6 精霊国の王
王の側近から、ここは精霊の国だと説明された。『アルマ』が脆弱な者は入ることが適わない特別な空間なのだという。
――『アルマ』? それは魔力のことだろうか?
王が徐に話し始めた。
「其方達は本当に人族か? ここに入れたと言うことは妖精であろう?」
『……っ! 妖精だなんて、とんでもない! 僕達は人間です』
「ん? なんと言っておるのだ」
「『ルシオ、精霊語で話さないと通じないわ。私に任せて』王様、私達は東の遙か遠くペニーニョ島という所からこのグランデ大陸へやってきた魔法使いです。そして、グランデの聖地の浄化をし、その後この大陸の探索をして廻っています。この度この精霊の国を知り、王様に御目文字できたことに感謝しております」
「……初めて知ったと言うか……聖地では我らのことを忘れてしまったと言うのか……あれから千年と少ししか経って居ないというに、人族とは誠、儚い生きものだの……では、其方等は魔法使いとか言う人族、『アルマ』の力を有していると言うことか?」
「僕らは、ペニーニョ島では魔道師という地位に就く者です。神に仕える神官魔導師です」
「……神官……とな。そうか、神より使わされた者達であったか。して、この貴重な魔法鞄は献上すると言うことだが、これには闇のアルマが含まれておる。これに関して其方等は何か言うことは無いか」
「……ああ、闇は魔法鞄を作る上で必要不可欠の属性です。闇がなければ魔力が安定出来ず鞄の威力が落ちます。闇を使って居ると言っても決して他意はないのです」
「そうであったか……こちらの早合点であった。以前持っていた魔法鞄には無かった物でな。然も容量や質が格段に違う」
ルシオはハッとした。魔法鞄は、ルバレロがサンティシマ・ロペスから教えを受けたのを元に、独自に魔物素材で作り上げた物だった。サンティシマ・ロペスが空属性の研究をして居た時代には魔物素材がなかった。彼はルシオが見習い錬金魔導師の時に、最初に作った不完全な魔法鞄の理論だけ発明したのだろう。だとしたら、魔法鞄は精々が三倍、聖地にあった魔水晶を使ったとしてもせいぜい数十倍位の容量しか無かったはずだ。そして使用期限も短かっただろう。
「これはルバレロと言う魔法使いが二百年ほど前に構築した物です。ですから、こちらには知らされなかった新しい魔法鞄となります」
「そうであったか。では、有り難く献上品を受けよう。其方等にはこの地を探索する許可を与える」
「あの……もう一人魔道師がいます。彼にもここを見せたいのですが」
「ここに入る事が出来るのなら赦そうぞ。案内人を使わす」
「いえ、ここに来る手配は出来ますので……」
「ん? どう言うことだ」
「僕達には、異空間で行き来出来る魔法が存在します。もしご興味があるのならお見せできますが……」
「……異空間……今ここに出して見せよ」
『ルシオ、不味くない? 異空間のことを話して。ここは厳重に隠されていた場所よ。私達が簡単に行き来出来ることが知られたら……』
『知ってもらった方が良いと思う。隠す事は彼等にとってかえって失礼だ。こんな魔法がある事を知っていれば、何かあったときの対処も出来る。今後、他の魔道師がここに来る事があるかも知れないだろう?』
「何か問題か? 早く出しなさい」
王の側近が厳しい声でせかした。
「はい、ただ……僕の異空間には、罪を犯したハーフリング達を保護しています。それをまずはご了承願います」
「なにっ! 罪人どもを匿っているだと!」
「これ、宰相。良いではないか。妖精達はここを離れれば長くは生きられぬ。目溢ししてやりなさい」
「はっ!」
ルシオは異空間を開いた。王の前には真っ黒い渦が現れている。王は側近を数十人引き連れて、異空間の中に入った。
ハーフリング達は、王の出現に大いに慌てた。
「苦しゅうない。其方等はここで生活して不便はないか?」
「は、はいィィ~! ここには精霊の泉がありやす。だもんで、生きていける、ます、っです!」
「……精霊の泉が?」
エルフ達は湖の水を手に取り、口にする。そして驚き、大声を上げた。
「ここに精霊水がこんなに大量に……どうしてじゃ!」
どうしてと聞かれてもルシオにも答えることが出来ない。今まで普通に只の魔素が濃い水だと思っていたのだから。
強いて言えば、ご先祖様が作り出した魔水晶のお陰だと言うことだろう。
「魔導師達は皆この様な異空間とやらを有しているのか?」
「いえ、この湖がある異空間はルシオ……主人だけです。他の魔道師の異空間はもっと小さい只の異空間です。然も異空間を造ることが出来るのは限られた者だけです」
「そうであったか……では、ルシオとやらが特別と言うことだな」
「僕が特別と言う事はありません。誰も試していないだけです。魔素が濃い水は人工的に作る事が出来ると思います。この湖は魔水晶を沈めて出来上がったのです。現に、ペニーニョ島の魔水晶の森に湧く湧き水は清浄な魔素が濃く、グランデ大陸の聖地は穢れた魔素があまりにも濃すぎて危険なほどです」
「精霊の泉を作れるだと! 嘘も大概似せよ! 聖地が穢れたなどと罰当たりなことをぬかしおって……」
王の傍らに侍っているエルフが、ブルブルと震える拳を握り顔を真っ赤にして怒鳴った。
宰相だというこのエルフはさっきから随分と懐疑的だ。ルシオ達を怪しい奴と初めから決めつけているようだ。
そこでルシオは、以前ソフィアに浄化して貰っていた魔水晶を思い出した。
「ソフィア、穢れた魔水晶、もうそろそろ浄化されたのではないか? 取り出してもいい頃かもな」
「忘れて居たわ。そうねそれを見せれば分かって貰えるかも」
ソフィアは、自分の異空間に消え、そしてまた出てくる。
その様子を口を大きく開けながらエルフ達は見ていた。
「エルフさん達。何処か大きな水たまりにこの魔水晶を入れてみればハッキリしますよ」
そう言って、十メートルはあろうかという魔水晶を足下に置いた。魔水晶の浄化は完璧に出来上がっていた。クリアな透明になって、魔水晶を通して向こう側が見通せるほどになっていた。だが、大きすぎて誰も受け取れない。見かねた王が、
「では、この魔法鞄に入れて置こう。だが検証は後回しだ。ここの異空間をもっと案内してもらいたい」
ハーフリング達はこぞって王の案内を買って出た。エルフ達は小さなハーフリング達の後を付いて歩く。
ルシオはその様子を遠くから見ていた。
「ルシオ、クリステルがそろそろ来る頃だわ。王に紹介しないと」
「クリステルが、過去のことをもう少し覚えていたら良かったのにな。多分、サンティシマ・ロペスはエルフ達のことを知っていたはずだ」
「そうかしら、だったら東へ逃れたのは何故? 彼は言っていたでしょう。山の向こうには関心が無かったって。東にしか目を向けていなかったと」
「……そうだったかな」
そうしている内にクリステルがやってきた。今までの経緯を話し、精霊の国の住民達の話を知らないかと聞く。
「エルフ? 妖精だと? 知らないな。私が思い出したのは幼い時に父母から聞いた、北の国の神々の話だ。あれから暫く言い伝えについて考えていたのだ。数万年前、北には世界を統べる神々の国があったそうだ。北には豊かな恵みがあり、美しい種族が我が世の春を享受していたが、神々の争いに巻き込まれ途絶えてしまった。北は争いにより氷に閉ざされ世界は凍り付き大地は割れた。その余波で、ペニーニョ島が大陸から切り離されてしまったと言う。人は住処を追われ、南の地に逃れた。私はその頃神など信じていなかった。長じるに連れ、つまらないおとぎ話だと頭から切り離したのだ」
「今、美しい種属の子孫がここに来ているよ。そのおとぎ話にも多少の真実が含まれていると思うんだ、僕は」
「何だか素敵、忘れ去られた歴史が詰っているお話ね。もっと他にもないの?」
「私が知っているのはそれだけだ……済まない」
人にとっては数万年というのはあり得ないほど過去の話だが、長く生きるエルフにとっては今も語り継がれているに違いない。その内にもっと詳しい話を聞くことが出来るのではないだろうか。
「それで、精霊の国に私も行けるというのか?」
「そうだよ。今その国の王様が僕の異空間の視察をしている。それが終わったら一緒に見に行ける筈さ」
「この大陸は様々な驚異に満ちているな」
「そうよね! この事をブルホの魔導師達が知ったら大騒ぎになりそう」
「神殿長に相談してからだな。今呼び出してみた方が良いかも……」
エルフの王様は、余りにも広い異空間をまだ見足りないから、暫くここに滞在したいと仰った。以前アレハンドロが設置した屋敷を仮の宿として泊まって貰うことにした。
側近達は大慌てで屋敷の中を掃除したり様々な物を持ち込んだりしている。
「一旦精霊の国へ帰って貰った方が面倒が無かったのではないかしら」
「王様は帰りたくないのかもな。ここから立ち去ってしまえば、また来ることを側近に阻止されて、うやむやにされてしまうと思っているんじゃぁ無いか?」
「あの宰相は、面倒くさくて頑固そうだものね」
「ああ、その宰相だが、魔法鞄を持って仕事があると言って帰っていったよ。危険が無いことは分かったんだと思う。その代わり他の妖精達が王の身の回りの世話のために大勢押しかけてくるそうだ」
「魔法鞄を持っていったと言うことは、魔水晶の検証をしに行ったのね」
「直ぐに結果は出ないと思うけど……彼の疑いを晴らすのは時間が掛かりそうだな」
「転移して、穢れた聖地を見せれば一発なんだけど、連れて行きましょうか?」
「それは可哀想だ。余りの衝撃で気絶しそうだな。宰相は結構年を取っていそうだし」
ソフィアにパブロ魔導師の異空間へ行って貰った。
ルシオがここから転移してしまえば、異空間はルシオと一緒に別の場所へ移動してしまうのだ。エルフ達の不安を助長しないために、今は異空間の入り口を開けっぱなしにしている。王がこの空間にいる内はこうしておかなければ誘拐されたと勘違いされてしまうからだ。
ソフィアは、エルフと妖精という種属に出会ったことを告げた。今ならルシオの異空間で会えると言うと、パブロ魔導師は神殿長と共に直ぐにやってきた。
神官の式服をきちんと着ている。王族に拝謁賜るのに正装したようだ。
早速王との面会を取り付け、神殿長等がエルフ王との謁見がなされることとなった。




