41 閑話 バレリアの日常2
「お前の今の力を見せてみろ。出し惜しみするなよ!」
アレハンドロに言われて、やっと覚えた火の防御魔法『ファイアーサークル』と水の防御『ウォーターウォール』そして唯一殺傷能力がある、風の刃『ウィンドカッター』を発動して見せた。
尚、魔法の発動の際の呼び名はルシオが名付けたものなのでそのままの言葉で発動している。
ルシオは、
『女性初の戦闘魔導師になるんなら、格好いい発動言語があればみんな憧れるはずさ』
そう言っていた。口には出せず胸の中でバレリアは、
――これって格好いいのかしら?……何となく恥ずかしいんだけど……。
「……なんだ、それ。長ったらしい発動言語だな。初めて聞く名前だ。まあ、いいや。問題なく出来ているし、威力も申し分ないな。流石魔力が多いだけある」
アレハンドロに褒められた。初めてかも知れない。
だけど発動言語にダメ出しをされた。
「発動言語は別になくても魔法は放てる。慣れたら心で唱えるだけで良いんだが、俺達は単独で戦うことは滅多にない。殆どチームを組んで戦う。そんな時、皆にどの魔法を使うか知らせるための発動言語だ。お前のような長ったらしくて聞いたこともない言葉は、周りが戸惑って戦えなくなるんだ。発動言語は周知されている言葉に代えろよ」
「……はい」(え、と、ルシオさん……これはどう言うことでしょうか)
剣術も何とかお墨付きをもらえ、今度は防具と武器を新調するために、迷宮島にある武器屋へ連れて行かれる。出来上がるまで数ヶ月は掛かると言われた。
女性用は既製品がなく一から作らなければならないそうだ。
「あ、あの……私、お金は……」
「俺が出してやるから心配すんな!」
「……」
「今日はルシオがいないから、二度転移したが、ルシオさえいたらすぐにここへ来られるんだがな」
「防具も出来ていないのに、迷宮へ入るの?」
「まさか、まだまだお前は戦えない。まずは身体強化を習得しないとな」
何だかアレハンドロは妙に浮かれている。どんな訓練が待っているのか不安になってくる。
アレハンドロは、
「ルシオは戦闘経験がないから教え方が偏って下手っぴいだ。俺達と組む時は彼奴は殆ど魔力押しのタンクだしな。お前の気質は前衛向きだ。これからは俺が養い親の役目をしてやる。ルシオには許可は取ってあるからな」
そう宣言した。そして、
「へ、へっ! 養い子を育てるのは初めてだ。ちっとばかし年食った養い子だが。まあ我慢するかっ!」
そう言われバレリアはムッとする。
アレハンドロは、
「十歳になってすぐに養い親に連れて行って貰い迷宮へ入ったぜ。あ……これは内緒だからな」
と自慢げに話す。ルシオでさえ十二歳頃迷宮へ行ったんだと教えてくれた。
――魔導師ってそんなに幼い頃から戦わなければダメなの?
感心するが、不憫な気もするバレリアだ。
殆どの魔導師は、年端も行かない間に売られてきたそうだ。
今は自分から魔導師になりたくて来る人が増えたが、多分、ルシオやアレハンドロの時代は、五歳とか下手をすれば三歳で養い子になったのではないだろうか。
あの可愛らしいテセロが戦っている姿を想像すると、恐ろしくて身が縮む。
テセロも成長した暁には戦闘魔法兵になってしまうのだろうか。
せめて錬金術士になれるよう、魔力を上げてやりたい。泉の水を朝晩飲ませれば良いのでは?
温泉も効果があると聞いたので、毎日二回お風呂に入れようと心に決めた。
身体強化は問題なく発動できた。この魔法は属性には関係なく、身体に魔力を廻らせるだけで良かった。
身体強化をした次の日は体中が痛くて悲鳴を上げそうになるのだ、それがとても辛い。
ただルシオからは気になる事を言われた。
「身体強化か……女性にやらせるのはチョット抵抗があったんだよね……覚えちゃったかぁ。ほどほどにね」
どう言う意味なのか、暫くすると分かってきた。
この魔法を使えば、身体があり得ないくらい筋肉質になってしまうようだ。
今では二の腕もふくらはぎも凄いことになっている。
お腹はシックスパックになっているし顎まで筋肉が付いてきた。
「元々私は筋肉が付きやすい体質だものね……でも、良いわ! これくらいでないと彼奴を超えることは出来ないもの!」
今日は練習してきた身体強化を試される日だ。
アレハンドロは防具を脱いで生身の身体になり、筋肉を見せびらかしてかなり暑苦しい。
「さあ、思いっきり打ち込んでこい!」と言って胸をどんと叩くアレハンドロ。
――全く! 自信過剰にも程がある。防具無しでは木剣でも怪我をしてしまうでしょうに。馬鹿に付ける薬はないと言うし、思い知るが良いわ!
バレリアは、木剣の握りを確認し、教えられたとおり中段の構えを取った。
身体に魔力をゆっくり廻らせ、呼吸を整え、一歩前に「タンッ!」と足を踏みだし、地面をえぐる。続けて腰を入れ、強化を掛けた腕で袈裟懸けに打ち下ろす。
「やああぁー! あぁっ!?」
日頃の鬱憤をぶつける勢いで袈裟懸けに木剣を当てたのに、「バキンッ」という音がして、木剣がポッキリと折れてしまった。アレハンドロには傷さえ付かなかった。
アレハンドロが身体強化を掛けた身体はまるで石のように硬く、全く刃が立たない。
仁王立ちのままピクリとも動かないアレハンドロは『ニヤリ』と笑い、もっと打ち込んでこいと言う。
バレリアは悔しさに唇をかみしめながら、木剣を新しいのに変え、再び打ち込むが、今度はアレハンドロに素早く移動され、かすりもしない。
――くっ! デカい図体してるくせに! ちょこまか動いてぇーー! あのにやけ顔が超むかつくッ!
頭に血が上りめちゃくちゃに木剣を振ると、目の前から突然攻撃対象が消え、真後ろから声が掛かる。
「おい、俺はここだ。きちんと魔力を動かさねぇといつまで経っても当たらねぇぞ」
まるで瞬間移動だ。いつの間にか後ろを取られてしまった。ギョッとした直後、魔力の流れが途絶えて、力が萎え、疲れがどっと押し寄せてきた。
「身体強化は堅さだけじゃあ無い。魔力を高速で廻らせれば、素早さが上がるんだ。それが出来る様になったらまた違う魔法を教えてやる。だが、まずは身体強化の完全マスターからだ。頭に血が上って魔力を途絶えさせるなんざ、まだまだひよっこだな!」
「……ぐぬっ!」
強度や素早さは魔力の大きさによって変わるらしいので、アレハンドロの魔力は飛び抜けて大きいと言うことだろう。
――私には、こいつを倒せそうもない……悔しい!!
「身体強化は魔力を外に出さない分魔力消費が少ないはずなんだ。何時でも使うようにしろよ。筋肉が付いて嫌だなんて抜かしたらしばくぞ! 自然に身体強化している様になれ。それが出来たら、次は風の魔法の『飛行』だ。これは魔力を喰うが、お前なら問題ないだろう」
バレリアはまだ魔力操作の途中だが、アレハンドロは訓練の中に魔力操作を組み込んで早く覚える方法を教えてくれる。
例えば、『土壁』を出し、更にそれに火を纏わせたり、『風の槍』の先に土の鏃を付け加えて威力を上げたりする方法だ。
これは複数の属性を操る方法で、繊細な魔力操作が必要になる。
「この方法で訓練すれば、延々と面白みのない魔力操作の訓練をするよりも実践向きだし、何より飽きない。並列思考の訓練にも効果的なんだ」
この訓練方法はアレハンドロが生み出したのだという。
流石に戦闘が得意な魔導師だ。
――ルシオさんとは戦闘魔法の桁が違う……。
◆ ◆ ◆
午前中はテセロの面倒を見て、午後はアレハンドロから訓練をして貰う。そんな日々を過ごす内に一年が過ぎた。
ルシオやソフィアからは座学だけを習うようになった。実技はアレハンドロに丸投げにされてしまった。
「バレリア、魔法陣はどう? 先に進んでいるかしら」
「……難しすぎて、私には無理……」
「まあ、そうね、戦闘魔導師なら使わない知識かもね」
ルシオからは、
「……選別を受けてからでも勉強は出来るから、詰め込む必要はない……かな」
そう言われてしまった。
「やっぱり頭が悪いのかしら……私は」
そうこうしているうちに光の属性と闇の属性の座学が始まる。
「光と闇は魔導師は絶対に学ばなければダメなのよ。特に光は治癒魔法に必要な物なの。戦闘魔導師なら自分で治癒が出来なければ危険なのよ。だから頑張って覚えましょう……ね! それが終われば空属性を教えてあげられる」
「そうだぞ。空属性が使えれば、君の異空間を造り出せるかも知れないんだ。収納だって自前のが出来るしな」
まだまだ学ぶ事がありそうで、気持ちが萎えてしまいそうになる。
「身体を動かしている方が楽しいわ。座学はつまらなすぎる」
頭の中に、ニヤニヤしているアレハンドロが浮かんできた。
「脳筋野郎のアレハンドロでもこなしてきたんだ。私だって出来るわ! 異空間が出来たら自分の住みかが持てるかも知れない!」
覚えることが多すぎて、バレリアは、テセロのお世話が、少しばかりおろそかになってしまった。
◆ ◆ ◆
テセロは、屋敷の猫獣人ミミに連れられて、毎日森に水を飲みに来るようになった。
「ぼっちゃん! ミミが水を掬いましょうね。はいどうぞ」
「……おいちぃ」
以前はバレリアとゆっくり歩きながら来ていたのに、今はミミに抱えられて素早くここへ来て素早く帰る事になった。
この頃バレリアは忙しくてテセロの相手は出来ないのだ。
さみしくて、何となくつまらない。ミミも優しいが、バレリアはお母さんみたいで安心するのだ。
朝、珍しくミミより早く目覚めたテセロは、今日は一人でゆっくり歩いて森へ行こうと決めた。
バレリアと一緒に歩いたように朝靄の中を一人そぞろ歩く。
そして泉の辺に漸く着いた。
何時も泉には、妖精達が飛び交っているはずなのに今日は違った。
水の表面すれすれの一点に固まっているのだ、数十匹? 程いる。
テセロはぬれるのも構わず、泉の中に入って妖精の近くまで行くが、妖精達はテセロなど眼中にないようで、その場から離れず水の中を覗いている。
腰近くまである深さ……と言っても三歳児の腰の高さはたかが知れている。
テセロが水の中を覗くと、水の底に鋭い光を放つ小さな石が沈んでいた。




