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相談

つなぎの話なので短いです。

 翌日、雪江はまた、道場へ出向く。今日は侍の子供たちの練習を見るだけのつもりでいた。

 少年たちは、ボールをパスする練習をしていた。多田の雪合戦の例えは、子供たちの中にスッと入っていったらしい。

 注目するボールは一つしかない。それをかわすか、受け取るかを限られた枠の中でやればいいだけのことだと認識したようだ。


 多田と少年たちの練習を見ていて、雪江は思った。

 やはり、連日、剣の稽古をしているだけあって、足の運びはいい。ちょこまか動く。

 これでは、あまり体を動かしていない台所の者たちと差が出るのではないかという不安もよぎった。

 まだ、皆に明かしていないが、当日の試合は混合で行われる。あまりにも各チームのプレイに差が出ると、侍の子たちがますます台所の者たちにつらく当たるのではないかという懸念がよぎった。


 徳田と話し合い、一度合同練習をしようという話にもなっている。相手のプレイを見ることもできるし、自分のいいところ、悪いところもわかってくる。お互いに刺激になるからだった。


 雪江は、そんなことを考えながら、そっと道場を後にした。今度は台所へ向かう。

 裕子がいた。台所では皆が昼食の準備に追われている。

「あら、雪江ちゃん。どうしたの? もうお腹が空いたの?」

と言われる。

「うん、まあ。そんなとこ。先輩、忙しいですか? 少し時間、ありますか」

 裕子はちらりと他のスタッフの様子を見て、

「いいわよ。少しなら、もう仕込みは済んでるし」

「じゃ、ちょっとお邪魔します」


 雪江はいつもの小部屋に入っていく。

 裕子がその後を欠きかきもちとお茶を持って入ってきた。


 欠き餅は、正月の鏡餅を割って揚げたものだ。砂糖と塩がまぶしてある。

「あ、これ。まだ残ってたの」

 雪江の好物だった。

「これが最後よ。あんなにたくさんあった鏡餅、よく食べたわね」

 裕子も一つ、口に入れる。雪江も手を伸ばすが、本当にお腹が空いていたわけではなかった。裕子に相談があるのだ。

 しかし、目の前に裕子が座って、雪江の話を聞く体制になってもすぐに口を開かなかった。

 どう切り出していけばいいのかわからない。


 話したいことはお光のことだ。命尽きるまで、なんとか喜ばせてやりたいと思う。しかし、雪江ができることは、時々訪ねて行って話し相手になることだけ。

 今からきっと介護が必要になる。そしてお光の心の救い、キリスト教の話ができたらいいと思う。しかし、それには雪江は役不足だった。宗教上のことは何もしらない。それを問う相手も慎重に選ばなければならなかった。


「で? なあに。雪江ちゃんが言いにくいことって、よほどのことなのね」

 裕子が涼しげな目をむけていた。本当にクールできれいな人だと思う。

「うん、ちょっと込み入ってるの。誰がとか、どうしてとかあまり答えられない。今はね」

「わかった。話を聞いて、答えられたら答えればいいのね」

 雪江がうなづく。


「あのさ、先輩はキリスト教のこと、知ってる? その教えとか有名な聖書の言葉とか」

 よほど意外だったのだろう。さすがの裕子もその目を丸くしていた。

「それは知識として? それとも誰かにそれを教えたいとかかしら。私はクリスチャンじゃないし、あまりよく知らないわね。でも、そういう事を知りたいのなら、朝倉先生とか、そう、久美子先生ならもっと何か知ってるかもしれない」


 意外だった。久美子の名前が出てくるとは思っていなかった。

「久美子先生が? クリスチャンなの?」

「そうじゃないけど、確かうちの学校へ来る前は、ミッション系の学校に勤務していたって聞いたわよ」

 ミッションスクール、キリスト教の教えをもとにしている学校だった。それなら雪江達よりは知っているかもしれない。


「でも・・・・・・。気を付けてね。そういう話はうかつにできないから。どこで誰が聞いているかわからない。ほら、雪江ちゃんも以前、カタカナを使っただけで疑われて、十手持ちがきたでしょ。今、ここでは違法だから」

 うんとうなづいた。重々承知だ。

 安易にそんな相談を持ち掛けたら、久美子たちの身も疑われてあぶなくなるかもしれない。

 雪江はどうしていいかわからず、口をつぐんだ。いつもならすぐに平らげてしまう欠き餅も、最初に一つで終わっていた。

 裕子はその様子を見て言う。


「旅籠の離れを借りなさいよ」

「え?」

 関田屋こと、朝倉が経営している旅籠「あかり」の敷地内にある別館のことだった。

「今度あそこでカラオケをやろうって言ってるの」

「カラオケ? 」

「そう、あそこなら多少騒いでも近所迷惑にならないし、プライバシーは確実に保てるところ。朝倉先生、昔ギターをたしなんでいたんだって。だから三味線、上手なのよ。私達も覚えている歌を伴奏できるようになるって頑張ってるらしいわ」

 朝倉の三味線で、みんなが歌を歌う所を想像してみた。面白いかもしれない。二十一世紀の歌、懐かしい。


「ねえ、雪江ちゃん。思い出してね。私達がここにいるのは、雪江ちゃんをサポートするためなの。雪江ちゃんの江戸時代ライフがスムーズに行くために与えられたエクストラの人生なの。どんどん相談して、使っていいのよ。私達、協力を惜しまない。朝倉先生が歴史のオタクで教師になったのも、久美子先生が保健婦さんで、ミッションスクールにいたってこともすべて意味がある。雪江ちゃんの役に立つようにってことなの」


 そうだ、そう言えばそんなことを言われていた。

 裕子たちは、雪江のタイムスリップに便乗し、先に来て雪江の居場所を作ってくれていた。そして彼らは、ここでの人生が終わると、再び未来のあの時と場所に戻れるのだということを。


「もっと甘えていいの?」

 ポツリと言った。

「そうよ。甘えていいの。朝倉先生なんて、ヒマ過ぎてボケるって騒いでる」

 雪江が吹きだした。

「先生にボケられても困るわよね。何しろ先生は、生きてる歴史なんでも辞典なんだから」

と裕子が言う。雪江もあははと笑った。


 でも・・・・・・。

 先生たちに相談する前に、利久からその許可をもらわなければならないと考えていた。

 隠れキリシタンだということは、秘密になっている。その約束を破るわけにはいかない。


 雪江は今、一枚の絵を描きはじめていた。お光にプレゼントしようと思っている。その集会と同じような環境にしてあげたいと思った。

 もちろん、あからさまにキリシタンとわかるものではない。そこのところは雪江もよくわかっていた。

ギターが弾けるからと三味線に転向した人を知っています。

弦の数が違いますが、思ったよりも難しくなかったそうです。

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