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幕開け〜胎動〜

息がきれる。が、そんなことは言っていられない。とにかく必死の形相で奈緒は自転車を走らせた。

今日の1限目は『鬼の酒井』こと酒井先生の国語のテストがあるのだ。遅刻や欠席なんてしようものなら大変なことになる。

(なんで、こんな、必死に、チャリ飛ばさなきゃ、なんない、の、よっ!!)

奈緒は頭の中で悪態をついた。

(きっと、あの夢の、せい、だっ!)

そうこうしている内に学校の正門が見えて来た。『都立坂上高等学校』。奈緒が通う高校である。

正門をくぐり、自転車置場で自分の自転車に鍵をかける。正面玄関で靴を履き変え、奈緒の教室である『2-C』のある3階への階段をダッシュで一気に駆け上がる。そして教室へ―…

「ギリギリセーフ………ぶはぁ、はぁ、はぁ」

教室中の視線が奈緒に注がれる。幸にも、まだ酒井先生は教室に来ていないらしい。

息をきらせている奈緒に、入口のすぐ近くの席に座っている眼鏡の少女が声をかけた。

「奈緒、おっはよ。めずらしーねぇ、こんなギリギリに来るなんて。」

「あ、美里、おはよ。ちょっと寝坊してねぇ、久しぶりにチャリできた」

奈緒はにっと笑うと、美里と呼ばれた眼鏡少女に自転車の鍵を見せた。その時、『鬼の酒井』が教室に入って来た。「うーっす。はじめるぞー、皆席に着けぇ!」

見た目は普通のおっさんである。

『鬼』の二つ名とは違い、むしろ菩薩のオーラの様なものが感じられるくらい、優しい笑みをたたえている。奈緒も自分の席に着く。そして、いつもどおり授業前の出欠がとられる。授業に間に合いホッとしていた奈緒であったが、自分の名前を呼ばれた次の瞬間、奈緒にとって予想外、いや、当然のことであるが失念したいた事態に気づかされた。「佐倉、お前、朝のホームルームに出てないな。遅刻か?」

その酒井先生の言葉にドキッとする。

(しまった…やっぱそれを見逃してくれるほど甘くないか。さすが鬼の酒井)

そこで奈緒は反撃を試みた。

「すいません、先生。今朝はお腹が痛くって、ちょっとトイレに…」

少し赤面気味に言うと、酒井先生は、ごほんっと咳ばらいを一回すると

「うむ…そういう事情なら仕方がない…」

というと、出欠の続きをとり始めた。

奈緒は、自分の容姿と普段真面目っぽく過ごしている事に感謝した。

校内の先生の間でも有名なほどの優等生であり(実際は単なる天才肌であり、居眠り等がバレる事がないようにする才能も他者を圧倒しているだけなのであるが…)、容姿も毎日告白してくる人が絶えない程のものを持つ年頃の女の子が、顔を赤面させながら『お腹が痛くてトイレ』などと口にしようものなら、おじさんの性としては、その場は見逃すしかない。そもそも、自分の授業には遅刻していない。後は担任の責任の範疇である。

(ふぅ…なんとかごまかせせたぁ…)

最悪の事態を回避した奈緒は安心すると心の中で安堵のため息をもらした。そして、配られたテストを解き終わり、とりあえず1限目が終わるまで一眠りすることにした。そこで、あくびを一つしようとした時であった。


―…チャリっ…―


不思議な音がした。奈緒は、自分の首のあたりから聞こえた気がして、首に手をあててみるが、特に何かがある様子もない。

(………気のせいか、まぁいっか。とりあえず一眠りしよ。)

そうして、テスト終了の合図があるまで、奈緒は眠りについた。

そうこうしている内に時間はすぎ、昼休みの時間になった。いつものように購買で焼きそばパンを4つ買い、いつものように屋上の花壇の前で仲のいい美里、智恵子、友実と夕べのテレビの話でもりあがる。

「でしょー!やっぱエビちゃん可愛いよね!」

「そうそう!あの情けない顔が妙に可愛いんだよねぇ、不思議〜。」

「私はキモくてちょっと…ねぇ」

「目がおかしいんじゃない?」

そんな会話が次から次へと繰り出される。奈緒はその会話の中で少し安心していた。

(やっぱり、夕べのテレビちゃんと見てた。やっぱあれは夢だよね。あの夢みたいに私が死んでたら、テレビなんて見てられるわけないもんね…)

「あ、もうこんな時間」

美里が時計を見て言った。

「やばいよ、次の4限目は酒井の古典だっ」

「えぇ〜、また酒井先生の授業?」

などとドタバタと屋上からの撤収準備を始める。

その時、また奈緒の首の辺りからチャリっという音がした。しかし、今度はドタバタの最中であったため、奈緒は特に気にしなかった。これが、奈緒と『鬼の酒井』の避けようにも避けられない壮絶バトルへの最終警告、いや、すでにその試練の幕が開いていることに、奈緒はこの時、気付くことはなかった。


そして、4限目が始まった。奈緒は古典の授業中はいつも眠ることにしている。居眠りをバレないようにするのは得意だ。

(春の古典はよく眠れるのよねぇ。)

そんな事を思いつつ、眠りに落ちた。それから、10分程たっただろうか。奈緒は、首の辺りが誰かに引っ張られているような感覚で目が覚めた。

(ヤバイ!酒井先生にばれた!?)

しかし、授業は相変わらず坦々と続いている。奈緒はホッとしたが、それでも、確実に首の辺りが何かに引っ張られていた。

首の辺りを手で探る。すると、何か冷たい感触がした。鎖のようなものとすぐ気がついた。そう、自分のうなじの辺りから鎖が生えているのである。

(なに、これ?だんだん引っ張る力が強くなってる…ってより、なんで首から鎖が生えてんのよ!?) 奈緒の背中に冷汗が伝った。と、その次の瞬間、鎖を引く力がこれまでの何倍にも強くなる。

「え…!?」

思わず声を出した瞬間、席から体が離れ、後ろへ引っ張られた。いや、性格には、体は確かに席のイスに座っている。あえていうなら、幽体離脱、魂だけが首から生えた鎖によって引っ張られていく。離れていく自分の体を見ていた奈緒は、自分の体が机の上にバタンッと倒れる様子を見た。そこで、一度意識が飛ぶ。


教室では、突然机の上に突っ伏した奈緒に、教室中の視線が集まっていた。酒井先生も、突然の出来事に、どこか具合が悪くなったかと心配になり、奈緒に声をかけた。

「佐倉?どーした?どこか具合悪いか??」

しかし、奈緒は反応を見せない。それどころか、すやすやと気持ち良さそうな寝息をたて、これまた気持ち良さそうな顔で眠っている。その様子を見て、それまでただの優しいおじさん風な笑顔を見せていた酒井先生の顔が、みるみる鬼のような形相に変わる。『鬼の酒井』の覚醒に教室中の生徒が息をのんだ。明日ノイローゼに陥っている奈緒の姿を想像し、手を合わせる生徒すらいた。

「佐倉、可哀相に…」

誰かがぽつりと呟いた。


お尻にものすごい衝撃をうけ、奈緒は意識を取り戻した。そこは、学校から程近い公園であった。「いったぁ…なんなのよ、一体…」

尻餅をついたらしい。とにかく立ち上がり、辺りを見渡す。公園。とりあえず制服も着てるし、怪我もない。具合が悪いわけでもない。何故自分がこんなとこにいるのか?その時、奈緒はハッとして首に手をあてる。ジャラッとする鎖の感触がした。

「ちょ…なに?これ…」

その時、目の前に何かが立っていることに気付き、顔を上げた。

「な…なんで……」

そこに立っていたのは夕べ見た、いや、昨晩の夢の中に出て来たと思っていた化け物が、ボロボロになった状態で立っていた。「や…なんで!?コイツ…夢の…」

その時、突然後ろから声が聞こえた。

「おせーんだよ、お前はよぉ!」

その声の方を振り向くと、確かに夕べの少年が立っていた。姿は昨日と違い隣町の高校の制服を着ているが、確かにあの少年だった。奈緒はその少年を凝視し、質問した。

「なんで…あなたと化け物が、ここにいるの?私をこんなとこまで引っ張って来たのはあなた?」

すると、少年は少し残念そうな笑顔を見せ、こう答えた。

「夕べの約束…忘れたわけじゃねーだろ?忘れてなけりゃ、それがすべての答えだ。後は、お前がその化け物をブッ倒した後に教えてやるよ。」

その言葉に奈緒は耳を疑った。

(え…?私がこの化け物を倒す?えっ!?)

「ちょっと!何言って…私は…」

困惑する奈緒を見て、少年は心底楽しそうに笑った。

「くくっ…ほら、よそ見しない。もう奴さんやる気満々みたいだぜ?」

その言葉を聞き、奈緒は化け物の方を振り返る。すると、化け物はすぐそこまで迫っていた。そのボロボロの様子以上に、苦しみと殺気で息を荒げている。

「さぁ、早くしないと食われるぜ?」

恐怖に顔が歪む奈緒をよそに、少年は不敵な笑みを浮かべた。

やっと立ち上がり始めた感じです。ラストまでどれくらいかかるかな?次回からバトルの始まりです。鬼の酒井、よろしく!

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