opening……
この物語はフィクションです。作品に登場する人物・団体等は実在するものとは一切関係ありません。
南のヨーン大陸にある古都マルクスの朝は清々しい。
森と山脈の国、『蒼き山脈』の異名を持つマルクス市国。国連に承認を受けている国の中で最も小さな主権国家である。東西南北を峻厳な山々に囲まれ、天然の要害に守られたマルクスは、二五〇〇年前に栄えていた世界帝国の帝都だったという経歴を持つ歴史と伝統の街だ。
また、マルクスは宗教の街でもある。世界中に信徒を抱えるロムレス教最高位の聖人”先導者”聖ロムレス生誕の地と伝えられておりロムレス教の聖地としての一面も持つ。街の中心に陣取るロムレス教総本山エル=ヴォルテール大聖堂と、国家元首が信徒を統べるマルクス教皇であることが何よりの証拠だ。
マルクスの七日市は教皇在位三〇周年記念式典を三日後に控え、巡礼者や記念式典を一目見ようと訪れた観光客で活気に満ちあふれていた。未だに教皇一人に国家権力の全てが集中するという中世の支配体制そのままの国家だが、マルクスはそれで上手く回っている。マルクス教皇が国家、そして世界の精神的主柱であることは紛れもない事実なのだから。今の教皇も一七億を超える信徒を抱えるロムレス教のトップの名に恥じない人格者であり、マルクス市民は勿論、世界中の信徒らから絶大な支持を集めている。そうでなければ記念式典を控え、ここまでの活気はない。
だからこそ、警備を怠るわけにはいかない。多くの賓客を招くマルクスは厳戒態勢が敷かれている。この機会を狙ってテロを企てる輩も現れるかも知れない。レオ=ベルガーもそういった警備に動員された警官の一人だった。
「よう、ばーちゃん。スゴい人混みだけど、変なヤツいなかったかい?」
市で果物を売るこの老婆はレオの顔見知りだった。
「さあねぇ。見てないねぇ」
そうかい、なら良かった。レオは警邏を再開するも、人出が普段の三割増だ。なかなか前に進めない。レオは行き交う人々にもみくちゃになりながら前へ進んでいくが、路地裏に派手な身なりの男たちと、それらに囲まれている女の姿を見逃さなかった。トラブルは嫌いだが、自分は警官である。教皇在位三〇周年記念式典という重大イベントが控えているのは論じるまでもないが、屈強な男たちに囲まれているのは女だ。見逃すわけにはいかなかった。これも職務である。
「ちょっと、そこの―――」
トラブルを未然に防ぐため、声をかけた。しかしそれとほぼ同時に一人の男が女の肩に触れた。それからはもうあっという間の出来事だった。男の手を払った女は男の鳩尾に拳を突き刺した。激高する男たちを嘲笑うかのように、女は次々と大男らを伸していく。男らの悲鳴は雑踏に紛れて殆ど聞こえない。
たまらず一人が拳銃を取り出したが、女は冷静に男の手から拳銃を叩き落とした。そのまま遠くに蹴り飛ばすと、その流れで男の股間を蹴り上げる。悶絶する男を尻目に、襲いかかってくる男たちを各個撃破していった。流れるような女の動きにレオは見蕩れていた。
数人の男たちを完全に制圧した女は、倒れ伏す彼らの真ん中で服の乱れを正す。足下に置かれていた大きな旅行鞄を持ち上げ、おもむろにこっちを見て、そして固まった。マルクスでは珍しい黒髪の女だった。流麗で長い黒髪が嫌でも人目を引く。旅装としての機能とファッション性を折衷したような白いダッフルコートを巻き付け、緋色の瞳、雪のように白い肌、タイトスカートから伸びる脚線が綺麗だ。背筋が凍るほど美しい女だった。
見つめ合う二人。
女は緋色の瞳を不安げに揺らす。その美しさたるや表現しがたし。
だが、レオは警官である。笑顔でこう言った。
「九時四二分。暴行の現行犯だ」
一
レオはマルクス警察六六六分署所属の警官である。
「しっかし、すんげぇ美人だな。あれが暴行の現行犯って本当かよ?」
同僚の警官が茶化すように笑った。彼はレオとは違い、刑事事件担当の私服警官だ。
「本当だって」
「まあ、いいや。で、被害者は?」
「下町のワル共。何でも美人の女を見つけたから『遊びたかった』そうで。目撃者の話によると、結構しつこく迫ってたとか。ったくねぇ、そーゆーことするから痛い目見るんだって話さ」
「ふーん。何人やられた?」
「一六人」
「で、確保したのは?」
「一六人。全員今市内の警察病院で唸ってる」
「ははっ。どっかの格闘家か諜報員に違いねぇ」
「それを今から調べるんでしょう、警部殿。あとこれ、彼女の所持品リスト」
警部はリストに目を通しながら取調室のドアを開ける。取調室には窓はなく、木製の机と椅子しかない殺風景な部屋だ。その取調室では、あの女が手錠を填められてちょこんと座らされていた。あの裏路地での大立ち回りが嘘のようである。警部は椅子に座った。
「こんにちは」
まずマルクスの公用語であるラティウム語で警部は語りかけ、
「えっと、国際語は分かる?」
次に少しマルクス訛りが強い国際語を口にした。
「分かります」
女は流暢な国際語で返答した。
「名前は?」
「ソフィア=レナトゥスです」
「歳は?」
「二四です」
「ふーん……。見たところこの国の人間じゃないな。念のため聞いておくが、国籍は?」
「ヘルティアです」
「だろうな。パスポートちゃんと持ってるしな。渡航の目的は?」
「仕事です」
「あっそ。でだ、いろいろ持ち物を調べさせてもらったが……」
ぺらぺらと警部はレオから受け取った資料をめくる。
「で、これ何だ?」
警部は資料を彼女に見せた。そこには押収した彼女の所持品の写真が並んでいる。警部はその写真の中の一枚、一冊の本が写っている写真をリズミカルに叩いた。
「調べさせて貰ったが、魔術文献、本物だ。どうしてあんたが魔術文献を持ってる? 国際法は勿論、我が国の法律で魔術文献の所持が禁止されてる。分かってるな?」
「ええ」
「まあその件は厄介だから後回しにしよう。どうせ公安局の連中がお前を引き取りに来るだろうし。それより簡単なところからいこうか。何で拳銃なんて物騒なもの持ってんだ? アナフィエルじゃないんだ。この国じゃ一般人の銃器所持は禁止だ。分かってるのか?」
「護身用です。職業柄、何かと物騒なので」
「職務? 魔術文献に拳銃? あんたのお仕事はテロか? この国に何しに来た?」
「在マルクスヘルティア大使館に連絡を取って頂けますか?」
「普通こういうのは弁護士を呼ぶんじゃねぇの?」
警部は身を乗り出して追及する。
「まあ、いい。これからゆっくりじっくり話を聞かせて貰うからな。国にはしばらく帰れないぞ?」
睨む警部。しかしソフィアはてんで動じない。その様子を見守るレオ。緊張感が取調室を覆うが、まもなくぱたぱたと耳障りな足音が聞こえてきた。それが次第に大きくなり、取調室の前で止まったかと思うと乱暴に扉が開かれた。レオと警部は予想外の展開に揃って目を丸くした。
「課長?」
「その方を釈放しろ」
「は?」
「聞こえなかったのか? 釈放だ」
「意味が分かりませんよ。理由は何です?」
「釈放だ。さっさとしろ」
「お言葉ですがね、課長、この女は暴行の現行犯でね!」
なおも食い下がる警部だが、ソフィアはそっと立ち上がる。それに合わせるように課長は頭を下げた。
「うちの者がとんでもない事を。国務省から大使館には正式な謝罪を」
「いえ、そこまでして頂かなくとも。これも仕事ですから。痛み入ります」
「ヘルガー巡査、手錠を」
「課長!」
「この馬鹿が。その方はな、ヘルティアの調査官だ」
一喝された警部は目を白黒させる。
「……調査官?」
「ヘルティア連邦連邦議会図書館調査局調査官だ。この方は外交官に準ずる立場なんだよ。拘束したこと自体もう外交問題だというのに。お前らはこの国を潰す気か?」
二
ソフィアの所持品は速やかに返却されたが、拳銃の返却には手続きが必要で、手続きが終わるまで待たなければならなかった。
「あの、いろいろ申し訳ありませんでした……」
六六六分署の受付ホールで待機していたソフィアに、レオがコーヒーを差し入れる。
「もう済んだことですから」
刺のある言い方だとレオは思った。本当に取っ付き難い人だ。あれだけ刑事課長や分署署長から揃って懇切丁寧な謝罪をしたというのに、態度が全く変わっていない。ヘルティア人はみんなこんな感じの性格なのだろうか。ヘルティアは寒い国だから性格も冷たくなるのか。
「それにしても、混んでますね」
割と失礼なことを考えていたレオだったが、我に返る。
「すいませんね、教皇猊下の記念行事が控えてるんで。いろいろ申請しなきゃいけないことがあるんですよ。今日辺りはどこの分署もいっぱいで、本署なんて大変なことになってると思います」
レオはやんわりと説明した。
「その鞄、重そうですね。大丈夫ですか?」
「仕事ですから」
ソフィアは鞄を抱きしめるようにして持っていた。中には魔術文献が入っている。ソフィアは釈放されてから、重そうな旅行鞄を一度も手放そうとはしない。よほどヘルティアの調査官というのは、余程重要な任務なんだろうなあとレオは推測する。
「それにしても調査官ですか……。教皇庁の図書館にもそんな部署があったかなあ……」
「あると思いますよ。どんな国でも魔術文献は厳重に管理されてますから」
魔術と呼ばれるこの技術はこの世界では当たり前のように使用されている。その魔術について著された資料は全て魔術文献と呼ばれる。
そもそも魔術とは、世界に満ち溢れている風火水土のエレメンタルを操り超常現象を引き起こす技術だ。自然に干渉する術と言われる。古代では限られた者でしか扱えない神秘の秘術だったが、今では大統領からホームレスまで幅広く、使えて当たり前と言われるくらい普及している技術だ。先進国では小学校で魔術を教えられ、かけ算や割り算を教えている教室の隣で、魔術の基礎訓練が行われているという光景はざらにある。
石油や石炭、天然ガスに原子力という近代的なエネルギーが世の中に出現し、利用が始まってから一世紀以上経つが、それでも魔術という技術は不思議と廃れない。それどころか、エレメンタルの力をもっと効率的に引き出そうと日夜研究が進んでいる。
「調査官って実際に何をしてるんですか?」
「魔術文献の回収と、修復、展示、そんなところです」
「司書みたいですね」
「まあ、そんな感じかもしれませんね」
「やっぱり、戦うんですか?」
「場合によっては戦いますけど、そもそもあたしは司書じゃないです。調査官です。お間違えなく」
「じゃあ、政府の弾圧から図書館を防衛しちゃったりするあっちですか?」
「違います。あっちは防衛員です。ちょっと楽しんでません?」
「まあ、少し」
「いい加減にしてください。殴りますよ」
ソフィアに凄まれ、レオは本能的に視線を逸らしながら話を続けた。
「そもそも、魔術文献なんて調査して何になるんです?」
「まだ知られていない魔術は山のようにあります。それに次世代に魔術を引き継いでいかなければならないし、魔術研究に役立てるという意味もあります。近年の例で言えば、エレメンタルコンデンサーが良い例ですね。エレメンタルコンデンサーの基礎理論構築は、とある魔術文献の発見で大きく前進しましたから」
「エレメンタルコンデンサーって、あの集積回路か」
「世界のありとあらゆる所に満ち溢れているエレメンタルを取り込み、動力に変換する装置であるエレメンタルコンデンサーは人々の生活を変えました。それまではエレメンタルは生物のみにしか扱えないとされてたんですけど、その常識を覆したのがエレメンタルコンデンサーです。現在では大陸間弾道ミサイルからオーブンレンジまで、あらゆるところに採用されてますね。近年では精霊研究にも魔術文献が使われていますし」
精霊とはエレメンタルの集合体である。高濃度に圧縮されたエレメンタルとも言われる。四つのエレメンタル全てに精霊が存在するとされているが、科学的な調査でその姿が確認されているのは火と土の二種類のみである。
「そーいや、かなり前のニュースでやってたなあ。精霊はある程度の自我を持っているって説。あれってホントなんですかね」
「精霊は今のところ人類の手に余る存在ですから。千年の歴史を持つ魔術でさえも精霊を操ることはできないし、エレメンタルコンデンサーでどうこうできる代物ではじゃないですけど」
「でも『インペラートル』なら大丈夫なんですよね?」
「……まあ、そうでしょうね」
歴史学からアプローチした魔術史研究の定説によると、インペラートルは精霊を自由自在に使役できたとされている。風化しつつある過去の文献を読み解く限り、精霊を使役していたとされるたった一人でインペラートルは世界を滅ぼしかねない力を有していたという。尤も、インペラートルが存在していたという科学的な確証はなく、定説の根拠である文献が後世によるでっち上げという説も有力だ。
「でももし精霊を石油のようにエネルギーにできたら、それって凄いことなんですよね?」
「人類が手を出せない唯一のエネルギー、未知のエネルギーですから間違いなく技術革命が起こるでしょうね。一匹の精霊で世界中の消費エネルギー約二年分を賄えるという研究論文もあるくらいですから」
それは凄いなあ、レオは感嘆した。
「でも俺のばあさんは精霊の研究に反対してるんですよ。ばあさんは熱心なロムレス教徒だから」
「ロムレス教は精霊を神と同視して崇めていますから、研究の対象とするには議論があるのは事実です。最近じゃ『人は神を利用しようと考えてはならない』と、各国の精霊研究機関や研究者個人、精霊研究を容認している知識人にテロ攻撃を仕掛けている過激派組織も出現してますから。そう言う意味でならあたしはマルクスでは嫌われ者かも知れませんね」
噛みしめるように言うソフィア。
「一応、俺警官だけど、マルクスじゃあ過激派の話はなかなか聞かないですよ」
「そうですね。マルクスはロムレス教の国ですから国単位で精霊研究を否定しています。この街は信仰心が向上心に勝る。しかし他の国ではそうもいかないんですよ。我が祖国ヘルティアは無論、アナフィエルやその他各国では精霊研究は国家プロジェクトです。過激派の攻撃も散発しているんですよ。まあ、あたしはこうやって魔術文献を扱う職業なので、よく過激派と遭遇します。だから銃が必要なんです。殺されたら魔術文献を盗られてしまいますから。たかが魔術文献の運搬でも国家公安に関わる任務です」
「それ、マルクス人の俺に言っていいわけ?」
「あなたに殺される程度なら調査官を拝命できません。試しにやってみますか?」
ソフィアは皮肉めいた笑みを浮かべた。一方、レオは裏路地でのソフィアの立ち回りを思い出す。
「図書館の調査官と過激派がね……」
そう言われても、レオには想像できなかった。本の整理を職務とする職員が過激派と戦争していると聞いて、すぐに信じる人は果たしているのだろうか。
「信じてないでしょ?」
「いやさ、いやいや。信じます信じますとも」
まあ、無理もありません。ソフィアは薄く笑った。
「マルクスは平和ですから。ヘルティアでは考えられないくらい」
そうなんですか。
そしてレオの呟きはソフィアに届くことはなかった。レオの声はワゴン車が分署の壁を突き破ってきた爆音にかき消された。静かなホールに轟音が響き、ガラス片が散弾銃のように飛び散った。反射的にソフィアはレオを引き倒し、自らも伏せた次の瞬間、銃声が響き渡った。これ見よがしに襲撃者たちは弾丸を見境無しに撒き散らす。毎分数一〇〇発の弾丸が不意をつかれた市民と警官を薙ぎ倒し、受付職員の頭を吹き飛ばした。ソフィアはレオをカウンターの内側に引きずり込んだ。警察署だけあってカウンターは頑丈に出来ている。それを盾にして弾丸から身体を守る。
「あわわわわ……」
狼狽えながらも、レオは腰から拳銃を引き抜いた。もうすでに何人かの警官が遮蔽物越しに応戦していた。自動小銃を持つ襲撃者の一団に拳銃では勝ち目はない。しかし警官たちは勇猛果敢に応戦していた。
「何なんだよ、あいつらッ!!」
毒を吐きながらレオはカウンター越しに引き金を引く。
「多分、狙いはあたしとこれです」
ソフィアは足下の旅行鞄を小突く。
「はァ!?」
銃声に紛れて悲鳴が聞こえてくる。ビスビスと銃弾がカウンターを軋ませる。襲撃者たちは徹底的に目撃者を潰すつもりでいるらしい。足音や話し声を聞く限り、相手は五、六人だ。ここまで徹底的に目撃者を殺しているところをみると、手慣れた犯行だとレオは勿論、ソフィアは感じていた。
「彼らがロムレス原理主義者、過激派です。精霊研究阻止のためなら彼らは平気で人を殺します。本当は場所が場所だけに速やかに出国する手筈になっていたんですが……」
こんな状況でもソフィアの淡々とした口調は変わらない。だから身分を明かしたくなかったのだ、ソフィアは小さく舌打ちをする。教皇庁と過激派の指導者が繋がっていてもおかしくない。そして考えられるルートは教皇庁だけではない。警察内部に過激派のシンパがいないとは限らない。それをあの刑事課長や分署長が大騒ぎしたからソフィアの存在、ひいては魔術文献の情報が過激派に伝わってしまったのだ。
ヘルティア政府関係者という立場上、ソフィアはヘルティア国外で銃を抜く訳にはいかない。横目で隣を見る。そこには、ただひたすら狼狽えているレオがいた。拳銃を握っているが、手が震えていた。運良く難を免れた警官たちが、襲撃者と一進一退の攻防を繰り広げているが、いくら訓練を積んだ警官とは言え、拳銃だけを頼りに戦うのは分が悪い。今はまだ互角だが、そのうち自動小銃を操る襲撃者らに圧されてしまうだろう。
仕方がない。正当防衛だ。そう言い聞かせ、立派な遮蔽物の中でソフィアは古語を口にした。両手首に填めているハングルが鈍く軋んだ。ぎりぎりと頭が痛む。心臓が握りつぶされたような苦しみがソフィアを蝕むが、それでもソフィアは掌の上にごつごつしたソフトボールのような物体を作り出す。魔術で創り出したそれは、水で出来ており、ぐるぐると不気味に蜷局を巻いていた。
「お、おい……。そ、そんなもんでどうするつもりだよ。銃で武装してんだぞ……」
魔術は、あくまで生活を豊かにするだけの道具に過ぎない。魔術で人が殺せないわけではないが、ナイフを使った方が効率的であることは周知の事実、常識だった。数人も人を動かしてようやく発動できる超大規模術式や魔術文献を使うなら話は別だが、人一人が扱う魔術で人を殺すのは難しい。銃火器で武装したテロリストをしとめる力は魔術にはない。
「あたしは、ちょっと、特異体質なので……」
頭痛と吐き気に悩まされながら、ソフィアはそう言った。レオがその真意を追及する前に、彼女はあたかもゴミを捨てるような手付きでカウンターの外へ水玉を投げ捨てた。襲撃団の誰かが何かを叫ぶが、もう遅い。
次の瞬間、ポンと気の抜けたような炸裂音が響く。
鋭いが、一方でそれほど破壊力のない爆風が吹き荒れた。ソフィアが投げた水爆弾は、爆風で人を吹き飛ばすようなタイプではない。破片で人を確実に死に追いやるタイプの爆弾だった。炸裂すると剃刀のような鋭い水滴が四方八方に飛び散る仕組みになっている。
静かになったことを確認すると、ソフィアは一息付いた。不快感も収まった。レオと共にカウンター越しに戦場をのぞく。ソフィアは特に警戒はしていなかった。カウンターの外は燦々たる有り様だった。誰が誰だか分からないような死体がたくさん転がっていて、至る所で血溜まりが出来ている。辺り一面血の臭いで満ち溢れ、射殺された後にソフィアの水爆弾で傷付けられた死体は見られたものではない。隣でレオが激しく嘔吐していた。
ソフィアはカウンターから外に出た。死体を一つ一つ確認し、生存者がいないことを確認する。ぱたぱたと生き残った警官たちが集まってきた。
「……『神精教団』」
ソフィアは襲撃者の死体の前で、ぼそっと呟いた。警察に情報源があるということは大きな組織に違いない。となると思い当たるのはマルクス教皇庁ともパイプを持つとされるロムレス原理主義、神精教団しかない。神精教団は世界中に支部を持つ世界最大の過激派組織で、シンパは世界中に散らばっている。シンパが分署にいても何ら不思議ではない。それにマルクスはロムレス教の総本山。市民の信仰心が厚いため、過激派に対してある程度の理解を示す市民もいる。神精教団にとっては格好の隠れ場所と言うわけだ。
「こ、これが……」
少し回復したレオがソフィアに歩み寄る。
「彼らのような過激派から魔術文献を守る、それがあたしたち図調四課の役目です」
そこそこ長めのお話になると思います。最後まで気長にお付き合い頂ければ幸いです。恐惶敬白。