出ても振り返る人は少なくなった気がした。

 旅籠の事務所に入ると、元教員だったお久美がいた。


「先生、おはよ、ございま~す」

 すぐに前掛け(エプロン)をして、朝早く出発した客室のチェックリストを手にとった。


「おゆきちゃん、(お久美は皆の手前、雪江のことをそう呼ぶ)ちょっと待って。掃除はおりんちゃんたちに任せて。裕子さんのところへ来てくれない?」

「は・・・・い」

 いつもやさしい笑顔のお久美だが、今朝は少々厳しい表情になっている。なんか嫌な予感がする。


 階下の料亭の事務所へ行くと、裕子は紅茶を入れて待っていた。裕子はいつもの笑顔だ。しかし、これが曲者だった。

「雪江、あなた、旅籠の客室係の方からブーイングがきてるわよ」

「へっ」

 お久美も裕子の言い方に驚いている。

「あなたのパートナーのおりんとその女中頭のおはるがあなたと一緒に働きたくないそうなの」

 お久美はあわてて言いつくろった。

「ちょっと待って、おはるもおりんもそんな言い方をしなかったわ。本当よ」


 裕子はいつも一直線に物を言う。この味は好みじゃないと言うと、イコール嫌いということになるのだ。だから、彼女自身、まわりから誤解されることが多かったが、本人は全く気にしていない。


 つまり、雪江の掃除では、ペアを組んでいるおりんに負担がかかっているということだ。それに雪江は朝、通いで来て、旅籠の掃除を手伝い、昼は料亭の方へ行ってしまう。女中頭のおはるも、雪江のことをどう扱っていいのか困っているのだ。お久美や裕子、徳田、それに関田屋にまでなれなれしい口をきく雪江を、他の女中のように扱っていいのかもわからないとのことだった。


 しゅんとうなだれている雪江にお久美は、旅籠の手伝いはもういいから裕子のところだけに通いなさいと言いかけた。

 しかし、裕子はそれを断固拒否した。

「先生、このままやめさせたら、雪江はいつまでたっても成長しません。おりんのようにできなくても、最低限はできるようになるまでさせた方がいいと思います」


 裕子はテニスでもそうだ。できるまでやらせる。やらないからできないのだ。

 雪江の掃除したところは、おはるがチェックをし、不手際があれば雪江自身がやり直す。おりんは手を出さない。おはるのOKが出るまで、裕子たちの料亭には行かないということにした。雪江も同じ女中として、ビシビシしごいてくれと。


「わたしゃ、女将さんの知人だからって甘い顔はしないよ。おりんはそれでなかなか言いだせなかったんだ。ずっと黙ってて、おゆきの後始末を一人でしてきた。わたしゃ、そんなこととも知らないで、掃除が行き届いていないとおりんを叱っちまったんだ」

 たかが、掃除と思ってはいけないのだ。自分の部屋の掃除ならば問題はないが、お金を支払っていろいろな人が旅の疲れを癒しにくる。きちんとしなければいけない。


 まず、雪江はおりんに、きちんとできなかった掃除のことを謝った。そしておりんがやり直してくれたことのお礼も言った。


 今度は掃除は念入りにやったので、やり直しはなかった。

 事前におはるから教えてもらったことがあった。それを忠実に守った。


1、誰かと一緒に仕事をするには、もう一人がなにをしているか見ていること。

2、いつも次の行動を念頭において行動すると、スムーズに動ける。

3、叱られた後でも、機嫌の悪い時でも、無理やり笑顔を作ること。これは客室係として、他のお客と顔を合わせる機会が多いからだった。そして、一緒に働いている人のためでもある。


 旅籠の掃除が終わり、料亭の方へ行く時、おりんが最高の笑顔を見せてくれた。それが無口な娘からの「誉め言葉」だった。


いつも紅茶が登場します。

実はコーヒーは天明年間(1781~1788年)に、オランダ人が自分用に長崎の出島へ持ち込んだということです。江戸まで来るのにはもう少し時間がかかるでしょう。



この小説は、1780年(安永9年)なので、コーヒーは手に入らない設定にしました。個人的にはコーヒー党なので、コーヒーを出したいのですが。

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