45 ルスとテセロ
クリステルは今、忙しい。
アレハンドロの代わりに、シュバリスとグランデ大陸東岸の地域をすべて受け持った為だ。
「これは、神の褒美とは思えないな……確実に試練だ」
ミゲル魔導師と、かわるがわる休暇を取っているが、それも一ヶ月に一度だけだ。
エルフに預けられた養い子の世話もある。ルスという百二十歳の子供だが、見た目は十五歳ほどにしか見えないし、考え方や行動は五歳児としか思えないほど幼い。
要するに、気に食わないことがあれば癇癪を起こすし泣き勝とうとするのだ。
放っておくと今度はふて腐れたり、かと思えば甘えてきたりする。
非常に扱いにくい子供だ。今まで育てた地底人たちとは雲泥の差だった。
そんな折、ルシオから提案された。
「お互いの養い子を一緒にして育てたいのだが。君は忙しいのだから、ここへ連れてくればいい」
――それは良い考えだ。凄く助かる。
と思った。
四六時中クリステルの後をついて回るルスには手を焼いていたのだ。
仕事があって、一緒にいてやれないので寂しいのだと思ってはいるが、あまりにも依存度が高く、何も一人でしようとしない子供は、どうして良いか分からなくなっていた頃だった。
ルスは人間の養い子とは違い、魔法を教える必要がない。初めから魔法は使えるし、それ以上の魔法は時が経たなければ発現しないのだそうだ。
こんな養い子をどう育てろというのか。
食物は必要ない。
クリステルの異空間の森に湧く泉の水さえあれば、偶に果物を食べるくらいで後は欲しがらないのだ。
仲間からも切り離されてしまったルスは、暫くするとクリステルにべったりになってしまった。
休みになればルシオの異空間へ連れて行き、エルフ達と触れあわせることだけが、今のクリステルに出来る唯一のことだった。
アダ王に有無を言わさず押し付けられたルスを、どうすれば良いのだろう。
ルシオの神から、生涯の伴侶にと言われたが、こんな子供と信頼関係をどうやって作れば良いのか。
確かに、死ねない自分にとって、エルフとは長い付き合いが出来るだろう。だが、それはお互いが同じ方向を見つめることが出来てこそだ。
気が沿わない相手と、永遠とも言える長い月日を生きなければならないのは、拷問に等しいのではないか?
それも、神から与えられた試練なのだろうか?
「ルス、今日はルシオのところへ行くぞ」
クリステルがそう言うと、ルスは不安そうに彼の袖を掴んだ。
「……クリステルも来る?」
「もちろんだ。ミゲル魔導師に仕事を変わって貰えたからな。しばらくは一緒にいる。アダ王にもまた会えるんだ。楽しみだろう?」
その言葉にようやく安心したのか、ルスは小さく頷いた。
クリステルはこの頃、不思議に思うことがある。アダ王は、謂わばルスの父親と言うべき存在だ。
人間の様な血を分けた存在ではないが、アダ王が精霊樹に魔力を流して、その木から生れたのがルスなのだ。
初めクリステルの所に来るのを嫌がっていたのに、今ではアダ王には未練がなくなってしまったようなのだ。
エルフという種族の特性なのだろうか?
同族意識はあるが、親子という意識が薄い気がする。
「懐いてくれるのは良いが、依存されすぎて、このままでは独り立ちさせるにも先行きが不安だ」
だが、ルシオの養い子と対面した瞬間、ルスは目を輝かせた。
「君! 良い香りがする」
たちまちクリステルから離れ、テセロの手を引き森へ走って行ってしまった。
――これはどうしたことだ?
「クリステル、少し話がある。子供達は遊ばせておけば良い」
ルシオの話を聞きクリステルは、
「精霊が宿っただと! また、厄介な者を抱え込んだな。どうすればそんなことが起こる?」
「地下都市に鉱物が見付かれば、発展に寄与出来ると考えたんだ。地の民に探して貰っていたら、精霊の残滓が掘り起こされてしまった。それがどういうわけか、テセロが飲み込んでこうなってしまった。まるでドミノ倒しのように事が連続して起こり始めたんだ」
「何となく……神の手が……加わっているように思うが。私の勘違いだろうか?」
「え? そうかな……そうかも知れない」
【そうだろうな】
――前もって教えてくれないんだね、相変わらず……。
【儂にもある程度しか教えられておらんわ……無理を言うでない……】
クリステルとルシオは肩を落し、神の仕事が降りかかったのを受入れるしかなかった。
今までも神には振り回されてきたように感じる。それは終わってしまってから始めて理解することが出来ていたのだが、今回は、比較的早めに予想できてしまった。
私達に、精霊と同調してしまった子供と、エルフの教育をさせるつもりだろう。
「人間に寄せて、人間の考え方で育てて欲しいと言うことだろうな」
「多分ね。エルフはあまりにも世界からずれてしまっているし、精霊はまだ生まれたての赤ん坊のようなものだ」
人間社会に置き換えればエルフは、深窓の令嬢か、世間から隔離された王族のようなものだろう。
精霊に至っては愛を与える対象を必死になって求めるだけの力の塊だ。
これをどうやって人間に近づけろというのか?
「多分、エルフにもっと生き抜く力を学んでもらいたいのではないかな。違うかも知れないけど……僕はそうなってもらいたいと切に感じるよ」
「私達二人の考えだけでは偏りが生れるのではないか?」
「でも、ソフィアは忙しいし、バレリアはアレハンドロと一緒に迷宮に籠もっている。それにあまりアダ王に近づけたくないんだ」
「そう言えば、君のもう一つの異空間はどうなった? もし準備出来ているなら、そちらへここに居座っているエルフ達を移住させればいいのでは無いか? アダ王からテセロを離して置きたいのだろう?」
「そうか、すっかり忘れていた!」
もう一つの異空間にいつの間にか動物たちが現れてきて、バーリョ達や、ロボはそこへ行きっきりになっていた。
彼等は、あの異空間が気に入って仕舞い、出たがらなくなってしまったのだ。
「どうしているか一度見て見ないとな」
あれから随分時間が経った。魔素も十分行き渡ったことだろう。アダ王にはそっちへ行って貰おう。
以前のようにルシオの片足を切り落として異空間を定住地へ固定してしまえば、ここへは滅多に来る事が出来ないのではないだろうか。
ここには精霊樹がまだないから、勝手に移動して入ってこられない。
精霊樹はエルフの転位陣みたいな役割もしているのだ。彼等は妖精の道と呼んでいたが。
「良いかもしれない。取り敢えず見て見るか? どうする?」
「ああ、ルス達を探してくる」
ルシオ達は異空間へと足を踏み入れた。
ここは広大な土地だ。ペニーニョと同じくらいの広さがあるのだ。
暫く見ないうちに獣が繁殖している。
殆どが害のない中型や小型の獣なのだが、よく観察すると、肉食獣が走り回っていた。
「えー!!いつの間に?」
以前の異空間では考えられなかった事態だ。神が勝手にここに食物連鎖を組み込んだようだ。
「ここ、大丈夫なのか? エルフ達は怖がって住みたがらないのでは?」
「そ、そうだね。どうしてこうなった?」
【神の気持ちがここに表れている。エルフには自分を守って生き抜く力を付けてもらいたいのだろう】
暫くするとロボとバーリョが走り寄ってきた。
暫くぶりに会うバーリョは少し年老いて見えた。もう二十歳を超えたか? 馬の寿命なのかも知れないが、ルシオは何となく寂しく感じた。
だが、バーリョには沢山の子が生れたし、その子達も子を産みかなりの頭数になっている。
ロボは大きな狼だが聖獣だ。ロボはまだまだ長く生きるだろう。
ルスとテセロはロボを見て歓声を上げた。
モフモフの大きな狼など始めて見るのだ。ロボは寝そべって子供達の好きにさせている。
偶に尻尾でボフリと叩き、子供達がキャーキャー騒いでいる。
「初めから、ロボと一緒に育てれば良かったんじゃないか? 私達よりもよっぽど優秀な子守だ」
「ロボ達はここから出たがらないんだ」
「ここは広々としているものな。そうだチョット待っていろ」
クリステルは自分の異空間からフクロウの聖獣を連れてきた。
「こいつもここの方が広くていいだろう。ここに置いてもらう。いいかい?」
「ああ、遠くに見えているあの森へ連れて行けばいい。ここはフクロウにとって明るすぎだろう」
二人はフライトモービルを出して、子供達を乗せ飛び上がる。その後を馬たちとロボが走って追いかけてくる。
◆ ◆ ◆
――風の流れが乱れている。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
「クリスー!!」
ルスの叫び声と、テセロの短い悲鳴が響いた。
クリステルはハッとして一気に飛び起き、駆け出した。
少し目を離した隙にルスとテセロが森の奥へ行ったのだ。木陰でゆっくりしている内に眠りこけてしまっていたようだ。
疲れが溜まっていたのだ。森林浴が心地よく、ついうとうとしてしまった。
ルシオは用事があるため異空間から一時的に出て行ったその少しの間に起きたことだった。
木々の間を抜けた先で、彼は息を呑んだ。
痩せ細った狼が、背を丸めて二人ににじり寄っていた。
魔獣ではない。ただの獣だ。
だが獣でも肉食獣だ。魔獣であろうと獣であろうと牙を持つものは脅威だ。
異空間には基本、生きものは自然発生しないが、ここは神が作られた特別な空間だ。
――油断しすぎた。
クリステルが「風の刃」を素早く練り上げて放とうとしたが、ルスの態度を見て思いとどまった。
ルスが、か細い体でテセロを庇って立っていた。
「こ、こっちに来るな!」
「グルルルーー」
震える声で言いながらも、ルスは一歩も退かない。
テセロは彼の背中にしがみつき、眼を大きく見開いて、痩せた狼から目が離せないようだ。
今まで泣きべそばかりかいていたルスが、変われば変わるものだ。
ルスは魔法が使える。こんな痩せ細った狼など蹴散らせるはずだ。
クリステルは、少し離れた場所から魔法を何時でも放てるように緊張しながら見ていた。
ふと向こう側に意識をやると、ロボと目が合った。
ロボも手を出さないつもりだ。
――何と言うことだ、ロボは野生の勘で、ルスを鍛えようとしているのか?
聖獣のロボが見守っていることで安心して眠りこけた自分よりも、余程親らしい姿だった。
暫くすると、痩せた狼の足下から蔦が伸び狼を絡め取ってしまった。ルスの木魔法だ。
「キャン!!」
狼は情けない声を出したが、その後は果敢に牙を剥きだし威嚇している。
テセロはルスの背中から伸び上がって見ている。そして、
「お腹が空いたって言ってたよ……何かあげようか?」
クリステルはこの言葉を聞き、呆れてしまった。
今まで怯えて隠れていたくせに、自分が食べられそうだったことなどすっかり忘れてしまっている。
そこにノッソリとロボが出てきて、大きな前足の一撃で殺してしまった。
その姿を見てルスとテセロはショックを受け、ロボを凝視した。
「獣は……危険な獣は、こうするより仕方がないんだ。君達、わかったかい?」
子供達は泣きべそをかきながらその場を後にした。




