40 閑話 バレリアの日常
――ルシオさんは以前とは体付きが変わってしまって、がっしりしている。以前はすらりとした好青年だったのに、随分鍛えたようだ。魔物がいるグランデ大陸は、こうでないと生きてはいけないのだろうか?
ルシオ魔導師が作り上げたという異空間は不思議なところだ。
穏やかな広い海が一面に広がっている。実際の世界とは隔絶している空間なのだという。
大きな島が沢山あって、島それぞれで植生が異なっていて、作物はどれほど採っても尽きないのだそうだ。
そこには、見た目が動物の人間や毛むくじゃらの地の民という背の低い人達が住んでいた。
彼等は見た目は異質だが、皆朗らかな性格で親切だ。獣人達は身軽で敏捷だ。毎日島を廻り木に登ったり動物を簡単に捕まえてきたりする。そして、とても器用だ。
糸を紡ぎ、機織りをして自前の服を作りもする。
彼等の服は高級な素材で出来ていて、バレリアにもソフィアにも作って持ってきてくれる。
特に下着は、肌触りが最高だった。
「これって、貴族が着ているグサノデセダの生糸じゃない!」
考えられないほどの高級素材を使った物だった。
何時もルシオさん達の周りに集い、世話を焼きたがる。
美味しい果物や作物も大量に持ってきてくれる。
彼等は、パンを作って食べるが、見たこともない、白いつぶつぶのもっちりした物を丸く纏めて、パン代わりに食べてもいる。
「これは『握り飯』というものなんです。ルシオさんがこれの作り方を教えてくれたんです。ササ、食べてみて」
やや、塩気はあるが淡泊な味だ。でも仄かな甘みがあって飽きが来ない。初めて食べるものだが、とても気に入った。
背丈が百五十センチもない毛むくじゃらの地の民は、小さくてもがっしりした体格で力持ちだ。
土の属性があり、更には人族では知られていない金属の属性もあるという。
彼等の作る食器はとても繊細な物で、鮮やかな色や模様があった。
獣人と同様に器用で、金属を加工してアクセサリーなんかも作っている。これも持ってきてくれる。
バレリアが今身につけている美しい腕輪や指輪は彼等からプレゼントされたものだ。
エルフ達にも、木の属性という不思議な力が有る。
エルフの王が住まう、やや小ぶりな宮殿は、白く繊細な造りで、精緻な文様が施されている。
聞く処によるとこの宮殿も元は木で、木の魔法でこのように変化させるのだそうだ。この宮殿には十人ほどのエルフが一緒に住んでいる。
木魔法は、人族には出来ないエルフ特有の魔法なのだろう。
この森には妖精という美しい小さな人型の虫のような存在が飛び交っている。羽ばたく度にキラキラとした光が彼等と共に舞ってとても綺麗だ。
エルフは、銀色の長い髪で身体が華奢だ。男とも女とも付かない怪しい魅力があってとても麗しい。
そんな幻想的な異空間の中でもとりわけバレリアの関心を集めているのは、可愛らしい二歳の男の子だ。
薄茶色の丸い目と、栗色のくるくるカールした柔らかい髪の毛。薄茶色の肌色をした大陸人の子供。
笑うと、ふっくらとしたほっぺたが持ち上がり、可愛らしい乳歯が覗く。
その子供を連れて、毎日の日課となっているエルフの森にある泉へ行く。
そこに湧き出す水をテセロと一緒に飲むためだ。
テセロとはこの子の名前だ。当初、この子は名前がなかったそうだ。名前はあったかも知れないが幼すぎて自分では名乗れなかったかも知れない。この子は、二歳になる前に親から捨てられたのだという。
バレリアが泉に手を入れ水を掬って飲み「ああ、美味しい」と言うとテセロも真似をする。
小さな手で泉の水を掬い、びしょびしょになりながら、水を飲み「ぷはぁ……おいちい」と息を吐く。その愛らしい姿に思わずバレリアは笑ってしまうのだ。
甲斐甲斐しく顔や手を拭いてやると、テセロは嫌がるでもなく、大人しくされるがままになっている。
「テセロは大人しいのね、男の子ってもう少し騒がしいものじゃないかしら……」
バレリアには弟が二人いて、良く騒いで喧嘩していたのを思い出す。
『テセロ』は『宝』という意味を持つ名だそうで、ルシオさんとソフィアが一緒に考えて付けた名前なのだ。
「こんな可愛い子供を捨てる……世の中は不公平だわね。子供が欲しくても授からない人もいるのに……」
そう呟くバレリアの言葉を拾ったルシオが、
「悪いねバレリア。僕達が面倒を見なければならないのに。君にばかり押し付ける格好になって仕舞った」
「いいえ、私は喜んでテセロのお世話をしているんです。それにルシオさん達は忙しいのですもの。これは私が役立つ唯一のことだわ」
魔法の修行は順調に進んでいる。
「バレリア、魔法文字を覚えた後は火魔法の発動だ。怖がってはダメだよ」
「でも……また暴発するかも……」
「大丈夫だ、海に向けて発動すれば良いんだから。問題ない。……その……女性は、月のものがあるとき以外は平気なんだよ」
「……そうだったの? そう言えばあの時も月のものがあった日だったわ」
「女性には、そこが不利な部分なんだ。月のものがあるときには魔力が不安定になる。魔法が全く発動しなかったり暴発したりする。それだけは気を付けてくれ」
「はい」
火魔法を習得した後、水魔法を習得し、その後に魔力操作も勉強して居るが、これがとても難しい。水を細く出しながら途中で消すという作業だ。
「魔力が大きいほど魔力操作は難しいんだ。焦る必要はないからね。魔力操作を完璧に習得するのに、10年かかる人もいるくらいなんだ」
今のところ魔力操作で躓いている。時間は沢山あるのだから焦る必要はないと励まされ安心した。
「テセロ、貴方にも魔法文字を教えて上げるわね」
今はテセロの教育も兼ねて一緒に勉強して居る。
テセロの魔力は小さいが、何時も飲んでいる泉の水は、魔力器を成長させるので、その内にもう少し魔力は大きくなると言われた。
「この子の魔力器が成長するのと、私が魔力操作を完璧に出来るようになるのとどっちが先かしらね」
今ではそれくらいのんびり構えているバレリアだった。
この異空間には、他の魔導師が頻繁に来ている。
クリステル神官やその養い子になったエルフ、パブロ神官、ミゲル神官などしょっちゅう来ている。驚くことに神殿長まで偶に来るのだ。
彼等にはここでは何も用事がないようで、海辺で魚を釣ったり、フライトモービルに乗って島を回ったりして休暇を楽しむ為に来ているようだ。
ここに来ると癒やされると皆が言う。彼等は温泉に入って数日ゆっくりして帰っていく。
そして一番頻繁に来ているのは、アレハンドロ戦闘魔導師だ。彼は元は神官だったが、今は戦闘魔導師で、迷宮の管理を任せられているそうだ。
殆ど毎日来て食事と温泉に入りに来るのだ。彼は魔導師なのにルシオさん達のようには忙しくはないみたいだ。
「迷宮島? この異空間にあるの?」
ソフィアがまだ見たことがない島が、この異空間にはあったのだと驚いた。
「ああ、迷宮は楽しいぞ! バレリアも魔法が使えるのなら連れて行ってやる。行くか?」
別に興味はない。アレハンドロ魔導師の話を聞く限り、とても危険な場所だ。
バレリアは行かないという風に首を横に振る。
この異空間には、魔物がいると言うことなのだろう。
魔物は、ペケーニョ島にはいなかったので実際には見たことはないが、好戦的で恐ろしい怪物だと聞いている。
アレハンドロは、バレリアが行かないという態度を示しても気にせず毎回「行こう」と誘ってくる。
アレハンドロには言葉でハッキリ言わないと通じないようだ。
「私は行きたくないわ。でも、誘ってくれてありがとう」
「え、行きたくない? なぜ?」
何故と言われても、「怖いから」としか言えない。
「魔導師を目指すなら魔物と戦わなけりゃ。お前は成長期は過ぎているから魔力は成長しないが、経験値を上げた方が良いんだぞ。このままでは何かあっても戦えないじゃないか」
何故戦うことが前提なのか分からない。「女は戦う必要はないはずよ」というと、アレハンドロは、
「女だからと甘えているんじゃないか? 魔導師をめざすなら、まずは戦う技術を鍛えるべきだ。俺達は魔力のない一般人を守る役割だってあるんだぞ。お前のような大きな魔力持ちなら魔法兵の男どもなんか、あっという間に蹴散らしてしまえるんだ」
だからもっと研鑽に励めと凄い剣幕で諭されてしまう。
「私……魔導師に、ならない方が良いかも……」
アレハンドロ魔導師のせいで、この頃また怖くなって仕舞ったのだ。
それからもアレハンドロ魔導師は、毎日「迷宮島を案内する、行くぞ」と誘ってくる。
毎回断ってはいるが、彼は呆れたように眉をひそめて言うのだ。
「おまえの魔力は魔導師にはなれるだろうが、錬金魔導師や神官は多分無理だ。神の選別で、戦闘魔導師になってから鍛えても遅いぞ。三十にもうすぐなるんだろう? 今から鍛えないでどうする。お前は女の割りに身体付きががっしりしているから、鍛えればものになる」
そう言って木剣を持たせ、
「毎日素振りをしておけ。サボるなよ」
無理矢理、剣術の稽古まで押し付けてくるようになった。
おまけに、バレリアの身体が大きくて立派だと言って、ベタベタと二の腕や太ももを触る。
パーソナルスペースが極端に狭いのか、近づきすぎるアレハンドロが嫌で堪らない。
然もバレリアが気にしている、背の高さや、やや筋肉質の身体付きを褒めてくる。
十五歳になる頃から急に成長し始め、ホセよりも十センチ以上も背が高くなって、何時も背中を丸めていたバレリアは、アレハンドロにそう指摘されて、以前のコンプレックスを思い出して仕舞った。
ここにいる人達は、皆体格が良いため気にしなくなったコンプレックスだ。
それが再び気になりだしてしまったのだ。
毎日毎日剣術の稽古をさせられ、「下手くそ」だの「へっぴり腰」「構えがなっていない」だのと罵倒され、いい加減頭にきたバレリアは、
「もう! 私に構わないで。魔導師にはならないことにしたから! 私は薬師でも、錬金術士でも生きていけるんだから!!!」
アレハンドロ魔導師は、途端に厳しい目をして、
「おまえは馬鹿か? 魔導師にはなるんだよ、嫌でもな。その為にお前は神から大きな魔力を授かったんだ。金を稼ぐためじゃあないんだ。考え違いをするなよ!」
と言い放ち、また厳しい稽古を強要してくるのだ。
彼には何を言っても無駄だった。正に、馬の耳に念仏。のれんに腕押し、糠に釘……気にもとめない性格なのか、馬鹿なのか。
アレハンドロは自分の主張しか頭にないようだった。
ほとほと疲れてしまって、今では仕方なく稽古を付けて貰っている。
「私はこの分では戦闘魔導師になってしまうのかしら……」
その事をソフィアに相談すると、
「良いかもね、女性初の戦闘魔導師……きっと女性の新たな道が開けるわ。今まで戦闘系に進んだ女性は一人もいなかったの。バレリア、アレハンドロが貴方に才能があると認めているのよ。男達に負けないくらい強くなって見せて」
ソフィアに言われて何となく「良いかもしれないわ」と思ってしまった。
「あの面倒くさいアレハンドロをコテンパンにやっつけてやれたら気分が良いわね」
”俺は男だ、偉いんだ”と自慢しているような思い違い野郎を、ぎゃふんと言わせることが出来たら最高だ。
それからは剣術の稽古に身が入り出した。
身体が鍛えられると心に安定感が増し、魔力操作が格段に成長し始める。
ルシオからは、
「バレリア、凄いぞ。次は風と土の発動だ。それが出来れば、もう一段上の魔力操作をしよう」
そう褒められて、益々やる気が出てくるバレリアだ。
日々変わっていく自分を、驚きと期待を持ってバレリアは見ている。
「私はまだまだ成長出来そうだわ」
「そうだ、お前は成長する。どうだ、そろそろ迷宮へ行く決心が付いたか?」
「ええ、魔物を見て見たい」
「そう来なくちゃ、よろしくな! 相棒」
「誰が相棒よ!」
そう言いながら、何故か笑いがこみ上げてきた。
自分が男性に対して気楽に、対等に話す事が出来ている。ホセに対しても、どこか遠慮があったのに、力を持つと人は変わるのだろうか。
引っ込み思案だった自分が、別人に変わったような錯覚を起こす。
「私は自由になったんだわ。もっと力を付ければ更に自由になれるかもしれない……」




