49 幼くなったテセロ
あの一件があった後、テセロは以前の幼児に戻ってしまった。
つまり、言葉がたどたどしくなり、鋭い冷静な眼差しが和らいで、大人しいが子供らしい仕草をするようになったのだ。
――一体、テセロはどうしてしまった?
ルシオは、クリステルやルスも同じような違和感を持っているのを、ひしひしと感じた。
皆から視線を向けられて落ち着かないのか、テセロは身じろぎしている。
その様子を見ていたルシオの前で、突然――
「……ボク、おしっこ、したい」
あまりに子供らしい反応に、ルシオは思わず苦笑した。
(本当に、あの時の冷静さはどこへ行ってしまったのか……)
「ああ、行っておいで。何も心配要らないから。ルス、付いていってやってくれ」
「は? 良いけど……おしっこって……今まで自分で行けただろう? どうしてしまったんだ? テセロ、さあ、こっちにおいで」
その後、ルシオとクリステルは仮説を話し合った。
「多分、精霊が引っ込んで小さくなっただけではないのか?」
「僕には……精霊の魔力はそのままで、自我だけが消えて仕舞ったように感じるんだ。あんなことで……まさか……精霊を僕が殺してしまったのか?」
「……まあ、折檻したことで心が痛む君がそう思うのも分かるがね。元に戻ったと思えばそれで良いのでは? 精霊の気配がないのならそれで良い。これからは、普通の子育てをすれば良いだけだ」
普通の子育てとはどう言うことだろうか。それ自体、大変な仕事だ。
だが、この事でルスが急に成長してくれたのには、本当に助けられている。
以前のルスは、テセロに対して敬うような仕草で接していたのだが、今は弟を見るような目に変化している。
テセロの面倒をよく見てくれるようになり、ルシオの心の負担が軽減されたのだ。
暫くして、テセロの身体がどのように変わったのか調べる為に、不安を抱えながらルシオは彼に鑑定を掛けた。
そこで、テセロの魔力器は二つあることが分かった。
小さな、生まれつきの魔力器と、地の民が持っているような、自家発電の働きをする大きな魔力器だ。
地の民は元は妖精だったという。
あの災厄よりも前に精霊国を離れ、独自に進化した不思議な種族だ。
人族とも妖精とも異なる。しかし精霊によって生み出された種族であることには違いないのだ。
テセロの大きな魔力器は精霊由来のもので間違いはないだろう。
自家発電の魔力器は、魔力を使っていなければ、パンパンに膨れ上がって危険だと聞いた。
「このままにしておけない。また魔力の暴走をするかも知れない」
ルシオは、この間経験したテセロの魔力暴走を思い出し身体がざわつく。
「そうだな、テセロは子供にはあり得ないほど魔力が大きい。早すぎる気もするが、魔力操作は教え込むべきだろうな」
「子供に理解できるだろうか?」
「簡単なもので良いと思う。魔法を練り上げる必要はない。魔力を調整できるように教え、程よく放出させれば良いだけだ」
そこでルシオは、自分がウゴから教わった最初の魔力操作をテセロにも教える事にした。
パブロ魔導師から教わった魔力操作は高度すぎてテセロにはまだ早い。
そもそもパブロの魔力操作は、魔力を練り上げ、魔法を使うものだった。
かつてルシオは、ウゴの魔力操作を児戯に等しいと酷評していた。
だが今思えば、幼かった自分には最適な教えだったのではないか。
大人になった今、その価値が理解できた。
子供にとっては、要点を押さえた実にシンプルな教え方だっのたと。
ルシオの指示に素直に応じ、魔力操作に取り組むテセロの眼差しは真剣そのものだ。
まだまだ出来てはいないが、自分の中に制御不能な大きなものがあることは理解しているようだ。
だからこそ真剣にルシオの言う通り努力を続けている。
毎朝森へ行って泉の水を飲んでいたテセロだったが、今は辞めさせている。
これ以上魔力が成長すれば危険だとルシオが判断したからだ。
◆
ルシオは、テセロのための新たな魔道具を作り上げた。テセロの中に渦巻く魔力を吸い取り、圧迫を減らすためだ。
大きな魔水晶の魔素に、吸収を司る闇の魔法陣を書き込む。
そして毎朝、その魔道具に魔力を吸収させるようにテセロに促した。
魔力を放出するだけなら、複雑な魔力操作は必要無い。テセロにもできる単純な動作だろう。
だが、吸収の魔法陣は強力すぎたようだ。
吸収だけに特化した純粋な力の魔法陣は、魔水晶の魔素をぐんぐん吸い上げ、今にも空になりそうだ。
「すぐに、壊れてしまいそうだな」
不安を抱えながら、テセロの魔力を吸わせてみる。
魔力の放出が一定でないテセロは、時おり強大な魔力を一気に注ぎ込んでしまう。
「これほどの魔力を入れることができていれば、魔水晶も……持つか?」
半信半疑のルシオは、頭を抱えた。
「大きな魔水晶だから壊れるとは思えないが……不安だな。魔道具の予備を作って置いた方が良さそうだ」
ルシオには、穢れた魔素の予備が異空間に大量にある。それを確認してみる。
「少しだけ減ったか?」
この異空間を維持するのにも使われている穢れた魔素。
そもそもこれは、以前聖地の浄化の際に、クリステル達と一緒に魔素の原液を異空間収納に入れた物だ。
――まだ大量にあるが、これから先この異空間を維持するにも必要だ。
自分がどれほど長生きかわからないが、これまでのような、湯水のような使い方はやめよう。これからは気を付けて使わないと。
その事をソフィアやクリステルに話すと彼等は、
「私が持っている穢れた魔素を使って。私が持っていても役にたたないもの」
ソフィアは以前ルシオがやったように魔水晶を作ろうと試みたそうだが、できなかったという。
クリステルも、異空間収納の場所を塞いで邪魔だと言い、ルシオに渡すと申し出た。
ルシオは二人の厚意を有り難く受取った。
安心したルシオは、以前からストックしていた浄化済みの魔水晶を加工し、テセロのための魔道具をいくつも作り上げたのだ。
◆ ◆ ◆
ルスは、今、森にきている。テセロによって傷つけられた妖精達は、どこにもいない。
――以前なら、そこいら中に飛び交って泉の側に戯れていたのに……。
ルスの足音、若しくは気配に怯えて隠れてしまったようだ。今までそんなことはなかった。森の輝きが薄れているように感じる。
エルフがいれば、妖精達は安心したし、人族をみれば興味津々で近寄っていたのに。
テセロの事件で、妖精達は危機感と恐怖を知った。
これは、多分、妖精達にとって良い経験だったのだと、ルスは自分に言い聞かせた。
――以前ルシオさんが言っていたように、エルフも妖精達も強くならなければいけない時期にきているんだ。
「少し寂しいけどね」
ぽつりとそうささやき、ルスは泉の水を飲んで、ルシオの屋敷へ帰っていった。
屋敷には幼児に戻ってしまったテセロがいる。彼を見ると切なくなるルスだ。
以前は精霊の匂いが濃かったのに、今はかすかにしか残っていない。
それでも、ルスは今のテセロの方が好きだ。大人しく素直で可愛い。心の底から愛おしさがこみ上げてくる。
以前は強大な安心感に包まれる感覚があった。それは精霊の残滓がエルフに及ぼした影響だったようだ。
本当はテセロに宿った精霊は過去の残滓、小さな残り滓に過ぎなかったのに。頼れるほどの力は、最早、持っていなかったのだ。
エルフの本能で、守ってくれる母親のような感じを持ってしまったのだった。
だが、こんなに小さな子供に守ってもらおうとしていたエルフは、あまりにも弱く自立心に欠けていた。
今ならルシオさんの言うことがよく分かる。アダ王は間違っている。
「テセロは、僕が守ってやらなければならない存在なんだ」
そんなある日、ルシオさんから提案があった。
「ここの異空間も、私が亡くなった後にはエルフに明け渡すことになっている。だが、アダ王は信用出来なくなった。ルス、君がクリステルの異空間に植えた精霊樹にアルマを流して木の実を作ってくれないか? その実を僕が食べれば、この異空間は、いずれ君のものになる。どうかな」
ルスは、困った。自分のアルマはここを維持出来るほど大きくはない。それは納得していることだ。だけど、この異空間は始めてみたときから心を奪われている。
アダ王はここを任せる令兄はもう決まったと言っていた。そこに割り込むことは憚れる。
「一応は頑張ってみるけど、僕では維持出来ないと思う。それにもうここの管理者は決められていると言っていたし、僕はすでに、クリステルの異空間の管理を任されている」
「クリステルはお前よりも長く生きるかも知れないぞ。そうなればいつまで待っても、君の精霊国は自分のものにはならないだろう」
「え! 人族なのに……僕より長生きなの?」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわついた。
自分が思い描いていた未来が、急に遠くなる気がした。
「それに、ここは僕の異空間だ。僕が決めるのは自然ではないか?」
ルシオさんの言うとおりだ。今まで、まるで自分のもののようにアダ王は権利を主張していた。それはおかしな事だったのだ。
「……もし……もっと、僕が努力して……アルマが大きくなれたら、その時はここを管理したい。でも、今の僕では無理だと思う……」
「そうか? エルフはどうやったら“アルマ”を成長させられる? 方法を知っているかい、ルス?」
「昔々、初代のエルフは、精霊が作り上げた聖なる獣を狩って力を付けたと言っていた。けど、おとぎ話だ……」
「それはどうかな……この異空間には迷宮がある。聖なる獣はいないが、魔物はいる。君はそこで鍛えれば良いじゃないか。若しかすると成長出来るかもしれないよ」
「!本当に?」
「人族は成長期には魔力が成長する。君はエルフとしてはまだ若いはずだろう? もしかすれば”アルマ”が格段に大きくなるかもな。やってみなさい」
暫くして、ルスはアレハンドロに預けられた。
本当は、テセロの面倒を見たかったけど、今の自分ではテセロを守れる力も自信もない。
「僕……頑張る!」
ルシオさんは、
「君がいたお陰でテセロも落ち着いた。もうテセロは僕に任せて安心して鍛えてきなさい」
と言ってくれた。
アレハンドロは、大きくて明るくてちょっとだけお人好しだ。
クリステルとは全く違う魔導師だ。
優しく僕に剣術を教えてくれたけど……
「……お前、剣術は向かねぇな。弓でもやるか?」
見限られてしまった。やっぱり僕は力がない。少しだけへこんだ。
「お前には面白い魔法がある。近接戦はしなくて良い。木魔法で動きを止め、弓で仕留める方法があっている」
そう言われ、途端にやる気が盛り返した。そして今は弓を鍛えている。
これが終われば、いよいよ迷宮だ!




