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あすかの幸せについて第一章題「白いマフラーの冬」  作者: こうた


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19/20

第19話 最後に、もう一度だけ

その日は、何の前触れもなく訪れた。

あすかは、仕事を終えた帰り道。

ふと、足を止める。

目の前には、あの店。

(……少しだけ)

理由はない。

ただ――

会える気がした。

扉に手をかける。

カラン。

静かな音が響く。

中に入る。

そして――

いた。

カウンターの端。

見慣れた背中。

一瞬、呼吸が止まる。

しょうたろうも、ゆっくりとこちらを見る。

驚きと。

少しの、戸惑い。

そして――

どこか、納得したような表情。

「……こんばんは」

あすかが、静かに言う。

「……こんばんは」

それだけで、十分だった。

隣に座る。

距離は、前と同じ。

けれど――

もう、戻れない距離。

それを、お互いが分かっていた。

グラスが置かれる。

しばらく、言葉はない。

けれど、不思議と苦しくはなかった。

静かで。

穏やかで。

どこか、終わりを受け入れている空気。

「……久しぶりですね」

しょうたろうが言う。

「……はい」

短い返事。

それでも、少しだけ笑ってしまう。

その笑いが、どこか懐かしい。

「……元気でしたか」

「……はい」

同じ会話。

けれど、今は少しだけ違う意味を持っている。

あすかは、グラスに口をつける。

「……考えてました」

ぽつりと、言葉を落とす。

しょうたろうは、黙って聞く。

「この時間のこと」

「一緒にいた時間のこと」

ゆっくりと、言葉を選ぶ。

「……すごく、大事だったなって」

その一言に、彼の視線がわずかに揺れる。

「自分もです」

すぐに返ってくる言葉。

それだけで、少しだけ胸が軽くなる。

「……今も、好きですか」

あすかは、少しだけ驚く。

けれど――

逃げなかった。

「……はい」

はっきりと、答える。

「しょうたろうさんは?」

彼は、少しだけ笑う。

「同じです」

その言葉に、胸が締めつけられる。

嬉しいのに。

苦しい。

「……でも」

同時に、同じ言葉が出る。

ふたりで、少しだけ笑う。

「……でも、ですよね」

しょうたろうが言う。

「……はい」

あすかも頷く。

その“でも”の意味は、同じだった。

好きな気持ちはある。

けれど――

同じ未来を、同じ形で見られていない。

それが、すべてだった。

沈黙。

けれど、それは穏やかだった。

「……あすかさん」

「はい」

「会えて、よかったです」

その言葉に、胸が温かくなる。

「……私もです」

それは、本心だった。

もし、会わなければ。

きっと、どこかで引きずっていた。

けれど、今は違う。

ちゃんと、終わらせられる。

「……楽しかったです」

あすかが言う。

「この冬」

しょうたろうは、静かに頷く。

「自分もです」

その一言に、すべてが詰まっていた。

立ち上がる。

店を出る。

外は、少しだけ暖かくなっていた。

冬の終わり。

並んで歩く。

けれど――

手は、繋がない。

それでよかった。

それが、正しい距離だった。

分かれ道。

最後の場所。

足が止まる。

「……ここですね」

「……はい」

少しの沈黙。

けれど、もう迷いはなかった。

「……ありがとうございました」

あすかが言う。

「こちらこそ」

しょうたろうが答える。

その言葉が、すべてだった。

少しだけ、視線を合わせる。

それだけで、十分だった。

「……お元気で」

「……あすかさんも」

小さく、笑う。

それが、最後だった。

背を向ける。

歩き出す。

今度は、振り返らない。

振り返らなくても、分かっていた。

終わったこと。

そして――

大事な時間だったこと。

白いマフラーが、風に揺れる。

その温もりは、もう過去のもの。

けれど――

確かに、そこにあったもの。

消えることはない。

冬が、終わる。

そして――

あすかは、また一人で歩き出す。

少しだけ、前より軽い足取りで。

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