第15話 遠ざかる日常
あの日から。
ふたりの間に、はっきりとした変化が生まれていた。
連絡の頻度が、少しずつ減っていく。
「おはよう」も、「お疲れさま」も。
気づけば、どちらからも送られなくなっていた。
理由は、分かっている。
あのときの会話。
あの沈黙。
それを、どちらも引きずっている。
あすかは、スマートフォンを見つめる。
画面は、何も変わらない。
通知も、メッセージもない。
(……送ろうかな)
何度もそう思う。
「元気ですか」
それだけでいい。
けれど――
指が、止まる。
(……なんて送ればいいの)
軽すぎても、重すぎてもいけない気がする。
考えすぎて、何も送れない。
そのまま、画面を閉じる。
一方で。
しょうたろうも、同じようにスマートフォンを見ていた。
(……連絡、来ないな)
自分から送ることもできる。
けれど――
「無理してませんか」
そう聞いたときの、あすかの表情が浮かぶ。
(……追いすぎたかもしれない)
そう思うと、指が止まる。
送らない理由と。
送れない理由。
それが、少しずつ積み重なっていく。
時間だけが、過ぎていく。
数日後。
あすかは、久しぶりにあの店の前に立っていた。
(……どうしよう)
入るか、帰るか。
しばらく迷う。
けれど――
扉に手をかける。
カラン、と音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
変わらない空気。
変わらないカウンター。
けれど。
彼はいなかった。
それだけで、胸の奥が静かに落ちる。
席に座る。
グラスが置かれる。
いつものはずの時間。
けれど、何かが足りない。
(……こんなに違うんだ)
あの人がいないだけで。
こんなにも、空っぽになる。
グラスに口をつける。
味は、いつもと同じはずなのに。
どこか、違って感じる。
その頃。
しょうたろうは、別の場所にいた。
あの店ではない。
理由は、自分でも分かっている。
(……会ったら)
また、同じことを考えてしまう。
距離を詰めたくなる。
それを抑える自信がなかった。
だから――
行かない。
それが、今できる選択だった。
けれど。
その選択が、距離を広げていることも分かっていた。
夜が深くなる。
あすかは、店を出る。
外は、冷たい風。
白いマフラーを巻き直す。
その温もりが、少しだけ遠く感じる。
(……どうして)
好きなはずなのに。
大事にしたいはずなのに。
うまくいかない。
歩き出す。
ふたりの距離は、目には見えない。
けれど確実に、離れていく。
連絡が減り。
会うことも減り。
それでも、終わったわけではない。
ただ――
静かに、離れているだけ。
冬の夜。
その冷たさが、少しずつ現実をはっきりさせていく。
ふたりはまだ、同じ空の下にいる。
けれど――
もう、同じ時間の中にはいなかった。




