48 無邪気な子供
※少し残酷な場面があります。気になる方は飛ばして下さい
ルシオの異空間にある森に魔素が湧き出す泉がある。
今そこには沢山の妖精、小さな虫のような妖精達が飛び交っていた。
彼等が飛ぶとき、妖精の粉が舞い落ち、キラキラと周りを覆う。それはそれは綺麗な光景だ。
羽根は薄く虹色に輝き、パタパタと忙しなく動く。身体は人形のようだ。十五センチほどの美しい小さな人型。
彼等にはほんの小さな自我がある。普通の虫よりは意識があるのだ。言葉は発せないが、お互い意思の疎通はできている。
「綺麗」とか「楽しい」とか「美味しい」などを、拙い感覚でやりとりできるだけだが、それでも自我はちゃんとあるのだ。
小さくて綺麗な妖精達は、アダ王によってここに置いて行かれたが、彼等は気にしていない。
何故なら、ここには良い匂いのする精霊の気配があるからだ。
今も、その気配が近づいてくる。
精霊達は喜び、その匂いに近寄り、纏わり付くのだ。
◆ ◆ ◆
ルスの鋭い聴覚が、悲鳴を聞きつけた。
妖精達の悲鳴だ。
妖精達は普段、かすかな鈴のような羽音を立てているのだが、今は”キーン”という耳障りな音がしている。
ルスには不快な、そして不安を煽るような感覚として伝わってくるのだ。
ルスは、”何か大変な事が起こっている”胸騒ぎを覚え、走り出した。
ルスの背筋が泡立ち、心臓が今にも口から出そうな勢いで音を立てて動いている。
森の泉には、テセロがいた。
テセロは、淡々と妖精の羽をむしっていた。然も、一枚一枚丁寧に……中には手足をもぎ取られて、地面に落ち、苦しそうにもがいている妖精もいた。
テセロには妖精達の悲鳴も聞こえていたが――何故、この虫たちは不快な音を立てるのか――が気になっていた。羽根をもぎ取る度に聞こえる不快音は一体何だろう。と言う風なものだ。
「テセロ! なんて酷いことをするんだ。妖精達は、お前の守るべき存在だぞ!!」
「……守る……?」
テセロの顔には何の感情も読み取れない。手の中でもがいている小さな虫をじっと観察しているだけだった。
ルスは慎重にテセロに近づき、今にも羽をむしられそうになっていた妖精を優しく受取り、放してやる。
テセロは抵抗するでもなく静かにルスを見ている。
「テセロ、これは酷く残酷なことなんだぞ。羽をむしられた妖精はもう飛べなくなる。それは可哀想だろう?」
「そうかな……羽根はすぐに生えてくる……ルシオさんの足も生えてきた」
「……」
ルスはテセロにどう言って聞かせれば良いかわからなくなってしまった。
テセロを屋敷に連れ帰りルシオに助けを求めた。
ルシオに話をすると、険しい顔で森へ駆け出していった。
――ルシオさんに任せておけば大丈夫。妖精達を治してくれるだろう。だけど……テセロは、どうしてしまったんだ?
★
ルシオは、テセロが起こした惨状を見て目を剥いた。ここまでの惨状は予想していなかった。
「なんていうことをしたんだ」
妖精達に治癒を掛けてやると彼等はビクビクして、ルシオから離れてどこかに消えてしまった。
妖精達は暫く人目を避け、テセロをも恐れて隠れてしまうだろう。それで良いとルシオは思った。
「テセロに事情を聞かねばならない」
ルシオは屋敷へとって返し、テセロを問い詰めた。
「一体お前は何を考えて、あんな酷い仕打ちをしたんだ? 妖精達はお前を慕っているんだぞ!」
「したっているって? あの虫は僕にへばり付いてきているだけだよ」
「……お前は……何故、羽をむしったりした?」
「ルシオさんみたいに生えてくるのを見たかっただけだよ」
「妖精達は痛がっていなかったか? 泣いていなかったか? お前にそれが聞こえなかったとは言わせないぞ!」
「聞こえたよ、勿論。あの音は……痛がっていたのか……痛いって? なに?」
ルシオの目が据わり、テセロを睨む。
「そうか、痛みを知りたかったんだな……わかった教えてやる」
ソフィア達はそのやりとりをオロオロしながらも手出しできずに見守っている。
ルスも、この先、何をテセロがされるのか薄々感づいた。
彼も幼い頃、悪戯をしたときに叱られ、経験済みだった。
ルシオは回りに光の結界を張った。テセロの中には強大な魔力を持った精霊が巣くっている。
これからルシオが与える痛みに驚き、精霊が力を爆発する恐れがあったからだ。
ルシオは細いムチを何処からか出す。勿論ルシオの創造魔法で出したのだ。
テセロの右手を掴みしっかりと押さえ、一呼吸置く。
――くそっ! 子供に対して罰や折檻をするようになるとは……。
ルシオは心を鬼にして鞭を振り下ろした。
「バチンッ!」
と音がたつほど打ち据える。
テセロはあまりの痛さに驚き身体から膨大な魔力を放出した。
テセロが放つ魔力はルシオを傷つける。だが、回りには結界のお陰で影響はない。
結界の外では目を丸くしているソフィアとルスがいた。
ルシオは敢えてテセロの魔力を身に受けていた。
痛みは双方で受けるべきだという信念がそうさせているのだ。
★
テセロは右手を押さえたまま、震えるように息を吸った。
強烈な痛み、彼にとって、それは“敵意”でも“罰”でもなく、ただ理解不能な刺激だった。
「……あ……あつい……? じんじん……する……?」
声は幼く、戸惑いに満ちている。
その瞬間、テセロの胸の奥で精霊がざわりと蠢いた。
痛みを“攻撃”と誤認した精霊が、テセロの意思とは無関係に魔力を暴れさせる。精霊とテセロは感覚を共有した。
精霊はテセロを守るために前面に出て、ルシオを敵と認定し排除しようとする。
「や、やだ……止まらない……! なんで……なんで勝手に……!」
(私が守りから。大丈夫)
テセロは自分の身体が自分のものではないような恐怖に襲われ、身体がブルブルと小刻みに震えだした。
ルシオを見ると、彼には無数の傷が付いて、身体から血が滲みしたたり落ちている。
それを見たテセロは、自分の中の不可解なものを恐れ、それを拒絶する。
その瞬間、魔力が治まった。
★
「痛さというものがわかったか! この数十倍妖精達は苦しんだ。君が与えた痛みは、その痛み以上だ。信頼を裏切られた痛みが加わって、最早君には妖精達は近づかなくなるだろう。君がしたことはそう言うことだぞ!」
「……信頼……痛み……苦しみ? 僕は、悪い子……そういうこと?」
「そうだ。君は何も知らない。そして無邪気に回りを傷つける。今の君は危険な存在だ。僕は君をこれからも痛みを持って鍛えよう。それは君が人間として強く生き抜く為のものだ。君の器は精霊ではなく人間だ」
(人間の痛み……これが)
◆ ◆ ◆
テセロの中の精霊は、表面に出たり引っ込んだりを繰り返す存在になっていた。
ルシオがいれば恐れて引きこもる。
そして偶に世界をテセロの目を通して覗くのだ。
世界は驚異に満ちている。久し振りの世界を見るのはとても楽しい。
でも、テセロの身体を通して感じる感覚には、不可解なものが多く存在していた。
例えば「お腹が減る」「排泄したい」「寒い、温かい」などだ。
不可解ではあるが新鮮だった。
テセロの中に引きこもるとそれさえも経験できない。
(”ルシオさん”は伏せっている。今なら自由に外を見ることが出来る)
以前の記憶はすっかりなくなってしまった精霊だ。自分に纏わり付くこの虫は一体何だろうと考えていた。
そして”ルシオさん”に見つかりテセロの中に引っ込んだのだが、痛みという激しい感情でテセロの中心から再び引き出されてしまった。
(テセロが熱いと感じるこれが……痛みか。不快だ!!!)
”ルシオさん”は、凄く起こっている……のか? でも何だか悲しそうな感情が押し寄せてくる。
テセロは、私を拒絶した……私はテセロにとって脅威であり、不快なものか……。
精霊は再びテセロの中へ引っ込んだが、静かに考える事となった。
(私は、不完全過ぎる……大事なテセロを……守るべきテセロを、壊して仕舞いそうになった。私はやってはいけないことをした……?)
ルシオさんの言った「君の器。人間」
と言う言葉が、精霊の核を震わせた。
(最早、私は壊れる身体を持ったものに変わったのだ)
と、その時ハッキリと認識した。
精霊はその後、テセロの中にじわりと溶け込んでいった。
精霊の自我は、テセロと完全に同化してしまったようだ。




