第10話 昼の光の中で
約束をした日。
それは、いつもの夜ではなく――昼だった。
あすかは、鏡の前に立っていた。
何度も服を見直す。
落ち着いた色のコート。
派手すぎない靴。
少しだけ整えた髪。
(……これでいい)
そう思っても、どこか落ち着かない。
胸の奥が、静かにざわついている。
昼に誰かと会う。
それだけで、こんなにも違うものなのか。
夜とは違う、隠れられない時間。
光の中で向き合う時間。
待ち合わせ場所に向かう。
冬の空は澄んでいて、空気が少し冷たい。
それでも、太陽の光がやわらかく街を照らしている。
少し早く着いてしまった。
時計を見る。
まだ約束の時間には少し余裕がある。
それでも、落ち着かない。
視線が、何度も人の流れを追ってしまう。
「……あすかさん」
後ろから声がした。
振り向く。
しょうたろうが、そこに立っていた。
夜とは違う姿。
自然な私服。
少しだけ柔らかい雰囲気。
それだけで、少しドキッとする。
「……こんにちは」
「こんにちは」
短い挨拶。
けれど、そこに含まれるものは多かった。
「待ちました?」
「……少しだけ」
「すみません」
そう言って、少しだけ笑う。
並んで歩き出す。
昼の街は、人が多い。
賑やかで、現実的で、少しだけ落ち着かない。
「……昼に会うの、初めてですね」
あすかが言う。
「そうですね」
しょうたろうも頷く。
「なんか……少し緊張します」
その言葉に、あすかは少しだけ笑う。
「……私もです」
目的は決めていた。
近くのカフェで、ゆっくりする。
それだけ。
けれど、それで十分だった。
店に入る。
温かい空気。
コーヒーの香り。
窓際の席に座る。
「何にします?」
「……お任せします」
そう言うと、しょうたろうは少し考えてから注文する。
その姿を見ながら、あすかは思う。
(……こういうの)
悪くない。
注文したものが運ばれてくる。
湯気が立つ。
その温かさに、少しだけ緊張がほどける。
「……夜と違いますね」
あすかがぽつりと言う。
「何がですか?」
「……ちゃんと見える感じがします」
その言葉に、しょうたろうは少しだけ笑う。
「逃げられないですね」
「……はい」
少しだけ視線が合う。
すぐに逸らす。
会話は、少しぎこちない。
けれど、それが逆に新鮮だった。
夜とは違う距離。
昼の光の中で見る相手は、どこかリアルで。
そして――
少しだけ、近い。
「……あすかさん」
「はい」
「今日、来てくれてありがとうございます」
その言葉に、胸が温かくなる。
「……こちらこそ」
少しずつ、会話が自然になっていく。
仕事の話。
好きな食べ物。
休日の過ごし方。
今まで話してこなかったこと。
それを、少しずつ知っていく。
「……あすかさんって」
しょうたろうが言う。
「思ってたより、よく笑いますね」
その言葉に、少し驚く。
「……そうですか?」
「はい。夜は、もう少し静かな印象だったので」
あすかは、少しだけ考える。
確かに、そうかもしれない。
夜は、どこか守っていた。
けれど――
今は違う。
「……楽しいから、かもしれません」
その言葉に、しょうたろうは少しだけ目を細める。
「自分もです」
店を出る。
外の光が、少しだけ眩しい。
「少し、歩きますか」
「……はい」
並んで歩く。
昼の街。
夜とは違う景色。
けれど、隣にいる人は同じ。
ふと、手が触れる。
一瞬だけ。
けれど――
自然と、繋がる。
昼の中で手を繋ぐ。
少しだけ恥ずかしい。
けれど、それ以上に――
嬉しい。
「……あすかさん」
「はい」
「こういうの、いいですね」
「……はい」
太陽の光の中で。
人の流れの中で。
それでも、ふたりの世界は確かにあった。
夜に始まった関係が。
昼の光の中で、少しずつ形を持っていく。
それは、ただの感情ではなく。
確かに、“現実”になり始めていた。
冬の空の下。
ふたりは、同じ歩幅で歩いていた。




