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7 精霊の国の事情

「ブルホ神殿長。其方達の国では魔法というのが活躍しているそうだが」

「はい。嘗て、グランデ大陸より渡りし魔法使い、サンティシマ・ロペスによって齎された魔法理論に基づき、我々は一千年余りの時を経て、この魔法理論を更に発展させ確固たるものとしました」

「たった一千年で、これほどの発見をして発展したとは……人族とは儚いながらも素晴らしい種属だな」

 エルフの王、アダ・モーンストウリオは神殿長の話を聞き、そう言った。彼等にして見れば一千年など長い年月とは言えないのだ。

 妖精によって異なるが、短いものでも三百年ほどの寿命だそうだ。エルフに至っては数千年生きるという。

 ただ、それには条件がある。彼等の命の水と言われる精霊水が不可欠だそうだ。精霊水を飲むことは命を飲むのと同じだという。他の妖精達は食物も取るが、エルフ達は殆ど精霊水のみで生きているそうだ。

 精霊水とはすなわち浄化された魔素だ。彼等の身体は殆ど魔素で出来ていると言って過言ではない。

 妖精達は獣人や人族とは違う理で生きているのだ。

 彼等が住む精霊の国は、魔素を閉じ込め妖精達が住めるようにした異空間と似た造りになっていると教えられた。

「我々は精霊国から長く離れては生きられないのだ。この異世界を訪問した私は、生れて初めて余所の世界を見たことになるのぉ。暫くここに滞在をしたい、なに手間は取らせぬ。ほんの数十年ほどだ」

 王の言葉を聞きルシオは固まった。

 ――数十年だって! それまで僕はここに縛り付けられると言うことか。

 ルシオの異世界は、ルシオと連動しているのだ。ルシオは困り果てた。

「王様、私の主人には使命があります。この大陸を隈なく周り、調査するという使命です。ここに数十年は留まれません」

 ソフィアは、そう言って弁護してくれたが、王は

「それは良き事じゃ。私も一緒に見て回ろうではないか」

「王様。精霊国の民は僕が王様を拉致したと怒ってしまいます」

「たった数十年私が居ないとしても我が国にさわりはないぞ。一万年以上も変化無くあのままなのだからな。次代を引き継ぐ者が控えておるし、私が居なくとも何の問題も無いのだ」

 神殿長やパブロ魔導師と話し合い、精霊国に転位陣を敷かせて貰えばどうかという結論になった。

「転位陣とな、それがあれば何時でも精霊国との行き来が出来ると言う事か?」

「はい、通信器を宰相に渡しておきます。精霊国との連絡も出来、何かあれば転移して貰うことも出来るようにしておきます。そうなれば彼等も安心出来ませんか?」

「ほっほっ、良き、良き。それで行こう。あの五月蠅い頑固者の顔を見なくて良いとは、全く素晴らしい」

 いや、顔は見る事になる。ホログラムの通信器だから。

 ――この王様、暇を持て余して居たようだな。全くやっかいなことになって仕舞った。

【ルシオよ、そう言うな。これも神の思し召しだ。このお茶目なエルフを受入れよ。お主の知りたかった精霊魔法を知ることが出来るかも知れんぞ】

 そう言うことなら仕方が無い。暫く我慢するしか無さそうだ。ルシオ達は一旦精霊の国へ戻り、この事を宰相や精霊国の重鎮と話し合った。

「王がそうしたいのであれば反対はせぬが、お前の異空間に獣人達を受入れて貰うぞ」

「え? 何故ですか」

「王の警護に決まっておろうが! 獣人達はその為に王の側に置くのだ。獣人達は命は短くとも強靱だ。旅の先々での細かい用事もして貰える」

 ――そうか、精霊水を飲まなくても生きられる獣人なら、異空間の外へも気軽に出かけられると言うことか。

 エルフ達は王の決断を快く受入れてしまった。そして更に十人のエルフと多くの妖精達までもが異空間に来る事に決まった。

 ルシオはもう観念するしか無さそうだ。異空間は広いのに、妖精達は湖の周りから離れず、そこはまるで街のように賑やかになって仕舞った。


 妖精達の住居は木だ。ルシオは彼等がどのように住まいを作るのか興味を持って見ている。

 エルフ達が、ポケットから何かを取り出し、『アルマ』を使うと、其処に見る見る大木が出現した。

「これは……精霊魔法ですか?」

「そうだ、初歩の木魔法だがな」

 王は何でも無いことのように話す。始めて見る精霊魔法は、今まで見たことも聞いたことも無いものだった。

 そして王は徐に手を翳し、出来上がった大木に『アルマ』を流した。

 すると大木は、あの白亜の宮殿のように変わったのだ。

 木が生きもののようにうねり、繊細な模様や造形を造り出していく。

「木魔法の応用だ。これは王だけしか伝えられない秘伝だ。どうだ? 凄かろう?」

 王は得意げに、翠玉の目をきらめかせてルシオを振り返った。

「確かに凄いです。我々が使う土魔法と似ていますが、材料が木だと言うことが違いますね」

「ほほう、似たような魔法か。見せてみよ」

 ルシオは土魔法は余り得意ではない。其処でクリステルとソフィアに頼んで造って貰った。

「獣人達の住処を作れば良いのかしら」

「そうだな、私は公共施設でも作ろうか」

 こんな具合に次々と建物が出来上がった。湖の周りには、住民となる人数の数倍はあろうかという家々が立ち並ぶこととなった。

 クリステルやソフィアは王様に張り合ったのか、必要も無い、無駄に立派な家々や施設が建ち並ぶ。

 クリステルに至っては、ルバレロに嘗て聞いた都市計画をおさらいして、ルシオから貰った魔水晶を使い、上下水道まで作る始末だ。

 ――半分に分けてやった魔水晶をこんな事に使って仕舞って、良いのかクリステル!

「オオ、良き街じゃ。其方等の魔法とやらも素晴らしいものだ。これならもっと妖精達や獣人達を受入れても良さそうではないか?」

 王はそう言うが、ルシオは待ったを掛けた。

「王様、この異空間は僕が死ねば消えて仕舞うものです。もし明日にでも僕がいなくなればどうしますか? 彼等は行き場を失って遠くの地で路頭に迷ってしまいますよ。増してや妖精達は死んでしまうでしょう」

「人間の寿命は儚いと聞く。だが、其方は普通の人間ではない。何倍も寿命がありそうだがな……」

 王はそれから暫く考え込んでしまった。


 ここに足止めされて早二ヶ月が過ぎた。クリステルは、もうそろそろ南の地へ戻ると言った。

「南の住民のことで分かったことがある。彼処の住人は髪がないと言ったが、どうやら違うようなのだ。髪がない者は奴隷のような扱いを受けている。ごく一部の特権階級が牛耳って居るらしい」

「貴族のようなものか?」

「そうだ。髪や髭を生やしている者は貴族という位置付けなのだろう。一般人は髪をそり込んでいるようなのだ」

 髪の毛や形で身分を分けて居るのだろう。前世でも過去には似たような風習があったことを聞いたことがある。一目瞭然で身分が分かるようにしているとは、随分厳格な身分制度があるようだ。

 クリステルは、南には他の地下にも似たような国を見付けたと言った。そして今、国の間で微妙な緊張感が漂って居るという。

「諍いがあるかも知れない。私はそれを何とか食い止めたいと思っている」

「そうか、もし手助けが必要なら、何時でも駆けつけるから」

「ああ、その時は頼む」

 彼は南へ転移していった。

「ここも落ち着いてきたし。ルシオ、西海岸の方を探索して見ましょう。それが終われば、北の探索に出られるわ」

「そうしようか、西海岸へは転位陣が敷いてあるから直ぐに行ける」

「其方等、西へ行くと申すか。数年ほど待ってくれないだろうか。準備があるのだ。それが終われば疾く出発しよう。西の後は南も北も見て見たい。私は数十年しか、ここにはおられないのだ。その間に大陸獣中を見て回りたい」

 ルシオ達の話合いに、当然のようにエルフの王も参加している。まあ、邪魔にはなって居ないが、浮世離れした王様に話しかけられると調子が狂うし時間の感覚がずれている。

「王様、数年など待てないです。移動先から転移で行き来出来ると言いましたよね」

「オオ、そうであった、そうであった。何とも便利なものだ。まるで言い伝えの妖精の小道のようではないか」

「妖精の道……それは転移のようなものですか?」

「少し違うが、離れた場所と行き来出来るというのは同じだ。過去の悲しい時代に閉ざされてしまったがの……」

「悲しい時代?」

「その内に話して聞かせようぞ」

 アダ・モンストウリオはもう直ぐ三千歳だというのに、世間知らずだ。王に限らず妖精達は閉鎖された空間にずっといたために殆どがそうだった。獣人達でさえ、遠くまで出歩かない種属だ。

 ルシオ達の大陸探索を、冒険のように考えているようだ。

 確かに冒険には違いないが、あちこち移動したとしても妖精達は外へ出て行けないだろう。 彼等は精霊の水からは離れられないのだから。ルシオ達の話を聞きそれを共有して冒険した気分になるだけだろう。

 ここで話し合われたことは、王から住民に筒抜けで、皆期待を持って待ち望んでいるそうだ。

 知らない世界を見たいという心は、誰でも持っているのだろうが、彼等はそれがしたくても出来ない種属なのだ。


 そろそろ出発しようかと言う頃、宰相がルシオの所へ来て丁重に頭を下げて謝罪した。

「私達の精霊の泉は直にアルマが枯渇して仕舞うと言われておった。だが、ルシオ殿が齎した魔水晶のお陰でまた泉が復活したのだ。私の今までの数々の無礼赦してくだされ。そして王や皆のことをお願いします。実は、精霊水を求めて、我々は新たな精霊の国の候補地を探していたのだ。だが、遠出が出来ない私達にはどうやっても無理な話だった。ルシオ殿のお陰で移住はしなくても良くなったが、王はまだ見ぬ地にずっと思いを馳せていたのだ」

 追放されたハーフリング達は、その貴重な水を懇意にして居た獣人達にこっそり分け与えていたという。それは重罪に値する罪だと、今なら納得できた。

「精霊水は獣人にも効果があるのだ。功労があった獣人には分け与えることもしていた。精霊水を摂取すれば寿命が延びるのは、獣人も同じだ。彼等にとっても精霊水は命の水なのだ。それがルシオ殿の異空間には浴びるほどある。何とも羨ましい限りだ」

 宰相の話を聞きルシオは彼を不憫に思った。そして、浄化済みの魔水晶を総て差し出すことにした。ルシオに取ってはまだまだ腐るほどある魔素の原液だ。それを使えば無限と言っても良いほど魔水晶を作り出せるのだから。

 もし足りなくなったら何時でも言ってくれとは言ったが、数百年以上先の話だった。僕が死んで仕舞った後はどうにも出来ないかもしれない。

 悩んでいると、ご先祖様が、

【心配せんでも良い。そのうち大陸に魔素が行き渡ることになる。それまでの繋ぎがお主の役目だった。妖精達の住処は暫くは安泰だ。お主の役目はこれで十分果したゾ】

「これも、使命の一つだった? 知らなかった……相変わらず、知らない間に僕は使われてしまっていたんだね」

【何じゃ、不満か? 人は詳しく知らない方が良い結果を生むのじゃ。下手に知ってしまうとおかしな方向に行ってしまうことが間々あるからの】

 確かにそうかも知れない。大局を診る事が出来ない、不完全な者が勝手な思惑で動けば、おかしな方向へ行ってしまうというのは頷けることだった。

「これからも僕が知らない間に使われるんだろうな。でも、もう不満は言わないよ。好きなだけ使われてやるさ」

【ホッホッ、やっと覚悟が出来たようだの。全幅の信頼を持って身を差し出すというのは中々勇気が要ることだ。成長したなルシオ】

「いや、考える事は止めないし、これからも神に不信感も持つとは思うけど。自分の力のなさを自覚したんだ。知恵が足りない自分が幾らもがいても出来ないことが多すぎるから……神に丸投げしたと言うのが正直なところかな」


 

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