第18話 離れて知る温度
連絡は、途絶えたままだった。
意図的に切ったわけではない。
けれど、どちらからも送らない。
それが、ふたりの選んだ“距離”だった。
朝起きる。
仕事へ行く。
帰って、食事をして、眠る。
変わらない日常。
けれど――
どこか、静かすぎる。
あすかは、スマートフォンを手に取る。
画面を開く。
何もない。
分かっている。
連絡が来ていないことくらい。
それでも、確認してしまう。
(……こんなだったっけ)
少し前まで。
たった一言でも、やり取りがあった。
「お疲れさま」
それだけで、少しだけ心が軽くなっていた。
今は、それがない。
ただ、それだけのこと。
それなのに――
思っていた以上に、大きい。
夜。
無意識に、あの店の前まで来てしまう。
立ち止まる。
(……やめよう)
扉には手をかけない。
会わないと決めたわけじゃない。
けれど、今はまだ違う気がした。
引き返す。
その足取りが、少しだけ重い。
部屋に戻る。
静かな空間。
時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。
ソファに座る。
ふと、首元に触れる。
白いマフラー。
(……これ)
あの夜。
彼がかけてくれたもの。
その温もりを、まだ覚えている。
「似合ってますね」
その言葉も、一緒に蘇る。
(……どうして)
離れて、はっきりする。
一緒にいたときは、分からなかったこと。
当たり前だった時間。
当たり前だった温度。
それが、どれだけ大きかったのか。
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
(……会いたい)
その気持ちが、はっきりと形になる。
けれど――
すぐに、別の気持ちが浮かぶ。
(……でも)
また同じことになるかもしれない。
また、すれ違うかもしれない。
その怖さが、足を止める。
同じ頃。
しょうたろうも、同じような夜を過ごしていた。
仕事を終え、帰る。
ふと、スマートフォンを見る。
何もない。
分かっている。
それでも、どこかで期待してしまう。
(……送ろうかな)
そう思う。
けれど――
「距離を取りたいです」
あすかの言葉が、浮かぶ。
(……今じゃない)
そう思い直す。
ベッドに座る。
部屋は、静かだった。
何も変わっていないはずなのに。
どこか、足りない。
(……あの時間)
ふと、思い出す。
店での時間。
外での時間。
何気ない会話。
繋いだ手。
(……楽しかったな)
その一言が、やけに重い。
そして、同時に気づく。
(……まだ、好きだ)
はっきりとした感情。
変わっていない。
むしろ、少し強くなっている。
けれど――
(……どうすればいい)
答えは、出ない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
冬の夜。
ふたりは、別々の場所にいる。
同じ空の下で。
同じように、考えている。
けれど――
まだ、交わらない。
距離は、確かにある。
けれど。
その距離の中で――
お互いの想いだけは、少しずつはっきりしていった。
それは、失いかけて初めて分かるものだった。




