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あすかの幸せについて第一章題「白いマフラーの冬」  作者: こうた


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16/20

第16話 もう一度、同じ場所で

それは、偶然だったのか。

それとも――

どこかで望んでいたのか。

その夜、あすかはまたあの店に来ていた。

特別な理由はない。

ただ、足が向いてしまっただけ。

カラン、と扉の音。

変わらない空気。

変わらないカウンター。

そして――

そこに、彼がいた。

一瞬、時間が止まる。

しょうたろうも、こちらに気づく。

驚いたような表情。

けれど、すぐに視線を逸らす。

あすかの胸が、わずかに痛む。

(……いる)

それだけで、嬉しいはずなのに。

同時に、どうしていいか分からなくなる。

少しだけ迷ってから、隣の席に座る。

距離は、前と同じ。

けれど――

空気は、まるで違っていた。

「……こんばんは」

あすかが小さく言う。

「……こんばんは」

彼も、同じように返す。

それだけ。

それ以上の言葉が、続かない。

グラスが置かれる。

けれど、手を伸ばすまでに少し時間がかかる。

沈黙。

前なら、心地よかったはずの沈黙。

今は、少しだけ重い。

「……久しぶりですね」

しょうたろうが言う。

「……そうですね」

何日ぶりか。

正確には分からない。

けれど、体感ではもっと長く感じる。

「……元気でしたか」

「……はい」

短い会話。

どこか、よそよそしい。

(……こんなだった?)

少し前まで、あんなに自然だったのに。

その違いが、胸に刺さる。

しばらくして。

しょうたろうが、グラスを見つめながら言う。

「……あのときのこと」

あすかの手が、わずかに止まる。

「……はい」

「ちゃんと話してなかったなって」

その言葉に、少しだけ息が詰まる。

「……私も、そう思ってました」

やっと、言葉が重なる。

しょうたろうは、ゆっくりと顔を上げる。

「自分……」

少しだけ間を置く。

「焦ってました」

その一言は、まっすぐだった。

「もっと近づきたいって思って」

「それが、当たり前だと思ってました」

あすかは、静かに聞いている。

「でも……」

彼は続ける。

「それを押し付けてたのかもしれません」

その言葉に、胸が締めつけられる。

「……そんなこと」

否定しようとして、言葉が止まる。

完全に違うとは、言い切れなかった。

「……あすかさんは」

彼が、ゆっくりと問いかける。

「どう思ってましたか」

その問いは、逃げられないものだった。

あすかは、視線を落とす。

(……どう思ってた?)

答えは、ある。

けれど――

それを言葉にするのが、怖い。

それでも。

逃げたくなかった。

「……好きです」

ぽつりと、言葉が落ちる。

しょうたろうが、わずかに息を止める。

「……今も」

その一言を、続ける。

「一緒にいると、安心します」

本当の気持ち。

けれど、それだけでは足りないことも分かっている。

「でも……」

また、その言葉。

「……同じ気持ちで、同じ速度で進めてるかって言われると」

ゆっくりと、顔を上げる。

「……分からないです」

沈黙。

その沈黙が、答えの一部になっていた。

しょうたろうは、少しだけ目を閉じる。

そして――

「……正直で、いいと思います」

その言葉は、優しかった。

けれど、どこか寂しさも含んでいた。

「自分は……」

彼が続ける。

「もう少し、先を見てました」

その言葉に、胸が静かに痛む。

(……やっぱり)

分かっていたこと。

けれど、こうして言葉になると、はっきりしてしまう。

「……すみません」

あすかが言う。

「どうして謝るんですか」

彼は、少しだけ笑う。

「好きな気持ちは、同じなんですよね」

「……はい」

「それだけで、十分だったはずなのに」

その言葉は、自分に向けたもののようだった。

ふたりの間に、静かな空気が流れる。

もう、以前のようには戻れない。

けれど――

まだ、終わってもいない。

その曖昧な状態が、一番苦しい。

「……あすかさん」

「はい」

「このまま続けるのか」

少しだけ間を置く。

「少し距離を取るのか」

その問いは、選択だった。

避けられない、一歩。

あすかは、答えられなかった。

すぐには。

けれど――

考えなければいけないことだけは、分かっていた。

冬の夜。

ふたりは、同じ場所にいる。

けれど――

同じ未来を見ているとは、限らなかった。

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