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トランプ大会1・雪江、絵を描く

トランプのうんちくを語っています。長く感じたらごめんなさい。

せっかく調べたこのトリビア、知らないより知っている方が楽しいかなと思いまして。



 雪江は、午前中いつもの習字の練習の後、懐かしい自分のペンケースを手にしていた。お気に入りの十二色のボールペンとサインペンがぎっしり詰まっている。思いついた時にちょいちょいと漫画やイラストを描くのに重宝していた。


 トランプがしたいと、関田屋のご隠居こと、朝倉に言ったことがある。しかし、雪江の欲しているトランプはない。


 トランプは十四世紀にヨーロッパで作られ、日本にも一度トランプの原型のようなものが入ってきたらしい。しかし、ギャンブルとして広まったため、幕府がそれを禁止していた。

 それがのちに、日本人の手で作り変えられて、今の花札になったらしい。トランプと比べて、数字はなく、日本の季節感あふれる美しい絵柄を描いたものとなった。それも賭け事に使われているのだが。


 江戸時代初期には、「百人一首カルタ」(カルタは、ポルトガル語でカードという意味)ができて、金粉をあしらったりした豪華なものもある。貴族の嫁入り道具にされていた。

 その他、日本には古来からの「貝覆い(かいおおい)」という二枚貝を合わせた遊びや「歌カルタ」という、上の句と下の句に分けた和歌の札を合わせるものもある。二十世紀から広まっている「いろはカルタ」は江戸時代後期からだということだ。他にも江戸時代の遊びとしては、将棋や絵双六すごろくなども流行していた。



「内輪だけで楽しめば、いいと思う。雪江のオリジナルのトランプを作ってみろ」

 そう朝倉に言われて作っていた。


 スペード、ハート、ダイヤ、クラブをそれぞれ木の葉、心、ひし形、三つ葉とした。雪江は知らなかったが、それぞれの象徴には意味があるのだと朝倉が教えてくれた。

 スペードは、貴族、騎士、冬などの意味、ハートは僧侶、聖杯、愛、春で、ダイヤは商人、経済力、夏を現し、クラブは農民、勇気、仕事、努力、秋を意味しているそうだ。

 それにヨーロッパで作られたトランプには、ハートのキングはカール大帝、スペードのキングはダビデ王などの人物がモデルになっているものもあったらしい。


 それを聞いて、雪江はあまりその意味にとらわれず、王を漫画の殿さまっぽく、クイーンは美しい姫、ジャックは若殿として描いた。

 こういうイラストは、雪江の得意中の得意であった。ジョーカーは魔法使いということなので、おとぎ話に出てくるような黒いマントをかぶった鉤鼻かぎばなの恐ろしげな絵にした。


 ちなみにまだこの頃のトランプにはジョーカーはなく、十九世紀ごろに加えられたとのこと。


 そして一番強いカードのAエースは、語呂からも近い、恵比寿とした。漢数字を使い、役人に見られても怪しいものはないようにした。カードの外側の模様は、同じ柄にしやすいよう定規を使ってシンプルな四角の模様にした。


 やっとワンセットが出来上がり、朝倉に見せたところ大うけで、時間がかかってもいいから、二セット作ってくれという注文まで来ていた。


 それを使って、まず徳田と裕子の三人でババ抜きをした。

「いいな。これ、よくできてる」

「ほんと、イラストもきれいだし、エースが恵比寿ってとこも笑える」

 二人して珍しく褒めてくれていた。しかし、徳田が一枚を取り出して言う。

「けどさ、このババはちょっとな」

「え? なんでよ」

 徳田の否定的な言葉に、不満顔をする雪江。このジョーカーは自信作なのだ。

「絵が怖すぎる」

 裕子も賛同する。

「そうね、末吉がこれを見たら、怖がって眠れないかもしれない」

「えっ、あ、そうかな」

 あまりにもおどろおどろし過ぎたようだ。

「しかもこれを引いた瞬間、この魔女と目が合って怖い。びくってする」


 それが徳田の本音のようだ。大の大人が、しかもこんなに大きい徳田が怖いと言うから雪江は大笑いした。


「それだけ雪江ちゃんの絵には凄味があるの。本当に上手よね」

「久しぶりに熱中しました。夜遅くまで描いてた」


 そうだ、ジョーカーだけ、いろいろな種類の絵を描いておけばいい。子供用はかわいらしい絵を使えばいいのだ。

「モンチッチにする」

 アハハと笑った。

 末吉は以前、料亭で働いていた時、徳田にモンチッチと呼ばれていたから。


「ところで、あのお姫様はどう?」

 安寿のことだった。

 詳しくは説明していないが、食事をあまりとらなくなっていたから、様子がおかしいと知っていた。

「あ、うん。一応、昨日から明知様と一緒に食事をしているそうなの。相変わらず、座敷からは出てこないけど、前みたいに襖を閉めきっていないし、大丈夫かなって思って・・・・・・」


「そう、よかったわね。心が回復に向かっているみたい」

「はい」

と言って、雪江は裕子から一枚を引いた。

 雪江も、カードの魔女と目が合い、どきりとしていた。


 まじで? 書き換えた方がいいのかも。

 怯んでいた雪江が負けた。


 徳田が言う。

「このトランプ遊び、双子の若様たちとあの姫さまとでやってみたらいいんじゃないか? 簡単だし、やっているうちに心がほぐれてくるかもしんねえぞ」

 名案だった。トランプのルールなど簡単だし、カードの自体に慣れればいいのだ。


「うん、トランプ大会、提案してみる」


 ババ抜きで、男と女に別れての紅白戦で対抗してもいい。


 それから雪江は安寿に教えるために、シンプルな練習用のトランプを用意した。男どもを負かしたいため、雪江は前もって安寿にババ抜きを教えたかったのだ。男たちにはその場の説明だけでよい。


 安寿のところへ訪れていた。会ってくれないかもしれないと思ったが、少し待たされて奥の座敷に通された。

 安寿はわざわざ着替えたらしい。そして、きれいに化粧をしていた。あの、雪江がプレゼントした紅をつけていた。

 すごくよく似合っていると思った。今までと全く印象が違い、大人びた色っぽさが出ていた。


「雪江様には、この安寿、ご無礼な振る舞い、どうかお許しください」

と平伏した。

「あ、そんな。全然気にしていないし、今の笑顔ですべて帳消しになっちゃった。安寿姫、すっごくきれい」

と言った。

 安寿ははにかんで笑う。


 よかった。本当に回復しているようだ。やっと周りのことが見えてきている。


「この・・・・・・紅ですが、今までわたくしの色ではないと思っておりました。なぜ、この色をわたくしに?」

「あ、気に入らなかった?」

 一瞬、安寿が無理してつけてくれたのかと思ったのだ。


「いえ、意外でしたが、自分の奥にある何かを目覚めさせたような色でございます」


「あ、よかった。やっぱ、すごい」

 雪江の曖昧な言い方に、安寿が聞き返した。

「と、申されますと?」


 あれは利久に勧められたものだった。


 雪江は、思い返して安寿に語っていた。



 雪江は、安寿のために何かしたいと思っていた。それでもどうしたらいいかわからないでいた。

 利久がきていた。目的もないまま顔をだし、眺めていた。

 他の奥女中たちは自分の好みのものを買い求めると、すぐさま自分の仕事に戻っていく。雪江だけがその場に残っていた。


「雪江様、どうかなされましたか」

 利久に相談してみようと思った。そう利久に言われることを待っていたのかもしれなかった。

「私のじゃなくて、別の姫に。何かないかなって思ったんです。気が晴れるようななにか。でも、わかんなくて・・・・」


 利久は、以前雪江と一緒に顔を出した安寿を思いうかべた様子だった。

「あの、かわいらしい姫様でございますね」

「はい。元気が出るような・・・・・・そんな贈り物、したいなって思って」

 つい、そこまで言っていた。雪江は利久たちの秘密を知っている。だから、気を許していたのか、安寿の悩んでいることを言っていた。


 利久は、さっと安寿のいる座敷の方向へ目を向けた。

 すごい。この人なら何かを感じるのかもしれないと思った。

 案の定、急に片眉を上げて、そっちを見入っている。


「紅が良いかと存じます。新色のこの三つの中からお選びください」

 利久が差し出した、美しい絵柄の陶器に入った紅を見た。どれも強い真紅の赤だった。


「あの姫様、なにか・・・・・・心が曇っておいでのご様子。その曇りを吹き飛ばすには、本来のお姿を目覚めさせる他、ございません。たぶん、これらのうち、どれかの紅がその手助けをしてくれるかと存じます」


「え、でも、あの姫は今まで淡い感じの控えめな色しか使ったことないと思います。だからちょっと驚いちゃって」

 プレゼントしても使ってもらえなかったら、意味がないと考えていた。


「はい、とてもかわいらしいお方、一緒にいるとこちらまで和ませてくれる、そんな春風のような姫様」

 適切な表現だった。

「その通りです」


「しかし、その内なるものは、強いものがございます。竜の、いざという時は体を張って、火を吹いてすべてを焼き尽くすような激しいものを秘めておいでです。美しい白竜の化身のようなお方です」

「白竜?」

 雪江が素っ頓狂な声をあげていた。利久は穏やかに微笑み、さらにいう。

「人は誰でも、この日ノひのもとの国に生まれしものには皆、内なるところに竜を持っているのでございます」


 雪江はそう利久に言われたことをすべて安寿に語っていた。


「それで、この色を選んだの。ピッタシだったね。すっごく似合ってる」

 安寿は驚いていた。自分の中にそんなものが潜んでいたとは考えてもみなかったことだろう。


「おっしゃる通り、この紅でわたくしの何かが動いたのでございます」

 竜とは信じがたいが、そう説明されて、安寿が納得したことがうかがえた。

 利久の言った通りだった。利久は氣ばかりではなく、他のモノも見えるようだった。訓練すれば見えるようになるのか。


「すごいね。竜って言われても実は半分、疑ってたの。そんなこと、あり得ないって」

 雪江が笑って言った。安寿も興味を示していた。

「雪江様にも竜がいるのでございますか?」


「あ、うん。聞いてみたら私のはね、大きい銀竜だって。気ままでどこかへ遊びに出かけてるんだって。でもね、意識すると戻ってくるらしいよ」

 それが雪江らしいと思ったのだろう。安寿が笑った。

 その笑顔を見て、本当に安寿が回復していると実感できた。よかった。再び、この安寿の笑顔を見ることができて。

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