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役者はそろった 2  龍之介

 お絹はお信乃が心配だからと、一足先に帰っていった。

 龍之介たちも帰ろうとしたが、関田屋に引きとめられた。龍之介が、最初から雪江と係わっていたと知り、その時のことを詳しく聞きたいと言われたのだ。


 奥座敷に通された。

 そこは別世界だった。何の変哲もない普通の襖を開けると、その中は畳敷きではなく、板張りで何やら色鮮やかな敷物が敷かれていた。

 中央には、大きな天神机(寺子屋などで、子供たちが机にしていた背の低いもの)のようなテーブルが置いてあり、背もたれのある腰かけ(椅子)があった。


 皆、あたりまえのように、座る。その台の上へ女中が普通のお茶と、取っ手のついている湯呑ティーカップに入れられた「みるくてぃ」なるものを置いた。


「さあさ、どうぞ。お好きなものをお取りください。甘口のせんべい(クッキー)もございます。ここは異国からの使者をお招きするために、特別に作った部屋でございます」


 関田屋に勧められて、腰かけに座ってみる。らくだし、背もたれもちょうどいい。なによりも足を折らなくてもいいのだ。ここに座り、台の上の飲み物を取る。かがまずともいただける。


 龍之介は「みるくてぃ」を一口飲んでみた。小次郎もそれを見て同じものを手にする。

 口の中一杯に香りが広がる。それでいて、まろやかさとほのかな甘さもあるので、飲みやすい。小次郎も気にいったようすだった。


 関田屋はその広い台の上に、淡い桃色をした袋(ピンク色のバックパック)と黒い入れ物(学生かばん)を置いた。

 雪江が素っ頓狂すっとんきょうな声をだす。


「あああ、私のかばん・・・・どうして」


「今夜、宴会の前に正体を明かすつもりだったが、雪江の私物が見つかったという報告を受けてな。その確認と引き取りに行ってた」


 関田屋の口調が変わったのに気づいた。


「関田屋さんって、一体・・・・何者?」

「おれだ、朝倉だよ。歴史の」

 雪江が「あっ」と叫んだ。


 そして、もう一人、中年の女性が入ってきた。関田屋の嫁だそうだ。

「お久美です。神宮寺さん、お久しぶり。保健室の杉田です。」


 なんと、料理人とその女将も雪江と同じ世界から来ていることに驚いていたが、関田屋とその家の嫁も、ということに、一体何が起こっているのかわからなくなった龍之介だった。


「とりあえず、雪江の自転車は処分してきた。あんなものが江戸時代にあっちゃ、いけないからな。他になくなっているものがないか、見てくれ。近くの住人が拾ったとのことだが、二十一世紀のものが他の人にわたると面倒なことになるから」


 雪江は一気に桃色の袋と黒の入れ物を逆さにした。

 この娘は時々目を覆いたくなるような、ガサツな行動をする。

 袋からはバラバラと細かいものが出てきた。黒いものの中からは、書物が出てきた。


「お財布でしょ、アイポッドでしょ、ティッシュにハンカチ、部屋の鍵、雑誌に教科書、ノート、ペンケース、チョコ・・・たぶん、なくなったものはないと思います。ケータイは制服のポッケに入っていたし、あ、お守り袋。今度はかばんじゃなくて、肌身離さず持っていなくちゃ」

 雪江は赤いお守りを帯の間に押し込んだ。「着物って便利」と喜んでいる。


 裕子がさりげなく説明してくれた。

 アイポッドというものは音楽を聴くものだという。どこがどうなれば音が奏でられるのか見当もつかない。あれで板でも叩くのだろうか。


 雑誌というペラペラした光沢のある書物には目を見張った。そこには雪江と同じような赤髪をクルクルに渦巻いているおなごが写っていたからだ。目のふちが黒く、まつ毛も重そうに長い。異人ではないのかと思うほどだ。

 流行の着物や草履の紹介をする書物なのだそうだ。

 時々、髪が短く、ザンギリにしている者が写っていたが、それが男と聞いて開いた口がふさがらなかった。ニヤニヤしてこちらを見ている。

 誰一人として、羽織、袴姿をしている者はいないようだ。武士の命と言われている刀ももちろん、何一つ身に着けている様子はなかった。


「お武家さまには複雑な思いがあるかと存じます。これらは皆、今の世から二百三十二年後の若者の姿でございます」


 あの時の雪江の姿からすれば、このような世の中になっていることは察することができる。しかし、どうすれば男児がこのような姿になり得るのか不思議だった。侍は? なによりも公方さまは(将軍のこと)・・・・。まさか。


「申し訳ございませんが、今後どういうことが起こるかは申しあげられません。知らない方がよいということもございますので」

 関田屋は丁寧に頭を下げた。


「うむ、拙者もそう思う」

 龍之介と小次郎もうなづいた。

 そうだ、知らない方がいいこともある。


「それに私の経験から、無理に成り行きを変えようとしてもできないようです。経過はどうであれ、いくらもがいても結果は同じになるのです」

「というと?」と、小次郎が即座に聞いた。


「私はある方をずっと支援しておりました。今も有名ですが、後に名を残すお方でした。その方があまりにも残念な死を迎えることを知ってもおりました故、なんとか命だけは助けたいとあれこれ、手を尽くしましたが、防げませんでした」


「差し支えなければその御仁ごじんの名を・・・」

「エレキテルや火浣布かかんぷ(石綿で作る燃えにくい素材のもの)などを考案した平賀源内にございます」


「ああ、名の知れた御仁であったな。晩年は気ちがい扱いされていたと聞く」

「はい、昨年の暮れに五十一歳でみまかりました。いい思いもしましたが、騙されたり、周りに理解されずに苦しみました。それが人間不信となったのでしょう。とんだ勘違いから人を誤めてしまいました。それを阻止しようとしましたが、力が及ばずに・・・。牢獄で自殺を図り、死に切れず、その傷がもとで獄死しました」


「関田屋さんはあらかじめ、源内殿ががそうなることを知っておったのだな。そうさせまいとしても、そうなってしまったと申されるか」

「はい、左様でございます。他にもいろいろと試してみたことはありました。この時代になかったものをちょいと世に出してみたり。しかし、一時評判にはなりましたが、いつの間にか誰も振り向かなくなり、世の中から忘れ去られてしまいました。おそらく、今の世にそぐわないものは、自然と消滅するのでしょう」


 関田屋は尚も続ける。

「平賀源内はちょいと百年ほど早く生まれすぎました。万歩計や寒暖計などの発明家でもあり、画家、陶芸家でもございました。多種多才な人でした。江戸時代のレオナルド・ダ・ビンチですな」

 すかさず、裕子が説明をしてくれた。

「遠い外国にも同じように多才な能力を持った人のことでございます」


 なんとなく、しんみりしてしまった座を盛り上げようと、関田屋が明るい声を出した。

「さあさ、龍之介さま。雪江と出会った時のことをお話し願えませんでしょうか。のちに雪江からも聞きますが、この機会に龍之介さまから伺いたいと存じます」


 皆の視線が龍之介に向く。龍之介はかしこまって、コホンと咳払いをした。


「拙者は身分を隠し、今は町人の長屋に住んでおります。昨晩は、理由わけは言えぬが、追われて松林へ逃げこんで、脚を斬られました。あわやと、うずくまった時に、突然、雪江が現れて、いや、あれは拙者の目の前に転がり落ちてきたという様子だった・・・・」


 皆の目には、雪江が転がり落ちてきた様子が浮かんだのだろう。徳田はつい吹き出してしまった。

「うっひどい」と雪江は睨む。


「あ、いや、拙者と追っ手との間に突如として現れ、なにやら光る物で相手の目をくらませたのです。そしてものすごい悲鳴をあげたので、追っ手は度肝を抜かれて逃げ出したというわけです」


「ね、あの時、あの侍に石を投げたの、龍之介さんでしょ」

「いかにも。あやつは光と悲鳴であわてふためいていた。あのような小石でもふいに額に当たれば何十倍にも恐ろしく思える」


「そうですか。雪江はそのような現れ方をしたのですか」

「光は私のケータイを使ったの。停電の時とか、咄嗟に照らすのに役立つって聞いてたから」

 雪江は得意そうに言っているが、関田屋は何やら考えこんでいる。


 その時、女中が襖の向こうで声をかけてきた。

「申し上げます。小次郎さまに御用のある方が、いらっしゃっております」


 小次郎は龍之介と目を合わせると、機敏に立ち、座敷を出ていった。

 龍之介たちがここにいることを知っているものは極わずかだった。なにか非常事態が起こったに違いなかった。

 龍之介も座ってはいられずに席をたった。

「拙者も様子を見てきます。失礼をば」

 

龍之介も一同に会釈すると、座敷を後にした。


平賀源内は、牢獄で破傷風にかかって死亡したとの説もあります。または、死んだことになっていたけど、実は助けだされてどこかで身をひそめていたとも。

源内の墓標を建てたのは、無二の親友の杉田玄白だそうです。


正月の破魔矢を考案したのも、土用の丑の日を作ったのも源内だそうです。

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