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正重2

 正重はそんな村上を見つめる。

 コホンと咳払いをした。

「しかしなあ、今、甲斐大泉から刀剣研ぎ師の弥助がここにきている。うれしくて毎日、この中屋敷へ通っていたら、ついに村上が火を噴いた」


 皆の視線が村上に注がれる。


「こう毎日、出かけられては公務が行き届きませぬっ。いくら興味があるとは言えども、些か度がすぎましてございます。ですから・・・・」

 もう先程のむせび泣いていた村上ではなかった。きりっとした顔で、別人のように厳しい表情をしている。もうそこにはいつもの家老である村上がいた。


「わかった、わかった。だから、今宵はけじめとしてここへ来ているのだ。明日からきちんと真面目に取り組む、そう申したぞ」

「はい、しばらくは登城以外の外出は禁止でございます」


 裕子がぷっと吹きだして笑った。

「あ、失礼いたしました。村上様がきちんと正重様を支えてくださっていること、よくわかりました。安心いたしました」


 村上は恥ずかしそうに正重に頭を下げた。

「取り乱しまして申し訳ございませんでした。それでは、それがしはあちらで待っております。少し正和様にもお話がございますので。後はごゆるりと」


 村上が出て行った。あれだけ泣いた後だった。場都合ばつが悪いのだろう。


 それからもしばらくは三人で、昔の悪戯、他の家臣の昔話などに花を咲かせていた。


 ふと、襖の向こうに誰かがいることに気づいた。ものすごく明るい氣がこっちを見ていた。

 好奇心旺盛で、最も正重が好む、子供のものだ。わずかな襖の隙間で、目と目が合った。裕子も気づく。

「二人とも、そんなところにいないで入りなさい。そしてきちんとご挨拶なさい」


 はい、という静かな返事が返ってきた。スッと襖が開き、少女と少年が頭を下げていた。

「徳田薫でございます」

「同じく末吉でございます」

 薫が緊張した面持ちで顔をあげた。末吉はぱっと顔をあげ、にこにこして正重をみていた。そしてひそひそ声で囁いていた。

「なっ、薫姉さん。すごいだろ。光ってるよなっ」

 充分、皆に聞こえるくらいの声だったから、薫はひやひやしたのだろう。伏し目がちでこっちを見ていた。


「はて、光っているとは?」

 子供は面白いことを言う。正重の質問に、末吉が答えた。

「お侍さん、光って見える」

 薫にはそう見えないらしい。不可解な顔をしていた。


 この末吉も人の光が見えるのかもしれない。


 正重はこの二人の子供に見覚えがあった。雪江たちの球の投げ合いに参加していた。しかし、子供たちには正重だとわからないらしかった。それならその方がいいと思った。また、正重の悪い癖が始まった。身分を隠して接する癖だ。


「二人ともいくつになる」

 薫は少女から娘に変わる年齢だろう。体は小さくてもその表情が大人びていた。

「十四でございます」


「おいら、十二」

 そう答えた末吉を、徳田がそっと窘める。

「わたくし、と申すように」


「あっ、そうか。わたくし、おいら十二」

 その言い方がかわいかった。男の子の十二はまだまだ子供。腕白盛りだ。

「よい、堅苦しい言い方は抜きにしよう。わしはここへ遊びにきたのだ」

 末吉は、遊びに来たということが気に入った様子。目を輝かせる。

「ええと、おいら、あ、いけねえ。わたくし・・・・・・」


「なんであろう。よいぞ。落ち着いて申してみよ」

 末吉が黒目を上に向けて、一生懸命に考えていた。

「わたくしって言いかえてたら、なにを言おうとしたのか忘れちまった」


 愉快だった。正重はクックと笑っていた。

 ここはあからさまに笑っては、末吉の機嫌を損ねてしまいそうだ。

「あ、そうそう。思い出した。お侍さまはどちらからおこしになられましたか」

 今度はきちんと言えた。

 二人は正重を、他の藩の侍で、徳田の家に遊びに来ていると思ったらしい。


「わしはこの桐野の上屋敷におる。そちの父御母御の友人、鷹丸と申す」

「へえ、鷹丸様は厚司父さんと裕子母さんの友達ですか」


「そうじゃ、我らは幼き頃よりいつも一緒で大きくなったのじゃ」

「へえ、じゃ、幼馴染ですね」

 末吉が感心していた。その傍ら、薫が怪訝そうな顔をしていた。

「特にそなたたちの母にはよく叱られた」

 そう言って笑うと末吉も「おいらもだ」と一緒に笑う。

「わたくしもです」

 徳田もそう言って笑った。


 末吉が笑いながらも一人一人の顔を見ていた。

「変なの、今夜の父さんも母さんも、いつもと違う。まるで・・・・侍みたいだ」

 この子は鋭いと思う。たぶん、氣をよむ。それだけ人に心を開いているから、人から受けるものにも敏感なのだろう。純真な証拠だ。

「そうじゃ、二人は今、ここにいなければならない大事な台所役人、立派な桐野の家臣ぞ」


「そうだ、父さんと母さんはな、みんながギャ~って驚くモン、作るんだぞ。それもほっぺがボタボタって落ちそうなくらい、すっごくうまいんだ」

 末吉が、全身でその料理のことや、どれだけおいしくて人々を驚かせているかを表現してくれていた。

 正重はその様を見て声をあげて笑う。末吉は楽しかった。久しぶりに子供に会え、笑わせてもらっていた。


 今度は薫に視線を移した。

「薫殿、ここの奥方の様子はいかがかな。毎日通っておられるそうだが」

 薫は急に声をかけられて戸惑っていた。すぐに返事ができない薫に、末吉が助け舟を出す。

「ここの奥方って、雪江姉さんのことだぞ」

 本人は至って真面目で、そう説明していた。声を潜めているつもりらしいが、皆に充分聞こえていた。


「はい、雪江様は毎日手習いやふみを書いていらっしゃいます。散歩もお好きで、海を眺めては絵も描かれて・・・・・・」

「ほう、絵も描いておるのか」

 つい、そう言っていた。


「うん、雪江様は本当にうまいぞ。おいらも裕子母さんの顔、書いてもらった。あれ、お守りの中に入れてある。姉さんみたいに」

 末吉も雪江から、綾と雪江の生き写しの絵を見せてもらっていたらしい。

 

 末吉は、だいぶ緊張がほぐれているらしく、口調もくだけてきていた。

「鷹丸様は子供、いるのか」

「うむ、おるぞ。わしはもうすぐ爺となる」

 末吉が目を丸くして言った。

「へ~え、若く見えるけどもう爺さんか」

 祖父となることと、年を取った爺さんになることを混同しているらしい。


 薫がそれを聞いて、「あっ」と声をあげた。どうやら薫にはばれたらしい。

「末吉、口を慎みなさい。このお方は・・・・・・」

 そう言いかけていた。

 しかし、末吉は大きな声で言う。

「えっ、なんだあ。鷹丸様が爺ィになるって・・・・」


 薫が、もう喋らせないために末吉の口を手でふさいだ。

 もごもごと何かを言い、末吉がその手を取り払おうとした。薫が押さえこんでいるが、すぐに「ギャア~」と声をあげて手を放した。


 末吉が薫の手を咬んだのか、と思った。

「末吉ったら、私の手、舐めたぁ」

「だって、口をふさぐからだよ」

 大人が皆、笑った。

 不満そうな薫。そんな薫に正重はそっと人差し指を口にあてる。末吉には言うなということ。


「そう、爺だ。赤子が生まれたら子守をするのが楽しみでな」

「へえ、鷹丸様が子守か。うん、いい爺さんになれるよ。きっと子供に好かれる」


「そう思うか」

 嬉しいことを言ってくれる。

「うん、だっておいらも鷹丸様のこと、大好きだもん」

 嬉しくて、正重は末吉の肩を抱く。

 されるがままに寄り掛かってくる末吉。小さな肩だ。十二にしては小柄だった。しかし、その腕にはたくましい筋肉がついていた。これは水汲みなどの力仕事をしているからだろう。


「ほう、末吉はなかなかたくましい。腕相撲でもやるか」

 そういうと目を輝かせてくる。

「うん、やりたい。厚司父さんなら、やる前から勝負はついているけど、鷹丸様は普通だから勝てそうだ」

 その言葉に、薫は卒倒しそうな顔をした。裕子がそっと大丈夫だからと囁く。


 座敷の真ん中に突っ伏して、腕を出す。袖がまくれあがった。正重もたくましい腕を見せていた。

「おっちゃんもすごい」

 鷹丸様と呼んでいたのに、もうおっちゃんと呼ばれていた。

「末吉ったら・・・・・・」

 薫はもう聞いていられない様子で耳を塞ぐ。


「わしは武道バカだからな」

「へ~え、正和様も同じだぞ。武道バカだ。夜遅くまで稽古してる」


「そうか、正和も武道バカか」

 正重がそう言って笑った。

「うん。でもな、様をつけないとだめだぞ。正和様だ」

 もう末吉の子分のような言い方だった。

「わかった。正和様だな」

「そうだ」


 末吉はよくしゃべり、良く笑わせてくれた。

 そして五回、腕相撲をしていた。そしてこの正重にやられていた。

「おっちゃん、すごいな。勝てるかと思ったけど強い。大人って大体一度くらいは子供に負けてくれるんだけど、おっちゃんは全部、全力でやってる」

「そう、いつでも子供と本気でやってるぞ。手加減して負けたら大人の面目が立たないし、子供にとっては失礼だろう」


「う~ん、そうかもな。わざと負けるのは子供だましってことかもしれない。けど一度くらいは負けてもらいたかったな」

 それが本音らしい。

「末吉がものすごく頑張ったこと、この鷹丸がよくわかっている」

「うん、次は負けねえぞ」


 正重は目を細めて微笑んだ。頼もしい桐野の家臣たちである。





最初は予定していなかったエピソードです。

大切な友人に向けた想いの歌(Voice by 嵐)を聴いていて思いつきました。側近たちを亡くしてからの正重を想うような歌です。

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