44 新たな使命
研究所の奥深く、新たに作られた特別な研究室は昼夜を問わず淡い光を放っていた。
白い石――精霊の欠片を粉砕し、魔法陣用のインクに混ぜ込む実験が始まってから、研究所は常に緊張と興奮に包まれていた。
「……見ろ、ルシオ魔導師。魔法陣の反応が通常の三倍……いや、四倍だ!」
バズウ錬金魔導師は、目の下に濃い隈を作りながらも、狂気じみた笑みを浮かべ食い入るように見つめていた。
バズウは、細かく砕いて粉になった白い石――精霊石をほんの少量舐めてみるという愚行を犯していた。
そのせいで彼は、暫く体調を壊し、伏せってしまったのだ。
その姿を見てルシオは、テセロに起こったことを思い出しバズウを注意深く見ていたが、彼はその後、魔力も人格も変わりなく、普通に戻っている。
だが、油断は出来ない。
「バズウ魔道師、以前も言ったように人体実験は絶対に止めてください。貴方がその様なことをすれば、僕は神官魔導師として、裁くことになります」
「……分かっておる……そんなことは。だが、これがもっとあれば、魔力のない者が魔力持ちになれるかもしれんのだ」
「魔力持ちはこれからゆっくり増えていきます。その為にここに街を作ったのです。無理に増やす必要はない。貴方は、自分の名声のために人工魔力器を作ろうとしていませんか? それは止めた方が良い。神は見ておりますよ!!」
「…………おっかないのう」
バズウは首をすくめてたじろぐが、直ぐに気を取り直して、研究を続けた。
この研究室には魔力の少ないものは近寄れない。
白い石の魔素が余りにも純粋で強く、魔力が大きい者でなければ耐えられないためだ。
ルシオでも長時間いると胸が締め付けられるような圧迫感を覚えるのだ。
そんな時には意識して魔素を取り込まないようにしている。
ルシオは魔力器に穴が開いている。魔素を吸い込み安い体質な為、気を付ける必要がある。
――魔素とはなんだろうな。穢れていても純粋すぎても厄介だ。この純粋すぎる魔素は、まるで放射能みたいだ。
絶えず強烈な光を放射しているため、分子が凄い勢いで飛び回っているように、ルシオは感じたのだ。
以前は、穢れが人を魔物に変え大変な事態に陥ってしまったことを嘆いたが、今度は純粋すぎて面倒な事になっている。
昔、パブロ魔導師に「人は、善だけでも悪だけでもだめだ」と言うようなことを言われたが、魔素にも同じようなことが言えるのだろう。
悪い人間も良い人間も混ざっているが、良い人間と言われる人でも、心の中には闇を抱えているし、悪人と言われる人も優しさを心に秘めているのだ。
人族全体としてバランスを取って、この世界を形作っているのだろう。
神はペケーニョに、程よい穢れ――身体に害がないような形で魔素を循環させている。
それは人をバランス良く育て上げる為の意図がみえる。
研究に熱が入らずボンヤリとそんなことを考えていると、バズウがイライラしながら聞いてくる。
「白い石はこのほかにはないのか? これだけでは研究が続けられない」
「これは珍しい石みたいですから、これ以上の入手は困難でしょう。商業利用は見込めないと思いますよ。研究論文を書くくらいで満足してください」
「……そうか。もう無いのか……諦めて論文でも書くか」
研究はここまでだ。
素材が少なすぎて利用出来そうもないし、第一、テセロに起きたような事態が、他にも起きてしまえば危険だ。地の民にも念を押さなければならない。万が一精霊石を見付けても掘り起こさないようにと。
彼等も今回の事は知っている。話せば納得してくれることだろう。
彼等、地の民に与えた精霊石は既に砕かれている。
影響がなかったバズウを見れば、砕かれた石には精霊の残滓は消えてしまったと言うことだ。純粋な魔素は、砕かれた過程で周りの雑味が混入しやすくなったのかも知れない。
精霊は純粋過ぎる魔素の塊で、その成り立ちから自我も似た性質があったようだ。そして偏った愛を向ける傾向があるという。
思い込んだら命がけで真っ直ぐ進む。他には目を向けない一途さ。
一見素晴らしいが、実は融通の効かない、使い方が限定された道具のようだ。
大きな力を有し、偏った”愛”を持ったまま復活すれば、また世界は混乱してしまうのではないか?
そうなれば再び神の鉄槌が下り、世界は混迷し、一万年前に逆戻りしてしまうかも知れない。
白い石……精霊石を飲み込んだテセロは、精霊と一体になってしまったのではないかとルシオは予想している。
これまで以上にテセロを注意深く見て、育てていかねばならないだろう。
もうこれ以上地下都市に手を取られるわけにはいかなくなった。
ソフィアは魔法学校で手が離せないし、バレリアには早く魔導師になってもらいたい。
ルシオがテセロを育てて行かなければならない。
問題は、テセロがルシオを避けるようになってしまったことだった。
彼の中にいるであろう精霊は、過去、神によって自我を抜かれバラバラになってしまったという。
今、再び自我を取り戻した精霊は、ルシオの中の神の気配に怯えているのではないだろうか。
まずはテセロの中に巣くっている精霊を安心させ、神に問いかけながら、この先どうすれば良いのか模索しなければならない。
異空間へ入りテセロの部屋へ向かうと、彼の姿はなかった。
「ミミ、テセロは何処へ?」
「エルフの王が連れて行きました」
「え?」
エルフの森は、昼でも薄暗い。
木々が高く伸び、枝葉が空を覆い隠しているため、光は細い筋となって地面に落ち、絶えず変わる光の文様が揺らめいている。
その中を、ルシオは迷いなく進んだ。
何度も訪れた場所だが、今日は空気が違う。森そのものが緊張しているような、そんな気配があった。
エルフの森という名前であっても、ここは神が作り上げた森だ。テセロの中に巣くう精霊の気配を感知し、神が用心深く観察しているのではないか?
やがて、木々が途切れ、小さな泉が現れた。その辺に、二つの影が立っている。
一人は、長い銀髪を風に揺らすエルフの王。
もう一人は――テセロ……それとも、精霊か?
ルシオは歩みを止めた。
「アダ王、一体どう言うことですか? 勝手にテセロを連れ出さないでもらいたい」
「す、すまない……だが、テセロは君を怖がっていたし……テセロから精霊の気配を感じるのだ。我々にとっては奇跡であり希望なのだ。だから、我々にテセロを預けてはくれまいか?」
「こんな幼い人の子を育てられますか? 妖精とは違うのです。食事も、排泄もする。魔法の訓練だってしなければいけない。もしかして……精霊の国を再興させる為に囲い込むのですか?」
「……そうだ。今はルシオ殿の情けを受けて、其方の異空間で住むことが出来ておる。我々の生き残りが叶ったが……ここは、本来我々の住処とは違うであろう? 確かにここは住みよい。だが、本物の世界とは違うと感じるのだ。精霊が復活したのなら、またあの世界に住むことが出来る。そうではないか?」
「貴方は考え違いをしている。精霊ではありません、テセロは人間です」
――本物の世界だって? 異空間も、実際の世界も神が作り出した物だ。
エルフは、あまりにも精霊を神格化しすぎているのでは無いだろうか。
――精霊によって甘やかされた過去を懐かしむのはわかるが、そろそろ自分達も変わるべきではないだろうか?
――大体エルフは何故外の世界へ行かないんだ? 少しの間なら……多分数年くらいは外へ出ても精霊の水さえ持って行けば生きていけるはずだ。
――精霊の水が流れ落ちる場所まで探し、教えてやったではないか。気に入らなかったのはエルフの勝手だ。
――魔力があるのだから魔物化はしないと判明している。極論から言えば穢れた聖地でも生きていけるのでは無いか? 獣人が一緒にいるからそれは出来ないが。
――それをルシオの異空間を渡せだの、異空間の場所を探せだのと我が儘ばかり言ってくる。おまけに今度は、異空間は本物ではないだと! 地の民を見習え!!!自分達で変革しろ!
【ルシオ、そう、厳しく評価しては可哀想だ。エルフは精霊によって過保護に形作られた存在だ。神は、人間や他の種属に試練を与え強く生きよと鞭を振るうが、精霊は違ったのだ。そこを理解してやらねばな】
ご先祖様の言い分は何となくわかるが、このままでは、エルフ達はいつまで経っても変われない。自分では何もせずに他に頼ってばかりだ。
精霊自体が変われば、エルフも自立出来るようになるだろうか?
【エルフがある程度自立するには、まずは心と身体を鍛え直さなければなるまい。お主がやることはテセロの中に巣くう精霊をまずは鍛える事だ。そしてその後、テセロにエルフ達を委ねれば上手くいくかも知れないぞ】
「つまりは、普通に子育てをしろ、と言うことだね」
【そう言うことだ】
ルシオは渋るアダ王を無視して、テセロを森から連れ帰った。
これから本格的に子育てに挑戦しなければならない。ルシオに取っては未知の世界だ。ルシオ自体もこれほど幼い養い子を育てた経験がないのだ。
だが、テセロを育てる過程で、テセロの中の精霊も一緒に成長してくれるはずだ。気を引き締めて取りかからねばならない。
ふと、養い親のウゴを思い出す。彼は放任主義だった。ルシオは大人びた幼児だったから、ウゴはルシオにとって理想的な養い親だった。
だが、テセロを同じように育ててはいけない気がする。
厳しく、愛情深く、世話を焼きすぎず、決して目を離さない……なんて難しいんだ。
世の親は、こんな大変な作業をしているというのだろうか。
勢いに任せて親になると決めたが、冷静になって考えると、ルシオ一人では荷が重いのだと、頭を抱えた。
ルシオはクリステルに助けを求めることにした。
クリステルには今エルフの養い子がいる。彼の養い子と一緒に育っていけば、テセロにとってもいい影響が有るのではないだろうか。
ルシオはアレハンドロと一緒に育った経験がある。
前世では一人っ子だったので、他人との付き合い方が下手だったが、アレハンドロと一緒に競い合いながら友情を育み、そして信頼できる友人となれたお陰か、今世では気楽に友人と接することが出来る様になれた。
アレハンドロとは正反対の性格だったが、それが返って良かったのかも知れない。嫌なところも良いところも併せて認め合い、信頼を築けたのだから。




