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インペラートル  作者: 石田まみれ
CHAPTER.1
3/5

任務《2》

毎度のことですが、この物語はフィクションです。作品に登場する人物・団体等は実在するものとは一切関係ありません。

 四課本部。

 自分に宛てがわれたロッカーを開ける。中には四課の制服と制帽、そして腕章と装備一式が詰まった軍用バッグがあった。

 ソフィアは上着を脱ぐと、大外套のような制服を纏う。髪を纏め、四課員を証明する双頭の鷲の記章が刻まれた制帽を被った。最後に『図調四課』と大きく赤地に白抜きの腕章を右腕に巻き付け、装備が入った軍用バッグを掴む。

 ロッカーの扉に付いていた鏡には上から下まで漆黒の四課員が写っていた。

 少し制帽がずれていることに気付いた。

 それを直し、ロッカーを閉めた。



     一



 連邦議会議事堂のエントランスに二人組が待っていた。

 一人はイリヤ=C=ハグストレーム。気怠そうにキャリーバッグに腰掛けた彼は、ソフィアと同じ制服姿だ。

 そしてもう一人は小さな女の子だった。身長は一五〇程度だろう。制帽を被らずにくるくると回している。大きく綺麗な碧眼にやや幼い顔立ち、淡く化粧が施されていた。肩に届くほどの金髪、服装はイリヤと同じところを見ると同じ四課員なのだろうとソフィアは客観的に判断する。

 幼女はソフィアとアルビノを見付けると、ソフィアの元までずかずかとやってくる。

「へー」

 上から下までソフィアを舐め回すように見詰め、

「へー。これがねー」

 ギッと幼女はソフィアを目付き鋭く睨みつけた。一昔前の不良顔負けだ。恐怖よりも疑問が先立つソフィアは思う。何だこの餓鬼。FSAで非現実的な現場をそれなりに渡り歩いて来たソフィアだが、幼女に下から睨みつけられるという経験はなかった。

「これがウワサの新人かよ。ワンって言ってみな。ほれほれ」

 口が悪い。どこでどう育てばここまで口が悪くなるのだろうか。そんな素朴な疑問を抱きつつ、ソフィアは訪ねる。

「統括官。この幼女は?」

「ああ、こいつは———」

「誰が幼女だ!! 立派に成人してんだよ陰険女!!」

 アルビノを押しのけるように、幼女はソフィアの胸ぐらを掴んだ。幼女と言われて相当頭に来たのか、迫力が少し増した。しかしソフィアは何のその。冷たく幼女を見下ろして言う。

「誰が陰険ですか。潰しますよ、幼女」

 ソフィアは胸ぐらを掴む幼女の手を払う。

「このアマ、良い度胸だな。まあ、いいぜ。テメェ、一応後輩だからな。警官殺しだか知らないけどな、良い気になってんじゃねぇぞ。いいか、覚えとけ。このウチが九班のボスだ。猿でも新人はボスにあいさつするもんなんだぜ?」

「あたしは人間なので、猿の世界は知りません」

 自称ボスを小馬鹿にしたような冷笑を浮かべるソフィア。それを幼女は見逃さなかった。

「そうかそうか、よーく分かったぜ。ウチが、一から四課のやり方ってのを叩き来んじゃるわァアアアッ———!!」

 幼女が飛びかかる。だが、ソフィアは幼女の飛び膝蹴りを躱すとそのまま組み伏せた。

「うぉおおおおお———ッ!! ウチの身体に気安く触るな———ッ!! はーなーせ———ッ!!」

 幼女はソフィアの下でバタバタ蠢く。だが、体格的に不利な幼女はソフィアから逃れられない。

「で、幼女これは何なんですか?」

「この、このアマぁああああああっ!! 先輩をこれ呼ばわりして良いと思ってんのか———ッ!!」

「きゃんきゃん騒ぐな。いい加減黙れ、この幼女」

 ソフィアはそのまま腕を幼女の首に引っ掛けて首を締め上げた。しばらく抵抗していた幼女だったが、次第に抵抗力が落ち、やがて動かなくなった。無造作にソフィアは幼女を放すと、彼女は顔面を床に打ち付けた。まるで伸びた蛙だ。

「お前、本気でやっただろ?」

「敵は排除するのみです。テロには屈しません」

 ぱんぱんと手を払うソフィア。一仕事終えたソフィアの表情は晴れ晴れとしており、そのあまりの晴れ晴れしさにイリヤはぞっと背筋が凍った。

「で、幼女これは何なんですか?」

 ソフィアはイリヤの方を向く。

「クラーラ=クニャジェワ。俺が担当してる調査官」

 面目なさそうにイリヤは肩を落とした。

「こんなのが調査官なんですか?」

 ソフィアは目を丸くする。

「担当事務官の俺が言うのもあれだと思うけどさ、こんなのでも調査官なの」

 イリヤは溜め息を付き、

「世も末ですね。胸中お察しします」

「ありがと。こいつのせいで何度転職しようと思ったことか」

「FSAに来ますか?」

「そうだな……。もしいざって時は口利きよろしく」

 妙なところで意気投合する二人。その時、

「てーめーぇーら……。覚悟できてんだろーな……」

 クラーラ=クニャジェワが復活した。物凄い殺気を発している。その光景を、まるで珍獣を見るような目でソフィアは見つめていた。

「復活早いですね」

「クーは四課で二番目にタフな人間だからな。ちょっとやそっとじゃヘコタレねぇよ」

 イリヤが解説する。

「ハッ! ざまーみやがれってんだよ。このまま調教してやるから覚悟しろよこの陰険女!!」

 手をわきわきさせ、怪しく目を光らせてソフィアに殴り掛かろうとするが、

「あー、そろそろ良いか?」

 しばらく傍観を決め込んでいたアルビノが口を挟む。

「止めるなアルビノ。女にゃやらなきゃなんねぇ時がある」

「改めて紹介するまでもないと思うが、ソフィア=レナトゥス調査官だ」

「無視かよ!?」

「今日付けでこの九班に配属された。まあ、出来るだけ仲良くやってくれ」

 そう言ったアルビノはソフィアに茶封筒とファイルを渡した。

「これ、封筒の中は魔術文献差押令状な。連邦議会上院魔術委員会の正式な執行命令書だから扱いに注意すること。あと、同封しといたファイルは本件の概要だ。頭に入れとけ」

「了解です」

「ちょっと待ったッ!!」

 吼えたのはクラーラだった。

「アルビノ、ウチも調査官だろ!?」

「そうだな」

「何で令状そいつに渡すんだよ!!」

「お前と同じ調査官でも彼女は副官待遇で出向してるの。つまりミハイルの補佐役やソフィア。お前じゃないの」

 イリヤが説明するが、クラーラは意に止めない。

「ふざけんじゃねぇ!!」

 がるるると唸りを上げて威嚇するクラーラだが、タイミングを計ったように連邦議会議事堂の前には軍用車が滑り込んできた。イリヤがクラーラの事務官おもりやくとして、未だにわーわー叫んでいるクラーラを強制的に軍用車に引っ張り込んだ。手慣れたその姿にソフィアは人知れず舌を巻く。

「行き先はマスクヴァ郊外のラフレンツェ空軍基地。そこから空軍の輸送機でサハまで飛べ。だいたい八時間ぐらいかかるから、ファイル渡しただろ? それまで概要を頭に叩き込んでおけ。存分にやってこい。期待してるぞ」

「了解です」

「あ、ちょっとストップ」

 軍用車に乗り込み、扉を閉めようとしたソフィアを先に乗っていたイリヤが制止した。

「肝心の班長は?」

「ミハイルはラフレンツェ空軍基地だ。そこで合流してくれ」

「りょーかい」

「ミハイル?」

「九班の班長。いろいろひん曲がってるけど、悪いヤツじゃないから」

「はあ」

「じゃあ行ってこい。神のご加護がありますように」

 アルビノは扉を閉める。軍用車が走り出す。



     二



 ヘルティア空軍最大の基地、ラフレンツェ空軍基地はマスクヴァ郊外にある。

 言わずもがな、ヘルティアの首都マスクヴァ防空の要であり、連邦空軍総司令部が置かれているのもここだ。空中空母専用ドックもここにある。三〇〇〇メートルを超える滑走路が八本、管制塔がスクランブル発進に備えて待機している最新鋭戦闘機を見下ろしており、その傍には格納庫がいくつも並んでいる。各所に設置された対空砲が空を睨み、盤石の体制を敷いていた。

 ソフィアらが軍用車から基地に降り立つと、案内役の兵士が敬礼で出迎えてくれた。身体に染み着いているヘルティア式の敬礼で返答し、兵士の案内で基地内を移動する。

 図調四課が空軍機を使用するのは珍しいことではない。図調四課は、広い連邦の領内全域をカバーしなければならない。四課が自前で航空機を購入し、運用するにも莫大な費用がかかる。そのため連邦各地に基地を有し、定期的に物資輸送を行っている空軍とは密接な協力関係を築いてきた。空軍は四課に足を提供し、四課は魔術に関する情報を陸海軍より一足先に提供する。そんな蜜月の関係が代々続いてきた。空軍が運営し、世界に誇る空中空母艦隊の建造に四課が提供した情報が役に立ったことは、関係筋の間では有名な話だ。

 ソフィアたちが案内されたのは、八本あるうちの五本目の滑走路だった。すでに一機の大型輸送機が待機している。空軍が誇る大型輸送機HT−124である。兵士たちに『ババヤガー』の愛称で親しまれているこの輸送機は、実用輸送機として世界最大級であり、最大ペイロードは一五〇トンにも及ぶ大搭載機だ。搭載能力から大型ヘリコプターを運ぶなど、空軍では大車輪の働きを見せている。FSA時代、ソフィアも何度かお世話になった。

 ソフィアたちが向かう連邦極東管区エヴァンジェ自治州の主要都市、サハはマスクヴァから七〇〇〇キロ離れた東にある。ババヤガーだと一度も給油を挟まずに飛んで行くことができる。

 サハは、少数民族エヴァンジェ人の街であると同時に天然資源の街でもある。石油、石炭、天然ガス、金銀などの地下資源が豊富に眠っており、連邦全土で産出される地下資源の実に六割がエヴァンジェ自治州産である。サハはヘルティアにとって重要拠点の一つであり、サハ基地は連邦極東管区最大の基地だ。

 三人はハッチを大きく空けていたババヤガーの貨物室に乗り込む。急ごしらえの座席が四つ取り付けられている他は、コンテナしか見えない。ましてや旅客機ではない。骨組みは剥き出しだ。殺風景な風景である。内装はないと言っていい。この輸送機はソフィアらのために用意されたものではなく、物資をサハ基地まで運ぶ連邦空軍の定期便に過ぎない。ソフィアらがその一角を間借りしているのである。

『まもなく離陸いたします。もうしばらくお待ち下さい』

 機内に取り付けられたスピーカーからアナウンスが聞こえた。ハッチが閉まると、すぐに離陸した。まもなく独特のGから解放される。そう言えば、ラフレンツェ空軍基地で班長と合流する手筈になっていたのだが、そう言えばどうしたのだろうか。ソフィアが疑問を抱いていると、目の前の座席に座っていたクラーラが急に喚き出した。

「やっぱり納得できねぇー!! 何でウチを差し置いて新人が副官待遇なわけ!?」

「幼女だからでしょ」

「何だとこの陰険女!!」

 クラーラがソフィアを指差す。さすがにソフィアもイライラしてきた。

「黙れよ幼女」

「やるか陰険!?」

「外に放り出すぞ幼女」

「まあまあまあまあ」

 一触即発の二人をイリヤが何とか諌めた。

「お前ら頭冷やせ。特にクー」

「だってよー、新参者がいきなり副官っておかしいだろ」

「俺は別におかしいとは思わねぇけど」

「はぁあああ?」

「だってそーだろ、実績から考慮して」

 横でイリヤが苦笑する。

「オツムが弱いクーにゃ副官は勤まらないってこと」

「イーリーヤー……ケンカ売ってんのか?」

「何騒いでやがる」

 突然、クラーラの声以外の声がソフィアの背後から飛んでくる。イリヤとソフィアが振り返ると、黒い大外套と制帽姿に銀のアタッシュケースを持った男がそこに立っていた。眼光鋭い男で、不機嫌丸出しだ。まだ機体が安定していないにも関わらず、男は平然とそこに立っていた。

「いえ、別に……。クーが無能だって話ですよ」

「イリヤ殺す。ゼッテェ殺す」

 クラーラは座ったまま、ちょうど正面に座っていたイリヤを数回蹴り飛ばしていた。

「ところで班長、ほら、例の新人さん」

 話の流れを強引に曲げたな。今まで静観していたソフィアはそう思った。

「ああ。FSAから来たってのはあんたか」

「ソフィア=レナトゥスです」

「ミハイル=バクーニン、九班の班長だ」

 男はそう名乗ると、彼にあてがわれていた席にどかっと座った。長身痩躯、野生の狼のように鋭い眼光が印象的な青年だ。

「はんちょー、今までどこにいたんだよ」

「コックピットの前。操縦士が知り合いだったからな」

 素っ気ない言い方だった。だが、それ以上でもそれ以下でもない。

「新人。事案の概要、頭に入ってるか?」

「一通りは。統括官からの資料を読みましたので」

「そうか。イリヤ、概要」

「へ?」

「寝起きで任務頭に入ってねぇんだ。せっかくの休暇だったのによ、アルビノのクソ野郎め、人手不足だからって面倒ごと俺らに寄越すなっつーの」

「新人に聞いといてそりゃないでしょ、仮にも班長なんですからしっかりして下さいよ」

 そう言ってイリヤはファイルを差し出した。

「面倒だから読め」

「それぐらい自分でやってください。ファイルを読めば誰だって分かるだから」

「文章読むの嫌いだ。読め。班長命令だ。イリヤ=C=ハグストレーム事務官」

「ったく、こんなときだけ権限行使かよ」

「何か言ったか?」

「いいえ。読ませて頂きます班長殿」

 現場に出れば全ての権限は班長にある。ソフィアは四課本部でアルビノから聞かされたことを思い出していた。確かに四課本部を離れたこの場の指揮権は九班班長のミハイルにある。命令と言われれば仕方がない。イリヤには拒めない。仕方なしにイリヤは差し出したファイルを引っ込め、ページをめくる。

「三ヶ月前、調査第四課連邦極東管区エヴァンジェ自治州サハ支部設置の探索装置が魔術文献を国立サハ大学付近にて捕捉、現地サハ支部は内偵班を同大学に派遣して調査を開始。まもなく内偵班は魔術文献《ロージャ》を大学内にて確認、報告を受けた四課は四課長名にて連邦議会上院魔術委員会に調査報告書を送付、同委員会が審議した結果、魔術文献取扱法に基づき魔術文献差押令状による強制処分及び同法違反者の検挙を行う旨を決定した。―――以上です」

「他の班にやらせろよ。めんどくさい」

 ミハイルはぶつぶつと文句を垂れる。

「アウッティの差し金だな。相変わらず女々しいヤツだ」

「アウッティ課長補佐ならフェニキアに出張中です」

「フェニキア? あんな極東の島国に何の用だ?」

「何でも外務省からの要請らしいですよ。フェニキア政府のお偉方と折衝とか」

「何か企んでやがんな。今度会ったら燃やしてやる」

「何でもかんでも課長補佐のせいにしないで下さいよ、子供じゃないんだから。あとで俺が休日手当の申請しときますから機嫌直して下さい。ね?」

 イリヤがミハイルを宥めた。

「……ならいい」

 ミハイルは足を組み替えた。

「要するに、今回の任務は大学にある魔術文献を令状振り翳して奪ってこいってことな」

「そんなとこですね。地元警察には応援要請して置きました」

「応援……」

 ソフィアが呟く。

 彼女の疑問を察したイリヤが説明する。

「令状が下りたとき、図調調査官にはあらゆる行政機関に対しての指揮権が与えられるんだ。これは魔術文献取扱法に明記されてて、令状を持った図調調査官に行政機関は協力しなきゃならない。大抵は地元警察から人員を徴用するのが定石でさ、これがまあ四課が嫌われる原因にもなってんだけど」

「四課は嫌われてなんぼだ」

 ミハイルが吐き捨てた。

「とにかく四課は魔術文献回収に全力を尽くしてりゃいいってこった」

 随分とざっくりとした言いようだなとソフィアは思う。

「魔術文献は今回のように装置で発見するんですか?」

「基本的にね。さっきの報告書にもあったけど、ヘルティアの都市には大抵四課の支部があってね、支部には魔術文献が発動した特殊な波動を捉える装置があって、反応した地点には十中八九魔術文献があるって寸法なの。他にも、申請すれば四課本部から借りられる追尾用の魔術文献で探るって手もあるな。まあ、魔術文献あるところに異常ありってこと。俺らは基本的に異常を探知するようにアンテナ張ってれば良いのさ」

 イリヤの説明が終わると、ミハイルは持ってきたアタッシュケースに足を載せた。

「帝政時代、魔術文献は宮廷によって厳重に管理されてた。それが共和制に移行する時のごたごたやら先の大戦やらで多くが流失しちまった。そんなこんなで多くの人間の手に渡った魔術文献だ。高値で買い取った人間もいただろうし、偶然手に入れてしまったヤツもいる。そういう人間は次にどんなことをするか。FSAなら分かんな?」

「魔術の実践ですね」

「ああ。魔術の知識欲しさに手に入れた人間は言うまでもねーが、偶然手に入れちまったヤツもどういうわけか書かれていることを試してみたくなる。魔術はなまじ人間なら誰でも使えるからな。魔術文献ってのは人間の欲望を刺激するもんだ。そういう訳で、そうすると普段ならあり得ないことがそこに起こる。例えば、晴れてるのに雷が落ちたとか、変な生物が現れたとか。死因不明の死体がいくつも見つかったとか、そう言う異常を地元警察とか行政機関が認知して、いろんなルートを通って四課おれらの耳に入ってくる。どうせ今回の一件も異常に気付いた地元警察か、大学当局が通報したのがきっかけだろうな」

 魔術文献とは不思議なものだ。ソフィアは改めて思う。

 ミハイルはさらに続けた。

「そもそも魔術文献ってのはな、餓鬼が学校で教わるような初歩的な内容しか書かれてない物もあれば、空中空母みてぇなバケモノが空を飛べるようになる仕組みが考案されるきっかけになるような、本当にとんでもねー情報が書かれる場合もあるんだ。初歩的な物はいいが、バケモノみたいな人の手に余る内容の物だってごまんとある。精霊研究のヒントになるような物とかな。そういうバケモンは早急に回収しなきゃならねぇ」

 精霊研究。世界最高のエネルギーと言われる精霊をエネルギー化するための研究だ。先進諸国は軒並みこの研究を国家プロジェクトに据え置き、日夜研究に励んでいる。その研究に魔術文献が大いに活用されているのは周知の事実だ。だから精霊研究に反対している神精教団のようなロムレス原理主義者、過激派組織は研究機関や研究者個人に危害を加える一方、魔術文献の収集にも力を注いでいる。彼らにとっては政府の魔の手から魔術文献を保護する、という大義名分があるのだ。

「魔術文献を野放しにしてると国が滅びるからな。あんたもFSA局員なら俺ら以上に理解してるだろ?」

「何度か魔術文献が絡んだテロ未遂事件に携わりました」

「今回の任務ヤマはまだ楽な方だぜ。サハの街は少数民族の街だが、幸いあそこは鉱山の街でもある。連邦政府を受け入れてるし、恩恵を十分に受けてるからヘルティア人に対してもそんなに反感は持ってねぇ。これが反ヘルティア感情旺盛なクロベニア人のナベリウスにでも行って見ろ。街歩くだけで撃たれるぞ」

 クロベニア人は連邦の西に住む民族だ。そして反ヘルティア感情が強い。五大民族の中で最も数が少なく、そして最も貧しく、歴史的に見ても何度もヘルティア人と戦火を交えてきた。現在は連邦政府と連邦軍の圧倒的な力の前に服従しているが、それでも火種は絶えない。反ヘルティアの地下抵抗組織レジスタンスがいくつも組織されており、内務省爆破テロ事件を引き起こしたのもクロベニア人武装組織の犯行だとされている。

 事件の直後、連邦軍は大々的な報復作戦を実行した。三年経った現在もナベリウス共和国には非常事態宣言が発令されたままであり、三万もの連邦軍が駐留している。秘密警察的な役割も担うFSAもそれらの情報収集に躍起になっており、水面下で武装勢力との情報戦を繰り広げているのだ。FSA局員のソフィアには手に取るように理解できることだった。

「ヘルティアは世界最大の国だ。七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの連邦国家ってのは有名な文句だが、実際は六つの共和国以外にも小さな共和国、自治州がたくさんあるし、民族の数なんて一〇〇を越えてる。今は連邦政府と連邦軍が盤石だから静かなもんだが、一度燃え上がると連邦は崩壊してもおかしくねぇ。『ヘルティアを落とすに兵士はいらない。民族感情を逆なですればそれでよい』ってアナフィエルの言葉も有名だしな」

 ミハイルはアタッシュケースをトントンと足蹴した。

「ま、とにかく魔術文献は連邦政府の管理下にあった方がいい。ヘルティアを吹っ飛ばされたくなけりゃな」

 基本的に、魔術は人を傷つけられるほど強力なものは少ない。連邦軍は勿論、各国の軍隊の主力兵器が戦車や戦闘機であり、兵士一人一人に銃器を持たせていることがそれを如実に物語っている。しかし、それにも例外はある。人と時間と金をかければ、それなりの成果に見合った威力を叩き出せる魔術は少なからず存在しているのだ。

「連邦の安寧を守るためにも、一般人を犯罪者にしないためにも魔術文献は早々に回収しなきゃなんねぇ。それを肝に命じとけ、新人」

 空軍機は一路サハを目指して飛んでいく。

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