8 西の探索
西海岸、転位陣を乗せたドローンの中で一番南に待機していた場所に転移した。
期待に胸が膨らんでいた異空間の新たな住人達は、喜び勇んで異空間から飛び出し、目の前が海なのを見て腰を抜かすほど驚いている。
ルシオも外に出て、ドローンを回収し周りを見まわしたが、海と砂浜があるだけで人工物等見付からない。
「そうちょくちょく人の住む場所が見付かるはず無いわ。それにしても、ここは随分広い遠浅の海岸ね」
「これはなんていう湖だ? 余りにもでっかくて対岸が見えねえ……」
「おいらはこの水の音が何だか怖い……」
ザザーッザザーッと言う、寄せては返す波の音が怖いという。
獣人達は初めて海を見たようだ。海の水を飲んで、顔をしかめ「これは毒だ」と口々にしゃべっている。
「これは海と言うんだ。海水には塩分か含まれている。この海水で塩を作れるぞ」
塩は錬金術で確保出来るのだが、海の水から取り出すことも出来る。彼等に錬金術のデモンストレーションをしてみせることにした。
錬金術の基礎だから、簡単に出来上がる。異空間の錬金部屋で作って見せた。出来上がったのは、水分を抜いただけの不純物がたくさん入ったままの塩だ。ルバレロの塩田では、大がかりな施設が出来上がっていて、今では新しい街の産業になっているようだ。
「サラサラのこの粒が塩か?」
「今まで君達が使っていたのは岩塩かい?」
「そうだ、山の商人が持ってくるんだ」
「えっ! 何処から……」
そう言えば獣人族の砦に行ったとき、ソフィアが商人と言って簡単に受入れられたのだった。と言うことは、他の種属と定期的に取引があったと言うことだ。
――あの山脈の麓にも人の住む国か街があったのか。
「山から来る商人は人族か?」
「いや、山羊獣人だ。彼処は熊と猿、それにトカゲ獣人もいるそうだ。俺達は行ったことは無いが」
「そうだったのか……今度行ってみないとな」
妖精達が外に出て海を見たがったので、ここで二,三日時間を潰すことにした。
アダ王は、海を眺め感動している。
「世界は広いな。今まで知ることが適わなかったが……私達には住むことが出来ない不毛の地だがな」
妖精達も異空間の入り口近くから、恐る恐る周りを見ては直ぐに異空間に戻るを繰り返している。
魔素が薄すぎて長く外にいられないのだろう。
ソフィアにはフライトモービルに乗って近辺の探索をしてもらっている。ルシオは妖精達が海を見たがるのでここから動けないでいた。
探索をして二日後、転位陣を敷くのに良い場所が見付かったと言ってソフィアが帰ってきた。
「岩山があったの。天辺が平たい面白い形の岩山よ。其処に建物を建ててドローンを置いてきたから」
「君が転位陣を敷いても良かったのに」
「取り敢えず行きましょう。ルシオが見て大丈夫だったら改めて転位陣を敷くから」
海から遠ざかり、ソフィアが見付けた場所に転移した。確かにここはしっかりした地盤だ。其処に転位陣を敷き、異空間で地図を出し、転位陣の場所をマークしておく。
ルシオ達が出した地図を見てアダ王は、
「これが、グランデ大陸か」
そう言って北の地を手でなぞるようにしている。
「アダ王。言い伝えでは、あなた方は北に住んでいたと言うことですが、本当ですか?」
「その通りだ……そこは私達の原点。今は帰ることが適わなくなってしまった……精霊達が統べる聖なる地だったそうだ」
其処は火の精霊サラマンドラのお陰で気候は暖かく。風の精霊シルヴァが国中に暖かい風を循環させ、土の精霊ゲ二ウス・ロキによって土は肥え、貴重な鉱物が地表に現れる。水の精霊ニュンバは絶えずアルマを補充してくれる。
数多の妖精達は其処で何不自由なく暮らしていたという。
――まるで、エデンの園だな。
「其処には獣人も人族も入り込めない様に結界が張られ、アルマが溢れる場所だった。国中に妖精の道が張り廻らされて自由に行き来が出来ていたそうだ。エルフ達は其処の王族として君臨していた。だが何時の頃からか精霊達の気性が荒くなり諍いが絶えなくなった。今まで住みよい理想郷だった北の地は、天変地異が度々起こるようになって仕舞った。時の王サバ・モーンストウルオは、北の地より外に妖精達を分けて避難させようと御決断なさった。各所に飛び地をお造りになる政策を打ち出したのだ。その手始めとして造ったのが、今我々の住む精霊国だ」
アダ王の祖先はモデルケースの、この精霊国を任されていた。妖精の道で北の地との行き来は出来ていたが、精霊達の諍いが更に激しくなってきた。数千年の戦いの後、精霊達の力は弱り、細切れになって世界中に散らばったのだという。そして妖精の道も閉ざされてしまった。
「力を細切れにされた精霊達は、もう嘗ての力は発揮できなくなってしまった。私達の呼びかけにも答えてくださらなくなった……北の地は氷に被われ、戦いの余波でグランデ大陸は形を変え、多くの生きものたちが滅した。その内、我々妖精族も滅びる運命なのだろうか」
「そんなことは神は望んでおられないはずよ。若しかして、他にもサバ王が造った飛び地があるかも知れないわ。この旅で他の妖精達の避難所が発見できるかも知れないでしょう」
ソフィアの慰めを聞き、アダ王はかすかに微笑んで寂しそうに呟いた。
「ありがとう。だが、それはあり得ない事なのだ……」
――それまで仲良くやっていた精霊達は、何故争うようになったのだろう?
【それは、神の手によるものだ。精霊達は、自分の庇護する者達を大事にする余り、他の種属には力を使わなくなったのだ。地に満ちよと、神は命をお造りになった。その助けをするために精霊達は造られたのに、彼等は与えられた力を偏って使ったのだ。その為神によって罰せられ、力を分散させられたのだ。彼等は今、自我が薄れ、神の傀儡に成り果てた】
「傀儡だって! 神がその様なことをしたのか!」
【自我が無くなるというのは最大の罰じゃ。彼等の罪はそれほど重い。力ある者は罪が重くなると教えたであろう】
ルシオは転位陣を回収しながら、新たな転位陣を敷き西沿岸部を廻っていった。初めの頃は獣人達や妖精達は珍しそうに外へ出て見て回っていたが、代わり映えのしない景色に飽きてしまったようだ。
彼等は、異空間から出なくなってしまった。そのお陰でルシオ達の探索は捗っているのだが。
西北の最後のドローンを回収したとき、人族の村が散在しているのを発見した。
しかしそこに居た人族はまるで野人のような生活をして居た。森の近くに住み、採取や狩猟、細々と農耕をして生きている。言葉はグランデ大陸語の片鱗があったので、嘗ての難民の生き残りだろうと察せられたが、彼等には魔力は感じられなかった。
「彼等のことはそっとしておきましょう。これから数十年後には文明が芽生えるかも知れないわ」
「そうだな、森の中に転位陣を敷いておく。そうすれば何れまた魔導師達が来て交流が出来る様になるかも知れない」
西の地は獣人の村が所々に在ることが分かった。大陸の西は獣人が太古の昔から住んでいたのだろう。何故か、獣人達は外の獣人達とは交流しようとはしなかった。
理由を聞くと、言葉が通じないと言った。精霊の国の獣人達は精霊語を話すが、離れて居る獣人達はそれぞれ独自の獣人語を話して意思の疎通が上手くいかないという。
山から来る山羊獣人の商人は辛うじて片言精霊語を話セて居るため商取引が出来るのだという。
「獣人の中には好戦的な種族もいるから、近づかない方が良い」とも言われた。
嘗てグランデ大陸は、東や中央は人族。西は獣人族、北は妖精達という風に棲み分けられていたようだ。
探索の間、ルシオの異空間ではチョットした問題が起こっていた。
放たれた獣たちが大量に増えてしまったのだ。魔素が濃い場所では命が芽生えるサイクルが早まるという結果が分かった。
バーリョの子供達も増え、今では数十頭の馬が群れている。
「土地は広いから別に気にしなくても良いかもしれないけど、自然淘汰もしないし、獣の寿命も長くなっている見たい。獣を狩る大型獣も居ないのでは、これから先が心配だわ。不用意に獣たちをつれて来てしまってはいけなかったのかしら……」
「肉食獣を連れてこようか?」
「もしバーリョ達が食べられたらどうする? 獣人達は強いから大丈夫そうだけど、妖精達には危険ではなくって?」
「結界を張ればいいじゃ無いか。他の獣たちには結界の外の地域に住んで貰う」
――ご先祖様。それで良いかな?
【自然に手を加えるのは大変だぞ。儂に任せなさい。良いようにしてやる】
ご先祖様が何とかしてくれるというのでお願いすることにした。
この頃では異空間では普通の街のような様相を呈してきた。街では鍛冶屋や、洋服を作る者や、農業を営む者達に別れ、それぞれが物々交換で営みを続けている。まるで昔からここに街があったかのように自然だった。
王の警護でここに来たはずの獣人達はそれぞれ自分達の仕事を見付け、王の警護は形骸化して仕舞っている。
ルシオ達も、街から食物を仕入れたり、服を作って貰ったりと全く不便はなくなったのだ。
「移動する街か。これはこれで面白いな」
「街と言うよりは国だな。その内に人口が増えて、ここだけでは収まらなくなりそうでは無いのか?」
王がそういうのを聞きルシオは絶句した。
「……まさか、そんなはずは……」
「ルシオ、大げさではないのよ。いつの間にか獣人達は子供が出来て三割人口が増えて来ているの」
獣人達は一度に複数の子をもうけるそうだ。これではあっという間に人口が膨れ上がってしまうのではないだろうか。
「え! もう子供が出来たの? え、と、妖精達はどうなのですか王様」
「妖精達の一部の者は増えたな。ハーフリング達やコボルト、ケットシーなどは番う。エルフなど精霊に近い種属は精霊樹から生れるため増えてはおらん。ここには精霊樹は無いからな」
衝撃の事実だった。そう言えば、エルフは男女の区別がつきにくいと思っていたが、王が教えてくれたことによると、そもそも男女と言う性の違いは存在しないという。エルフや精霊に近しい妖精達は単一の性だそうだ。
たった数ヶ月でこんなに増えてしまった。アダ王は数十年はここに居ると言う。その間どれだけ人口が増えるのか。ルシオは焦った。
南の探索は後回しにしてルシオの異空間の探索をすることにした。増えた獣人や、妖精達の新たな住処が必要だ。
転位陣は敷いてあるので直ぐに探索は終わるはずだ。ルシオの異空間の何処かにあるかも知れない湖を探して、其処に魔水晶を沈めて置けば、これから万が一妖精達が増えすぎても、大丈夫だろう。ルシオは何百本も魔水晶を用意し、今は、ソフィアの異空間で纏めて浄化している最中だ。
穢れが残っていれば、この異空間にいる獣たちが魔物化して仕舞うかもしれない。十分に時間を掛けて穢れを取り除かなければならない。
アダ王は、ルシオが新たな精霊の湖を作ると聞き、こう言った。
「私は一時、精霊国へ戻る。それまでここを頼む」
そう言ってサッサと転移して行ってしまった。
「何だよ、無責任だな。妖精達の間に問題が持ち上がったらどうすれば良いんだ」
「何かお考えがあるんでしょ。問題なんて起きるはず無いわ」
「そんなこと言っても、エルフの時間感覚はズレている。少しの間が何年にも渡るとは考えないのか?」
「……そんなにここを離れて居るかしら」
「兎に角何も問題ないことを祈ろう」




