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タイムスリップの理由をさぐる

 関田屋、いや、朝倉は真顔で言う。

「神宮寺は、あの龍之介さんの命を救ったことになるんだよな。彼を助けるために、ここにタイムスリップしたのかもしれないぞ」

 関田屋にそう言われて驚いた。


「偶然です。ただの偶然・・・・」


「偶然は必然よ。そういうことが起こるということに意味があるの」

お久美こと、杉田はにっこり笑って言った。


 朝倉は真剣な表情をくずさない。そんなに大事な意味のある瞬間だったのだろうか。

「おれもそう思う。他に神宮寺はなにか見たり、感じなかったか? たとえば、誰かの一生とか姿とか・・・」


 朝倉の言う意味がわからない。

「どういうことですか?」

 徳田は二ヤリとして言う。

「俺らは、あの瞬間からこの江戸に迷いこむまでの間に、あるビジョンを見てるんだ。ものすごい早送りで、人の一生を見るように」

「それって誰の? まさか、自分のじゃないんでしょ?」


「俺の場合、まだ若い侍だったな。最期は屋敷の中庭のようなところで、斬られて死んだ」と徳田。

 裕子も言う。

「私も侍だったの。徳田君と重なるシーンがあるから、同じ屋敷に勤める武士だったようね。私も斬られて死んだわ」


 次は朝倉だった。

「おれは、どこかの大名の家老だったと思う。お家の存続のことをいつも気にしていた。病死だった」

 杉田も遠くを見るような目で、

「わたしは武家の女性で、晩年は嫁いでいった娘のことがずっと気がかりだった。心配し続けて亡くなった。姿は別人だけど、目がわたしだった。あれは私の前世だと思うの」


「前世?」

「そうだ。なんとなくそういう気がする。時々おれたちはここに集まって、その時の話をしているが。前世の肉体から魂が抜け出た時、つまり死んだときにおれたちはここへ現れれているみたいだから」

 朝倉は続ける。


「おれは、今五十九歳。三十年前の江戸に現れた。なにがなんだかわからず、ぼーっとして佇んでいたら、先代の関田屋に声をかけられ、拾われた。一応、教師だったし、流行の先端を行くアイディアも呉服の商売に役立った。認められて、関田屋の一人娘の婿になったというわけだ」

 

 タイムスリップ前の朝倉は三十前だった。今は白髪も増え、日焼けした顔にしわが刻みこまれている。朝倉にとってはそんなにも年月がたっていたのだ。


「わたしもその女性が亡くなる姿を見て、気づいたら関田屋さんの店の前に立っていました。そこへ朝倉先生がひょいと顔を出されて、「あっ」って大声をあげてしまいました」

 杉田は懐かしそうに笑う。

「今は、四十二歳、ここへきて十二年がたちました。朝倉先生の、というか関田屋さんの次男と結婚して、この旅籠を手伝っています」

 

 杉田が朝倉の息子と結婚? なんだかごちゃごちゃしてきた。

「そいで、俺はもう三十二歳。こっちにきてから十六年がたっている。雪江と同級生だったのになあ。裕子さんと俺は、前世の侍が同じ時に死んだんだろう。こっちにきたのも一緒だった。やっぱ、関田屋さんの店の前に立ってたよ」

 裕子は頬を撫でて、

「私は三十三歳。恥ずかしいわ、雪江ちゃんはぴちぴちの若い高校生のままなのに・・・」


「そんな・・・裕子先輩は全然変わっていません。むしろ、大人の魅力がアップして、きれいになって。徳田君は老けたけど、中身が高校生のままですよね」

 皆が笑う。

「雪江ちゃんだけ、そういうビジョンは見なかったのね。不思議ね」

「暗闇と思ったら、ドスンって落ちたから。そんなビジョンを見る暇がなかったというか・・・・よくわかんない」


 皆が真剣に考えていた。あのときバラバラにタイムスリップし、最後の雪江が来れば何かがわかると考えていたらしい。しかし、当の本人はなにも見ていない。ヒントになるものは全くなかった。

 そして、他の人たちは朝倉に頼るようにして現れているのに、雪江だけが龍之介を守るように出現していた。

 これは一体どういうことなのか。それとも意味はないのか。


 その静寂を徳田のくすくす笑いが打ち破った。見ると徳田は床にはいつくばって、襖を極わずかに開けて、廊下の様子に聞き耳をたてていた。

「あのお侍さんたち、すんげえパ二くってる」


 龍之介たちのことだ。

「え~、ただいまより、廊下の模様を実況中継させていただきます。本日は江戸時代、新入りの雪江のために、わかりやすく訳していきたいと思います」

 ぺこりと頭を下げた。



龍之介「なにっ葵どのが江戸にくる支度をはじめていると申すか。それでは上屋敷へ行ってしまうではないか」

徳田・訳「なんだってっ、葵さんが江戸へくる準備をしてるって言うのか? それじゃあ、本宅の方へ行っちゃうじゃん」


小次郎「はっ、このままでは明日の昼過ぎには支度が整いましてございます」

徳田・訳「そっ、このままいけば明日のランチタイムには準備できちゃうよ~ん」


龍之介「いかが致そう。なにうえ、今頃葵どのが江戸に参られるのじゃ」

徳田・訳「どうしよう、なんで今頃になって、葵さんが江戸にきちゃうのかな」


 雪江の頭の中で、龍之介と小次郎の二人が徳田の言葉で話しているように想像すると、返ってごちゃごちゃになってしまった。

「徳田、うざいっ」


 どうやら、龍之介たちはその葵という女性に、江戸に来られては困る事情がありそうだ。忍者なみの気配を察し、機敏な行動をする小次郎が、あからさまな徳田の盗聴を許しているのだ。よほど動揺しているのだろう。


龍之介「早急、使いにつたえよ。なんとか思いとどませるのじゃ。今こちらに来られてはすべてが台無しになる」

小次郎「はっ、わかっております。しかし、あまり騒ぎたてては、返って事は大きくなりましょうぞ」


龍之介「むむ、どうすればよいのじゃ」

小次郎「それがしによい考えが。葵どのには十日ほど出発をお待ちいただいて、それまでに別の場所を用意して迎えるのです。葵どのは個人的に来られるかと思われますので、江戸屋敷でなくても一向に構わぬと存じます」


龍之介「あい、わかった。どこかの場所を葵どののために借りればいいということなのだな」

小次郎「左様でございます」


 そこまで聞いた朝倉が、関田屋の顔に戻って、すっと襖を開けた。

「申し訳ございません。すべて話を聞いておりました。どうやらお困りのご様子。そのお方をこの旅籠へご案内されたらいかがでございましょう。当方には、御身分の高いお方のための特別座敷もございます。二、三日の逗留ならば、どこかの家をお借りするよりも充分なおもてなしはできると思いますが」


 龍之介はじっと考えていたが、他には頼れるところはないのだろう。すぐに納得し、小次郎が旅籠の外で指示を待っている使いの者のところへ走った。


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