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インペラートル  作者: 石田まみれ
CHAPTER.1
5/5

ピーチェルの撲殺魔《1》

もう毎度のことですが、この物語はフィクションです。作品に登場する人物・団体等は実在するものとは一切関係ありません。

 外套に目深く被った中折れ帽子、人とは思えない、まるで影のような、屍のような『それ』は何気なく手元のバールを見つめていた。大量の血と肉片、それに髪の毛なんかがへばりついているバール。そして『それ』の足下には死体が一つ転がっていた。ついさっきまで女だった頭部のない死体を月夜が照らしている。頭部は『それ』がバールで殴った結果、肉片になってどこかに飛び散っていってしまったのだ。手っ取り早くイメージするならば、スイカ割りのスイカだ。

 遠くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。ゆっくりと『それ』は振り返る。

 そして『それ』は吸い込まれるように夜の街に消えた。



     一



 首都マスクヴァから西に九〇キロ。

 ヘルティア連邦有数の湾岸都市であるピーチェルは、マスクヴァ次ぐヘルティア第二の都市である。帝政ヘルティア初代皇帝ピョートル一世によって造営され、帝政初期から中期にかけての約八〇年間に渡って帝都が置かれていた歴史と伝統の都市だ。派手好きで有名なピョートル一世は、皇帝座する都は壮麗であるべきと、必要以上に都市の景観に執着した結果、市街地中心部に運河が縦横に巡る世界有数の美しい都市となった。一方で、その壮麗さを引き出すためにピョートル一世が行った造営作業は過酷を極め、一説によると五万人もの労働者が死亡したと言われる。

 ヘルティアで最も壮麗と言われるピーチェルは、美しい景観目当てに内外から観光客が絶えない街だ。

 ―――が、普段ならば観光客でごった返しているピーチェル有数の観光スポット、大帝通りは閑散としていた。観光客をターゲットに経営している店は閑古鳥が鳴いている。

 そんな街を黒尽くめの二人が街を行く。二人とも双頭の鷲の記章が付いたトレンチコートと制帽、そして『図調四課』と大きく赤地に白抜きの腕章と同じ装いだが、身長と風貌はまるで違った。

「こんなに歩きやすいピーチェルは初めてだなー」

 二人の中で小さな方、クラーラ=クニャジェワが他人事のように呟く。

「そりゃ誰だって撲殺魔に会いたくないだろ?」

 クラーラから半歩下がったところを歩いている大きな方、イリヤ=C=ハグストレームは大量の地元紙と週刊誌を抱えていた。どれも扱っている話題は一つだ。『鮮血に染まるピーチェル』、『警察もお手上げ、奇怪な連続殺人事件』、『観光客激減、地元経済に大打撃か』など、派手な見出しが躍っている。

「ってやべーじゃん!! これじゃーどこも酒場閉まってる!!」

「それを気にするのはテメェだけだよ」

「どっか空いてる酒場探しとかねぇと……。ピーチェルは地酒が甘いしな、この機会を逃す訳には……」

 ぶつぶつクラーラが呟く。

「イリヤー。外回り終わったら飲みに行っていいかー?」

「勝手にしろ」

 観光都市であるピーチェルが閑散としている原因は、ここ数週間続いて発生した連続猟奇殺人事件が関係していた。

 ことの始まりは三週間前、ピーチェル五番街で発生した殺人事件だった。二四歳の女性がハンマーのような鈍器で撲殺された。頭部は粉々に砕けてなくなっていた。当初、その執拗な殺害方法から警察は怨恨の線で捜査していたが、この事件を皮切りに女性ばかりを狙った連続撲殺事件が発生したのである。ピーチェル市警の懸命な捜査にも関わらず、犯人逮捕の目処は立っていない。この殺人犯はピーチェルの撲殺魔とも呼ばれ、ピーチェル市民を恐怖のどん底に突き落としていた。

 この件にイリヤとクラーラら、図調四課が介入した理由は一つだ。犯人の背後に魔術文献の匂いがするからである。そしてどぶ川の底を洗うような捜査を行っているにも関わらず、捕まらない犯人。

 通常、四課の実動部隊たる執行班を投入するのは、魔術文献が確認されてからである。しかし、この事案においては支部に設置されている探索装置に反応はなかった。支部所属の内偵班の調査も不発に終わっていた。そのような状況下だが、四課長ら四課首脳は執行班の投入を決定した。

 四課長からイリヤたち九班に与えられた指示は一つだ。魔術文献の有無を確認しろ、である。

 しかし、状況が状況だけに、不確定事項があまりにも多い。ピーチェルに魔術文献の存在を示す証拠は何一つない。一筋縄ではいかない事件であることは間違いない。四課長曰く、可能性は五分五分らしい。

 まもなく警官と規制線が見えて来た。警察車両が並んでいる。二人がやってきたのは、三日前、女子大生が殺害された現場だった。今もまだピーチェル市警の鑑識班や刑事たちが捜査中のようだった。

「……うわっ」

 思わずイリヤは顔をしかめた。警備体制が物々しい。フルフェイスのヘルメットに防弾ジャケット、自動小銃という完全武装の警官隊約三個分隊が警戒態勢を取っている。二人の姿を見付けると、一斉に銃口が二人に向く。

 これでもかとばかり殺気立っている。警告なしで自動小銃の引き金に指がかかっている。安全装置も既に解除済みだった。いくら実戦経験が豊富な四課員だろうと、さすがにこの距離で自動小銃では身体中穴だらけ、無傷ではいられない。それでもなお、迎撃しようと太もものケースに入れている得物に手をかけ、やる気満々なクラーラを押しとどめ、イリヤはやや泣きそうになりながら腕の腕章をアピールする。

「図調四課のイリヤ=C=ハグストレーム事務官です。責任者の方、いらっしゃいます?」

 そう告げると武装警官たちは互いの顔を見合わせたが、無線で通信し始めた。

 やがて銃口が下ろされ、規制線と武装警官たちの奥から一人の男が現れた。現れた男は四十代くらいの捜査官だった。立ち振る舞いから場数を踏んでいるベテランであることはすぐに分かった。警察関係者を表すジャケットに警察バッジを首からぶら下げた彼は不機嫌そうにイリヤたちの前までやって来た。

「FCBのエゴール=リャザノフ捜査官だ」

 よく見ると彼のバッジはピーチェル市警のものではなかった。武装警官の腕にもピーチェル市警とは違う記章が付けられている。

「図調四課事務官のイリヤ=C=ハグストレームです。FCBの方でしたか」

 イリヤは柔らかく微笑んだが、リャザノフ捜査官の表情は硬い。

「昨日付けで本件事案は重要犯罪に指定された。よってピーチェル市警と合同捜査なのだ。文句でもあるのかね?」

「いえいえ。滅相も無い」

 ヘルティア連邦刑事局(FCB)。連邦国家であるヘルティアの警察機構は地域ごとに組織されているが、近年の広域化、高度化する犯罪に対応するため、五年前に各自治体の捜査機関から優秀な捜査官を引き抜いて設立された司法省傘下の国家警察だ。FCBは広域犯罪など、個々の捜査機関では対応できない事案を専門に扱う組織である。

 しかし、ヘルティアにはFSAがあった。旧来から広域犯罪捜査を担当していたのは、FSA第一総局だ。わざわざFSAと所管業務がほぼ重なる組織を数千の人員と多額の税金を注ぎ込んで設立した司法省に言わせれば「FSAだけに権限や情報を独占させておく事はない」という事であり、末端ではFSA第一総局とFCBの手柄の取り合いには凄まじいものがある。また、FCBは早く実績を積みたいのか、自治体レベルの事件でも強引に広域犯罪に指定して地元警察から事件の横取りとかえげつないことやっているみたいで評判が悪い。

「ところで連絡させて頂いた件ですが、宜しいでしょうか?」

「……勝手にしろ」

 イリヤは柔和な笑みを作るが、

「言っとくが、これは俺たちの警察の事件だ。本来、令状もない図調四課あんたらに協力する義務はないんだぞ。それと、分かっていると思うが何があっても現場だけは荒らすなよ?」

「ええ。心得ています」

「言っておくが、本部長から『現場を見せてやれ』と言われただけだ。絶対に余計なことはするな。そこのお嬢ちゃんにも良く言い聞かせておけ」

「はい」

 ピーチェル市警の責任者の態度が癪に障ったのか、がるるると吠え、今にも噛み付こうとしているクラーラを強引に押さえつけつつ、イリヤは大人の対応をする。

「じゃあ、こっちだ。さっさとしろ」

 イリヤはそのまま苦笑する。図調四課は他の治安機関からのウケが悪い。連邦至る所にしゃしゃり出て、令状をかさにかかけ、地元の治安機関を動員し、現場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、魔術文献を回収したら事後処理もせずさっさと礼も言わずに引き上げる。これでは評判も悪くなる。四課としては慢性的な人材不足で事後処理に人員を割けないだけなのだが、言い訳したところで誰もはいそうですかと納得してくれない。結果、四課の印象は非常に悪い。そこらのマフィアよりも悪い。FCBと同じ嫌われ者なのだ。

「ご協力感謝します」

「ふん」

 ようやく規制線の中に入ることを許された。

 図調四課の基本的な職務は魔術文献の管理と修繕、そして収拾である。ヘルティアでは魔術文献取扱法によって個人での魔術文献の所有は禁止されているが、連邦政府が許可した合法的な魔術文献は社会にかなりの数が流通している。魔術文献とは魔術の教科書だ。魔術は人の生活を豊かにするが、一方で大量破壊兵器に等しい物も存在する。必然的にそれを使って国家転覆を謀る者も存在するのだ。ヘルティアは他民族国家であるから常にそう言った反連邦政府過激派が散見される。ちなみにそのようなテロ組織を発見、殲滅するのはFSAの役割だ。あくまで図調四課は危険性の高い魔術文献を発見し、回収することが任務である。他にも治安維持業務の真似事や、テロリストやマフィアの捜査などもする場合もあるが、それは例外中の例外に過ぎない。

「あんた、事務官とか言ったな」

「はい」

「四課はこの件に介入するのか?」

「我々としましては、現場の様子を鑑み、上司に報告した上で———」

「社交辞令はなんざどうでも良いんだ」

 リャザノフ捜査官はぴしゃりと遮った。

「答えろ。四課は介入するのか?」

「何とも申し上げられません。報告した上で上司が判断すべきことですから。一介の事務官風情が判断すべきことでは御座いませんので」

 先ほどはあっさりスルーされた柔和な笑みを再び浮かべる。

「事務官風情、ね」

 警察車両や鑑識員、私服警官らの間を抜け、ようやく目の前にブルーシートで覆われた一画が見えて来た。二人は白い手袋を填めた。

「ここだ」

 リャザノフ捜査官が天幕を捲った。



     二



「それにしても酷いな」

 ミハイルは現場写真を置いた。写真には頭部のない死体が写っている。切断されたのではない。そのまま潰されたのだ。その証拠に、本来ならば頭部があるべき場所に砕け散った“頭部だったもの”が広がっている。

「快楽のサイコ野郎の仕業か?」

「合同捜査本部も犯人像の絞り込みには難航しているみたいです」

 ミハイルとクラーラは支部の一室にいた。その活動が連邦全域に渡るため、図調四課は各主要都市に支部を設けている。各支部には四課の本部要員が数名配置されており、彼らは駐在員と呼ばれている。四課本部から派遣されてきた執行班の任務を陰ながら支援することが支部と駐在員の任務だ。

「三日前のケースを含めて一四人目か。やるな、ピーチェルの撲殺魔」

「いずれも狙われたのは女性です。五番街の事件を皮切りに今回で一四人目。殺害方法は何れも撲殺、頭部がバラバラになるほど殴りつけています。共通点は特異な殺害方法ですね。どうやって頭を潰すほどの力を出したのか……」

 ピーチェル市警とFCBの合同捜査本部から取り寄せた事件資料を洗い直す。もうすっかり日が暮れてしまっている。

「実に安直だが、けどその安直な撲殺魔に警察はお手上げ状態か」

 ミハイルは十四枚の写真を前に腕を組んだ。

「犯人の目星すら付いてねぇからな。見付けようにも面倒だ」

 ミハイルが頭を掻く。

「こーなったら地元のワル共片っ端から締め上げっか」

「止めてください」

 立ち上がろうとしたミハイルを冷静にソフィアが制する。

「下手に刺激すると面倒ごとが増えますよ。それに単独犯じゃなかったらどうするんですか?」

「共犯者がいると思うか?」

「殺害方法は多種多様ですし、現段階では情報が少なすぎて単独犯とも複数犯とも断定出来ないですね。一番手っ取り早いのは現行犯で捕まえちゃうことなんですけど。例えば、おとり捜査とか」

「それくらいのこと、警察がやってんじゃねぇの?」

「先ほど合同捜査本部に確認しましたけど、夜の警戒を強化しているだけでおとり捜査のようなことは行っていないようです。まあ、これだけ女性が殺されているんです。志願する女性警官だっていないでしょうし」

「なら手っ取り早い奴がいる」

 ミハイルが不敵に笑う。

「四課で最も馬鹿でタフなやつが」

「幼女にオトリ捜査させるんですか?」

 犯人を断定する方法は簡単だった。手っ取り早く襲われれば良いのだ。つまりおとり捜査である。良識や法などのしがらみに囚われた警察には行えない手法であるが、実戦経験豊富で、良くも悪くもそれぞれ頭のねじが飛んでおり、ある程度超法規的組織な側面を持つ組織に籍を置く四課員にとって躊躇する理由はない。警察は犯人を逮捕するために捜査するが、彼ら図調四課は魔術文献を確保するために調査する。図調四課は人間を相手にしていない。図調四課が相手にするのは魔術文献だ。その過程で人間を相手にするのであって、警察の捜査手法とは一線を画す。どちらかと言えばFSAの手法と近いだろう。

「もし撲殺魔が現れたら確保させるさ。打ってつけだろ」

「魔術文献が確認できれば別ですが、できなかった場合はあしらった後で尾行するのが得策かと」

「尾行?」

「尾行して撲殺魔の居所を確認するんです。そこで魔術文献が確認できれば令状とって踏み込む。最悪、令状がなけりゃ警察に逮捕状を取らせて踏み込む。捜索にはあたしたちも立ち会って、魔術文献があれば確保する。不発であれば一度戻って体勢を立て直す、というのはどうでしょうか?」

「……駐在員はどう動かす?」

「決め手を欠く以上、地元を良く知る駐在員の情報も重要です。引き続き調査を継続させる必要があるかと」

 ミハイルはソフィアの進言に腕を組む。

「イリヤ、どう思う?」

「異議なし」

 ぬっとイリヤが顔を出す。先程、殺害現場、合同捜査本部と回ってきた彼の手には警察から借りてきた資料が満載だ。

「射殺とか絞殺とかポピュラーな殺し方だったら基本的に問題ないけど、今回はちと手口がおかしい。魔術文献が関わっている可能性は確かに五分、急がば回れって言うしな。相手が単独犯とは限らないし」

 イリヤは音を立てて資料を机の上に置いた。

「今までの経験上、魔術で人を殺すヤツは街をも壊すしな。いろいろおっ始める前に潰すべきだろうな」

 普段から過激派やテロリストと交戦している四課員にとって、ただの殺人犯程度にそこまで怯える必要があるのかと思う。四課員の半数は恐怖の感覚がずれているのだ。四課員にとっての恐怖は魔術文献を悪用され、その結果、多くの人命が失われることこそが恐怖なのだ。別に殺人犯など怖くない。だって今回のピーチェの撲殺魔だって一四人しか殺していない。魔術文献が悪用されれば何万という命が一瞬にして消える。人命どころか国家すら消えてしまうことだってあるのだ。

「……うし、じゃあそれで行くぞ。オトリはクラーラ、俺らは駐在員らと張り込みだな」

「幼女だったら問題ないでしょう。殺しても死にませんし」

「担当事務官の俺が言うのもあれだけど、四課で二番目にタフだからな」

 イリヤが苦笑する。

「二番目?」

 ソフィアが首を傾げると、イリヤが答えを言う。

「一番は四課長だ」

「なるほど」

 ソフィアは毎回直属の上司であるアルビノに殴られて叩き起こされた四課長の姿を思い出し、納得した。

「んで、イリヤ、肝心のクラーラは今どこだ?」

「そう言えば見てませんね」

「クーか? クーなら飲みに行ったぞ。もうできあがってるだろな」

 資料を捲りながらイリヤはさも当然のように言う。

「呼び出せ」

 溜め息を付き、ミハイルが言う。

「了解です」

 ソフィアが自分の携帯端末を操作していたその時、室内にアラートが鳴った。同時に支部員が飛び込んで来る。

「バクーニン班長、出ました、魔術文献です!!」

「場所は!?」

「ピーチェル二番街!!」

「ソフィア!!」

「はい!!」

 ソフィアはガンラックから散弾銃を掴み取った。



     三



『図調四課が? また厄介だな……』

「はい、課長。四課がこの件に介入すれば捜査が混乱します。できれば課長経由で何とか圧力をかけて頂けませんか? これは我々の事件ヤマです」

『難しいな。相手はあの女狐の図調だ。出来るだけのことをやってみるが、あまり期待できないぞ』

「事態が事態です。これ以上、事件が長期化しますと、国民にFCBの失態と取られかねません」

『……分かった』

「お願いします」

 電話を切ると同時にエゴール=リャザノフは溜め息を付いた。ピーチェル市警本部にあてがわれた一室からピーチェルの街を眺める。課長は全力を尽くすと言ってくれたが、どれだけ効果があることやら。もう一度溜め息を付く。事件は進展しないわ、図調四課が介入してくるわ、新たな被害者が出てくるわ、全く事態は悪い方へ悪い方へにしか進んでいかない。

 FCBが事件に介入して三日経った。FCBも本部から捜査官延べ五〇名以上投入した。捜査態勢は充実している。だが、犯人は捕まらない。犯人像も掴めていないのが現状だ。一刻も早く犯人を逮捕し、ピーチェル市民を恐怖から救わねばならない。捜査の陣頭指揮を執る者として、そして一人のFCB捜査官としてリャザノフは思う。

「図調四課……、魔術か……」

 図調四課は魔術文献の存在が疑われるところにしゃしゃり出てくる組織だ。

「———魔術文献絡みか」

 仮にピーチェルの撲殺魔が魔術文献を所持している者だとしたら、検挙は難しくなる。警察は魔術文献が絡んだ事案を捜査することは基本的に無い。魔術文献が絡む事件は大小問わず国家公安に関わってくる。事件が公になる前に、専門の機関である図調四課か国家公安を一手に担うFSAが秘密裏に問題を解決してしまうため、警察に捜査するチャンスは回ってこない。

 ならば。ならばやることは一つしかない。

 リャザノフは電話を取った。慣れた手つきで番号を押す。

「私だ」

 出たのはリャザノフの片腕の捜査官だった。

『リャザノフさん、何でしょうか』

「図調四課の支部がこの街にあるか?」

『図調四課ですか? えーっと、ちょっと待ってくださいね……、…………ああ、ありますね。ピーチェル九番街ですね』

「信頼できるFCB捜査官を招集してくれ。私もそっちに向かう」

 電話を卓上に戻す。

 やることは一つしかない。四課の動きを徹底的にマークするのだ。悔しいが、調査能力は警察よりも図調四課の方が格段に上だ。やつらは人ではなく魔術文献を追う。警察では無理な捜査も平気でする。時には人を殺してまで魔術文献の在処を探し出す。やり方に一切の妥協はない。

 図調四課は厄介な存在だ。だが、利用しない手はない。



     四



 暗闇が支配するピーチェル二番街路地に『それ』はゆっくりと姿を現した。

 漆黒の中折れ帽子に外套。図体のでかい『それ』は、見た目で男か女かすら区別はつかない。闇に紛れるように『それ』は無人の路地を進む。ゆっくりとゆっくりと。

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