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10式戦車不要論に思うこと

10式戦車。世界初の第4世代とも言われる自衛隊の新主力戦車だ。

C4Iによる高次元の情報共有。最先端材料工学による軽量高性能装甲と軽量高腔圧力砲。高性能ハイドロニューマチックサスペンションによる反動抑制。先端電子工学による火器管制。これらを実現するには全くの新規設計が必要だったという。

そんな中、一部「識者」は異を唱える。90式や74式の改修で間に合うと言い張るのだ。その代表格清谷信一氏の意見を抜粋してみよう


さて、「10式採用によって90式廃棄が起こる」というが、これはある種必然といえる。そしてその問題の原因は大綱であって新規開発の戦車ではない。

現在自衛隊の戦車定数は先進国でも異常に少ない300両に設定されている。この数値の設定に関して合理的な理由が存在しないうえに実現そのものが非常に遠い目標ともいえる。2012年の国際戦略研究所IISS刊行のミリタリー・バランスでは日本は806両の戦車を保有しているとされる。16大綱や22大綱では600両から400両に設定されていたことを考えると、つまりは大綱など絵に描いた餅でしかないし、自衛隊の貧乏性を考えると減らせるわけがないということになる。

自民党による25大綱でなぜか300両に削減されたものの、それでも具体的期間を設定せず、将来の理想となる目標値になったのはその実効性を考えてのことであろう。


さて、10式が不要という人の中には90式の改修ならいいという人もいるが、自衛隊は改修を嫌うということを知らないのかもしれない。たとえば62式機関銃。現場からの評価は散々で、改修改良を望まれてきたというこの銃が回収されなかった裏には大蔵省、財務省の存在がある。大蔵省、財務省は予算を削る口実を口をあんぐりと開けて待っているという。そこに欠陥品開発の報が流れれば研究開発予算が根こそぎ吹き飛ばされる可能性があるのだ。なんというか、技術者の視点を持っているとアホとしか言いようがないが、現実はそうなのだ。74式に大幅な回収ができたのはある意味技術進歩の急激さゆえの特例ともいえるが、90式に関しては実は全く改善も改修もされていないという。90式の調達価格の減少の裏には部品や技術の陳腐化という恐ろしい事実が存在する。しかも90式は小型に作ろうとしたためにスペースがなく、C4I機材が詰めないという日本らしい冗長性の無さを露呈した。

しかも90式の重量50トンも問題となる。仮に90式を74式の後継にした場合、本州ではその他の機材の全面更新を行わねばならなくなる。

74式採用にあたって配備された73式特大型セミトレーラは積載上限40トンである。10式は装甲を4トン分取り外すことが容易で、そうすると本体重量は40トン以内に収まる。これなら車体と砲塔に分解せずに運搬可能になる。緊急展開となると4トン分の装甲は薄くなるが、それでも対戦車戦以外なら十分戦えるし、比較的小規模な重機でも組み立てができる。4トンも複数に分かれているモジュールだから人力でも組み立てることができるかもしれない。

しかし90式を対応している特大型運搬車を使わず運搬するとなると車体を73式特大型セミトレーラに、砲塔を中型セミトレーラに分割搭載せねばならない。無論、組み立てには20トンを釣り上げられる相応の重機が必要となるうえに緊急展開はできない。

73式特大型セミトレーラを特大型運搬車に更新するとなるとかなりの大事になる。一挙に更新しないとなると余分に中型セミトレーラを消費し、塹壕を掘る重機の輸送の問題が出るうえに緊急展開にも悪影響しかないし、清谷氏の言う財政圧迫にもつながる。

さらに言えば90式が本州で展開するとき使用できる主要橋梁の割合は65%。それに対して10式は84%に大きく改善している。海外の60トン超の主力戦車だと40%しか対応できない。この数値は安全率を考慮したものと考えても、使用可能性は大きくなるのだし、安全率は絶対的に安全が保障されることなのだから、戦車による砲撃も可能と考えればこの軽量化は成功だし、何も非難されることはないだろう。

さらに軽量化は車体や路面に対するダメージを小さくすることにも寄与することになる。路面にダメージが少ないということは後続部隊が展開しやすいということでもある。

さらに言えば90式のサスペンションは74式より退化している。10式は74式と同様に戻り、軽量でありながら高い威力の砲が使えるようになったのである。


さて、この軽量化に関して「軽いから防御力は下がってる」と清谷氏は言い張っているがいるが、実際はそうだろうか。

この世の中には比強度という概念が存在する。重量比の強度という意味でつかわれることの多いこの比強度。人類は何度も更新してきたのは歴史を見れば明らかである。

ブロンズから鉄への変化はまさしく比強度の変化である。金や銅は重いが柔らかい。鉄はこれらよりはるかに軽量で頑丈な素材だ。

ウィキペディアのセラミックスのページを見るとわかるが、このセラミックスの仲間は鉄より強度面で優れた素材が多い。特にケイ素系素材は非常に頑丈である。最近ではカーボンの強度に注目が集まっている。カーボンファイバーのラケットなどはそれ以前のものと比べて圧倒的に軽く頑丈だ。

しかも鉄の処理法を変えれば強度は劇的に変わる。たとえば焼き入れと焼き戻しだったり粒子分散強化だったり析出強化だったりを組み合わせればかなりの強度を得ることができる。

90式などの第3世代戦車はセラミックスや先端冶金技術を活用した複合材料や複合装甲の積極的利用を行った戦車である。日本はこのセラミックスや冶金の分野において世界でもトップの技術力を有しており、10式開発時に90式と同等の装甲性能を同じ材料で70%、最先端の材料と理論で30%の重量で実現できるという報告書が上がったとされる。これは90式開発開始の1977年から10式開発開始の2002年までの25年程度でここまで技術が発展したということになる。


さて、10式に求めるものをを90式の改修で行おうとするとどうなるかというと、書類上では20年前に開発された余裕のない車両のために新規開発並みの予算を投じることになる。改修という口実なので配置の最適化にも制限があるから居住性や操作性は劣悪になり、重量は増える。戦車の砲塔の交換ともなればほぼ新規設計になるし、軽量化を進めると車体側も改造せねばならず、50トン未満で50トン超向けの120ミリ砲に対応させるとなるとやはり足回りの刷新が必要になり、しかも財務省からは90式を「欠陥品」と勝手に認定され研究予算が吹き飛ぶし、性能面では劣悪、一両にかかる金は90式8億円に上積みなので10式9.5億円より高くなる。こうなると新規設計の方が廉価で確実でなおかつ財務省に穿った見方をされにくいため圧倒的に合理的であると言える。


なお、第三世代の中でも重量面で条件に合致する戦車にはロシアのT-80やT-90があるが、お察しの通り、C4Iや整備性、防御や火器の設計の違い、居住性の劣悪さから考えると絶対に買ってはいけないと言える。とにかく規格が違うし、装甲に関しては爆発反応装甲や自動防御火器で材料技術における劣勢をカバーしているからだ。日本では爆発反応装甲は推奨されず、純粋な複合装甲だけでカバーするのが戦車の設計の基本となっている。


鉄道業界では半世紀前の足回りを車体だけ交換して再利用するという事例は多い。しかし、それは足回りと車体を完全にわけることができるからだ。装甲車両でそれを実現させると重量はすぐ倍になってしまう。装甲車はその装甲の強度でフレームを兼ねるモノコック構造を取ることが多いからだ。装甲部材の変更は、多くの場合自動車におけるモデルチェンジに近い様相を呈する。

日本の特殊な環境を考えると、実は戦車は新型を製造するという方針が一番楽といえる。無理解な財務省に通しやすく、工学に疎い国民にも分かりやすく、先進的なものを詰め込んだが故に陳腐化すると余裕がなく改修できないという事情もまた、新規買い自発が賢い選択であることを示している。

10式では90式から設計が刷新された。重量軽減のために90式から転輪数を一つ少なくしたらしいが、これが坂道における粘りに影響を及ぼしているとされる。これは先述の問題をあげた人物とは別の人物の評だ。この点はなるほどといえる。ただ、74式の転輪と同数であると考えると、さして大きな問題になるようには思えない。

10式を国防上の無駄と断ずる姿勢には違和感しかない。防衛大綱で戦車を減らすようにするのではなく、もっと現実的な戦車定数である800~900両に設定し直し、「血税で生産された戦車を大切に使っていきます」とアピールしたほうが正確な情報が国民にも伝わるはずである。

清谷氏は戦車定数を額面通りにしか受け取ってないようである。所詮はあれは財務省などの要請から仮定された妄想的な理想でしかなく、そこに現実は存在しない。90式は十分使える以上10式の次の主力戦車が出るまで更新は大きく進まないだろう。それに自衛隊には九州と北海道への傾斜集中配備に危機感を覚えている部分もある。本州における74式の事実上の後継車である機動戦闘車は都市部のゲリラ戦には強いがそれでは性能不足である。機動戦闘車は初動と都市ゲリラ戦には向くが、貧弱な装甲と装輪式の踏破性から考えれば10式とのミックス運用が一番合理的ではないだろうか?でないと、北海道と九州以外に揚陸されれば戦車に対し有効な手が打てなくなるうえに、九州と北海道を抑えてしまえば戦車をすべて潰せてしまうのだ。

防衛省と政府与党には防衛大綱改正による、現実的な戦車定数と戦車運用を望みたい。それこそ、異常に小さい定数の是正と傾斜集中運用から全国への可能な限りの均等な配置への回帰を。

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