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トランプ大会2 紅白試合

「ところでさ、こんなものを作ってみたんだけど。トランプって言うのよ」

 雪江が色を使って描いたトランプを見せた。安寿がそれを見て、目を見開いていた。


「これを、雪江様がお描きになられたのでございますか」

「うん、好きなの、こういうの。お父上様も絵を描くし。だから似たのね」

 父はもっと本格的に油絵までやっている。雪江はもっと簡単なイラストタイプが得意だった。


「私達、先に練習して、あの双子の若殿たちを負かしちゃおうよ。簡単なのよ、ババ抜きって」


 まず、トランプのことから説明し、ゲームについても教える。安寿のために練習用のカードも作っていた。

「こっちが練習用ね。これでやろっか」

「はい」


 安寿はすぐに飲み込み、目を輝かせていた。


「あ、二人でババ抜きっていうのも、つまんないからさ・・・・・・」

 雪江があたりを見回す。

 安寿の侍女の奈津と目が合った。

 奈津はヒッと息を飲んで、怯んでいた。お初は、雪江の行動パターンをよく知っているから「はい」と返事をし、近づいてきた。


 侍女二人を交えての、ババ抜きを始めた。


 雪江がさっさとカードを配る。すぐに奈津が、自分の手持ちの一枚のカードを食い入るように見つめていた。

 あ~あと思う。あれじゃ、私がもっていますと言っている。まあ、仕方がない。目的は安寿がゲームに慣れることだから。

 順番が来てカードを引き、合ったカードを出す。何枚かカードが出たり入ったりして、誰もがわかっていた奈津のババを安寿がひいていた。

 安寿がたちまち顔をこわばらせた。すると奈津は持っていたカードを放りだして平伏した。


「申し訳ございません。安寿様。わたくしの至らぬところ、姫様にこのような札を引かせてしまったわたくしをどうかお許しください。誠に何とお詫びをしたらよいか・・・・・・」

 皆があっけにとられていた。安寿さえもぽかんとして見ていた。

 しかし、奈津は必死で額を畳にこすりつけていた。


「あのさ、奈津さんッ」

 頼むよと思いつつ、そう声をかけていた。

 すると、平伏したままの奈津が、顔を横に向けて、雪江の方を睨みつけるようにして見た。

「雪江様っ。わたくしのことは奈津とお呼びくださいませ。ただ、奈津と」

 思わずたじろぐ。

「あ、はい。わかりました」

 そう返事をすると、また奈津が叫ぶようにして言った。

「わたくしにわかりましたなどと言う必要はございません。ただ、わかったとだけで結構でございますっ」

「あ、わかった」

 ものすごく面倒くさい。


「そういう遊びだから、いちいち謝んないで。もっと平気な顔をしてよ。知らん顔すんの」

 奈津が再びヒッと喉を鳴らした。

「し、知らん顔・・・・・・など、姫様にできませぬ」

 この世の終わりを告げられたような顔をしていた。


「あ、ごめん。できるわけないのか」

「申し訳ございません。至らぬこの奈津を・・・・・・」

と、また始めていた。

 もうどうでもよくなってくる。安寿にどうにかしてくれと目配せした。

 安寿もこれでは遊ぶどころではないと感じ取ったみたいだった。


「奈津、もうよい。わたくしがこの札を引いたのがいけないのだ。奈津のせいではない」

というと

「もったいのうございます。そのようなお優しいお言葉・・・・」

と、今度はウルウルしていた。


「あのさ、もういいかな。続きをやりたいんだけど」


 やっとのことで奈津が座り直し、放り投げたカードを手に取った。

 二回まわって、ババは安寿からお初に回ったらしかった。ここのところはスムーズにいっていた。それに気づかなかったからだ。

 雪江がお初からカードを抜き取ろうとすると、お初がぐっと指に力を入れていた。そのカードを引かせてくれないのだ。

「えっ」

 見ると、お初がものすごい形相で指に力を入れていた。

 どうやら、そのカードがババらしい。さっきの奈津のように、ババを姫に引かせるものかという配慮だった。

「ちょっと、これじゃあ、ババ抜きできないじゃない」

と苛立って叫ぶ雪江だった。


 まあ、多少バタバタしたが、なんとか安寿と会えて、トランプを教えることができた。よしとする。


 その日の夕餉には、安寿は明知とともに姿を見せていた。


 今日の夕食は、アツアツのチキンドリアだった。最近、食欲のなかった安寿への配慮で、胃に優しそうな献立だ。そして、徳田と裕子は、明知の体質改善のため、許可を取って肉を食事に出していた。


 日本は、飛鳥時代から鳥獣肉を食べることを禁じられていたそうだ。殺生を禁じる仏教からの教えから来るとも言われている。

 特に牛や馬は、農耕に使われていたから、それを食べては仕事に支障をきたすからだとも言われている。それに死んだ獣の腹をさばかなくてはならないことからも嫌われていたらしい。

 しかし、捕獲された獣は、その名を変えて食べられていた。

 猪肉のことは山鯨と呼んだり、ボタン鍋ともいう。鹿肉は紅葉と呼び、馬の肉もサクラ鍋と言われて食されていた。豚だけは飼育されていたらしい。


 江戸時代の武士は、この教えを頑なに守っていたようだが、町人たちは《薬食い》として、ひそかに好んで肉を食べていた。だから、武士は筋骨はしっかりしていても、体格は町人の方がよかったという説もある。


 徳田たちは、この薬食いということを利用して、明知に体力をつけてもらおうとしていた。 

 牛肉、豚肉、鶏肉などを臭みを感じさせないようにして、うまく調理してくれた。明知が少しふっくらして、顔色もよくなったのもこの食事の効果だと雪江は思っていた。


 夕餉の後、それぞれの湯あみを済ませ、台所の、例の部屋でトランプ大会をすることになった。

 四人がそれぞれ離れて座る。向かいに男二人、こちら側に安寿と雪江。

 一応、双子は別々の柄の着物を着ていたが、紛らわしいので、雪江が作った名札を首から下げていた。

《りゅうちゃん》と《あきくん》である。


 ババは、まず雪江の持ち札に入っていた。しかし、知らん顔をしている。

 龍之介がババを引いた。しかし、見事にその表情を変えることはなかった。侍女たちとは大違いだった。それでも一度、何気なく、雪江をギロリとにらみつけていたが。


 そしてそれはすぐに明知が引き、こちらも見事に表情を変えず、淡々としていた。すぐに安寿へと回った。安寿に回ったとわかったのは、引いた途端、その手が止まったからだった。そのゲームは安寿の負けで終わった。まあまあという所だろう。

「まあいいよね。一回目だし、次は頑張ろう」

というと、安寿は「はいっ」と力の入った返事をした。


 しかし、次からはそう簡単にいかなかった。

 一たびババが安寿や雪江に回ると、男たちはまるでそれが見えているかのように避けていた。順番を逆にしたり、席も変えてみたが、双子たちはババに手を出そうとしなかった。

 何度も繰り返して女性軍が負けることに、さすがの雪江もおかしいと気づいた。


「ちょっと待って、なんか変」

というと、龍之介が難色を示す。

 明知は表情を変えず、チラリと雪江を見た。


「ねっ、二人ともババがどの札なのかわかってるでしょ」

 そう思うほかなかった。二枚のうちの一枚でも、龍之介と明知はちゃんと見て引いていた。そしてそれを当然としている。 

 やはり、二人の答えはイエスだった。


 龍之介など、何をいまさら言っているのかと言った疑問の念を向ける。

「当然であろう」

 明知も言う。

「初めは、それを察するのに時間がかかりましたが、今はすぐに見てわかります」

 安寿がそれを聞いて、話が違うという顔で雪江を見た。

 ババを外側から判断して、見極めるゲームだと思ったらしかった。


「ちが~う。違う、違う、違う、違うっ。なんでわかっちゃうのよ。それじゃだめでしょ」

 雪江が叫んだ。今度は双子たちが戸惑う番だった。

「何が違うと申すか。どうしてダメなのだ。ババという札を見極めて、それを避けて勝つ遊びなのだろう」

「はい、拙者もそう思いました」


「見分けてる? 二人ともどうやってわかるの」

 龍之介が、何だ今更、そんなことを言うのかというあきれ顔で言った。

「札の一枚一枚の形が違う。一たびそれに気づけばこれほど簡単なことはない」

「えっ」

 そう龍之介が言った。雪江は改めてカードを見直す。丁寧に切ったつもりだった。

「拙者はこの外側の模様がすべて違うことに気づきました。ババの札は、中央の四角が微妙に広く、この線が太くて・・・・・・」


 雪江は外側の模様も見る。これは一枚一枚を定規で測って、丁寧に線を引いたつもりだった。それなのにそんな普通の人には気づかないところを指摘され、ババの目印にしていたのだ。

「そんなところで、見極めていたなんてずるい」

とつぶやいた。

「何がずるいか。そういう遊びなのであろうっ」

 龍之介が文句を言った。

「違うわよ。ただ単純に相手の札を引いて、合ったら出す。ババを引いちゃったら相手にわからないように混ぜて、ひかせる面白いゲームなの」

 龍之介も明知も、唖然としていた。


「どれがババかわかっているのに、それをわざわざひくのか」

とため息交じりで龍之介がつぶやいた。

「ババだとわかってはいけないかった様子」

と明知も言った。

「そっ、ちゃんと説明したでしょ。単純にやって楽しもうよ」

 明知はう~んとうなっていた。それほど難しいのか。


「拙者は、もう少しですべての札の表の模様を覚えるところでした」

という。

 その言葉に絶句する。

「うん、わしも札の一つ一つ、いびつな形からどの札だとわかるようになっていた」

と得意げに言った。


 雪江は頭を抱えていた。

 だめだ。こんな二人を相手にまともなトランプ遊びが楽しめるわけがなかった。

「あのう、よろしかったら、これ、お使いになられますか」

と、安寿が別の練習用に渡したトランプを差し出した。


 練習用のトランプは、表は白紙だったし、誰がやったのかきっちりときれいに切りそろえられていた。双子はそのカードを見て感心していた。


「これなら見た目は極めて同じ」

と明知。

「なるほど、これなら雪江の言う単純明快な遊びができる」

と龍之介が言った。


 雪江がびっくりしていた。雪江が用意したものは、ハサミでザクザク切っただけのものだった。それがきちんと角まで完璧に丸く切りそろえられていた。すごい。


「侍女の奈津が切りそろえました。あの者は細かいことが好きで・・・・というか、大まかなものが許せない性格たちなのです。それで夜中にひっそりとやっておりました」


 雪江はあの、繊細そうな奈津を思い出していた。憑りつかれたように、一人、このカードを切りそろえるあの奈津の姿を想像する。この大まかな切り方にイラついていたのだろう。


 その白紙の、まるで機械で切り揃えたかのようなトランプで、ババを入れるのではなく、通常カードの一枚を引いたジジ抜きに変更した。これならどのカードが「ジジ」なのかわからないから、雪江も安寿も表情を変えることもない。やっと通常のトランプ遊びが始まった。


 それに気を良くした雪江は、以前徳田たちとやって大負けした「うすのろばか」に挑戦することにした。

 四人だから、五種類のカードを用意して、三つの物を目の前に置く。それは薫のお手玉だった。取り損ねた者の負けで、「うすのろばか」の「う」、次は「うす」というように文字が増えていくのだ。六回取り損ねたら負けだった。


 案の定、お手玉を取り損ねるのは、いつも安寿と雪江の二人だった。双子は涼しい顔をして、ゲームを続けていた。

 特に雪江が負けていた。もうリーチに達している。つまり「うすのろば」まで。

 何かがおかしいと感じていた。再び抗議の声を上げる。


「ねっ、ちょっとまた、あんたたち、ズルしてない?」

 その雪江の言葉に龍之介が言う。

「そのあんたたち、と言うのはやめよ。蓮っ葉な言い方はよせ。そしてまた、とは如何に。ズルとはずるいということであろう。武士ともあろうものがずるいことなど決してしてはおらぬ。雪江の説明の通りに遊んでいるではないかっ」

「はい、なかなか面白い。ズルなどしてはおりませぬ」

と、明知は笑っている。

 雪江は、龍之介だけではなく、明知までを睨みつけていた。


「なんで、そっち二人が一度もびりにならないのよっ」

「なんだ、負けて悔しいのか」

 龍之介が淡々というから、それもまた雪江の神経を逆なでしていた。

 キイ~となりそうなので、一度深呼吸をした。

「あたりまえでしょ、でもさ、ただ負けるだけなら仕方がないけど絶対に変」

「だから、何が変なのだ」

 龍之介もいらいらしたように言った。


「だって、龍之介さんと明知さん、いつも同時にお手玉に手を出しているの。いい? それって変でしょ。ずっと見ていたの。ワンテンポの遅れもなく手を出してんの」

 龍之介と明知は、顔を見合わせていた。

「そんなところを見ているから、負けるのだ」

と言われ、キイ~となる。

 しかし、悔しいがその通りだ。ゲームに専念していないからいつも取り損ねている。


 しかし、この双子は本当に同時に手を出していた。安寿のカードがそろってお手玉に手が伸びるとき、雪江のカードの時も双子のどちらかがそろったときでもだ。

 気を取り直して、次は頑張ろうというつもりで再ゲームを始めた。


 雪江の手持ちのカードが「姫」の、四枚になった。今度こそやったぁと思い、お手玉に手を出そうとしたとき、双子が先に、しかも同時に手を出していた。

「えっ、うっそ」

 この場合、雪江の番で、カードを引いて「姫」がそろったのだ。ッどう考えても他の人はそろってはいないはず。一番先に雪江がお手玉を取り、他の者があわてて手を出すというシーンのはずだった。

 それなのに、雪江より先に双子が手を出して、残っていたお手玉も唖然としている雪江を尻目に、安寿が取っていた。


「雪江がうすのろばかだっ」と、龍之介が叫んだ。


 徳田たちにも言われたこのセリフ。今回はその復讐戦のつもりだったのに、また負けてしまった。


「ちょっと待ってよ。絶対におかしいって」

 そういう雪江に、龍之介が眉を吊り上げた。

「往生際が悪いぞ、雪江。負けは負けであろう」

「わかってる。そうだけど納得できないのっ。なんで私のカードがそろったのに、あんたたちが先にお手玉に手を出してんのよっ」

 龍之介は割りびれもせず、平然として言った。

「雪江は単純だから、そろったという嬉々とした氣であふれかえっていたのだ」

「拙者は勝手に手が動いておりました」

と明知。


 どうやら双子は、お互い無意識のうちに通じるものがあり、一方が手を出すと一緒に手が伸びていたらしい。双子の成せる技だった。

 やっていられなかった。こんな二人を相手にする方が間違っていた。


 それでは、カップルに戻って、ゲームの五十一をすることにした。

 五十一とは、五枚の持ち札を同じマークで、合計五十一にするゲームだった。


 安寿が明知の横へ座った。

 雪江も龍之介の隣へ移動した。ずっと向かいに座っていたのに、改めて横に座ると嬉しくて、自分の腕を龍之介の腕に絡めていた。

 そうして雪江がまとわりつくことは珍しくないから、平然とされるがままになっていた龍之介だが、目の前の明知と安寿の視線に気づいた。

 二人が目を丸くして見ていたからだ。

 龍之介が慌てて、雪江の腕を振り払おうともがく。

「なによっ」

 雪江は不満顔で、ますますしがみついていた。


「人前であろう。控えよっ」

 雪江もやっと明知たちの視線に気づいていた。

「なによ、いいじゃん。身内同士なんだしさ、それに夫婦だし、イチャイチャして何が悪いのよ」

 龍之介も、身内同士というその言葉を受け入れ、もう力を抜いて雪江のしたいようにさせている。

 そこまで接近すると、いつも龍之介が好んでいるこうの香りがした。安心できる匂いだった。


 安寿がチラリと明知を見た。明らかに、安寿もそうしたいと思っているのがわかった。それを察した明知が、肘を安寿の方へ突き出す。恥ずかしそうに安寿は自分の腕を絡めた。嬉しそうな表情が広がっていた。

 たぶん、安寿がこうして明知に触れるのは二月ふたつきくらいだろう。元々は仲の良かった二人なのだ。わだかまりがとれたらすぐに仲良くなれる。

 龍之介と明知のことだから、ゲームが進むにつれて、相手がどのカードを欲しているかわかっているため、邪魔をしたりしていて、なかなか勝負がつかなかったが、夫婦同士のトランプ大会はハッピーエンドになった。

双子の不思議、これもありますが、親子の不思議もあります。

親と子で、意志の疎通ができている時期がありました。子が親の感情を読んだり、親が考えていることを口に出してみたりと。

うちも何回か、全く関係ないことを考えていたのに、息子がその言葉を口にして驚きました。他の親子は、クリスマスプレゼントに探していたぬいぐるみ、予約限定かなんかで手に入らないというものを、出張中の旦那さんが、他の国でそのぬいぐるみを買ってきたというエピソードもあります。その旦那さんはそれがそんなに人気だと知らず、もちろん、自分の子供が欲しがっていたものだとも知らずに買ったらしいです。

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