38 ブルホからの帰還命令
「ルシオ! 大変」
「どうした?」
ソフィア神官に、急遽ブルホ大神殿に帰還命令が下った。
二人は慌てて神殿長の異空間へ転移する。
「何かあったのですか?」
「……ソフィア神官にこちらで活動して貰うことになった。女性専門の魔法学校の設立に手を貸してもらいたいのだ」
「女性専門の?」
神殿長から詳しい話を聞いた。
近頃養い子になった女性達が困ったことになっていると言う。
「養い子達が、性の対象になって仕舞った……と言うことですか!」
ソフィアは憤慨している。やはり、養い子制度は女性には向かないと言うことだ。
「こちらで色々手を尽くしてみたのだ。神の審判にも委ねたのだが……神は黙して語らぬ。寧ろ魔法使いを増やせと言われたでは無いか。ルシオ魔導師は、知っているだろう?」
「はい……」
「ルシオ、何故教えてくれなかったの?」
「君とは疎遠になって居た頃だし、もう問題はなくなったと考えていたんだ……」
「……そうだったの。それで魔法学校の設立と言うことになったのですね」
「そうだ。治癒院のマーリア総括とも話し合って決めたのだ。これから校舎をどうするか、何処に造るかと、決めることが目白押しだ。ソフィア神官、どうか手を貸して欲しい」
「勿論です。やらせてください! ただ、地下都市の学校はどうしたら良いのか」
「それは気にせんでも良い。次の教師の人選も終わって派遣は既に決まっているのだ。ソフィア神官が作りあげた魔法学校はよい手本になった。女性の魔法学校が軌道に乗れば、男性の養い子制度も変わっていくことになるだろう」
ルシオも一緒に手を貸せと言われたが、ルシオは今すぐには無理だと断った。
今後、地底人の魔力持ちが困ったことになりそうだと打ち明ける。
「その様な事態になっていたか」
「はい、僕が以前の王を始末したのです。責任は重大です。収束するまで……せめてプリメロに魔力持ちが避難するまでは目を離すわけには行きません」
「そうだな。実を言えば地下都市には旨みがないという話になっておってな……魔導師達は行きたがらないのだ。今回派遣する魔導師には対価をかなり払っている。そして、十年を期限としているのだ。その後は地下都市からは手を引くことになるだろう」
ソフィアは、十年あれば成長した子供達が代わりを務めることが出来る。十分だと太鼓判を押した。
ルシオもソフィアも彼女のブルホ帰還は問題はないと思っている。
これはソフィアが選別の時、神から見せられた未来の姿にも通じるのでは無いか? 神からの重大な使命なのだろうとも考えた。
二人は離れて暮らす必要は全くないのだ。会いたければ何時でも異空間で過ごせるのだから。
二人一緒の活動が出来ないと言うだけだ。
ただ、ソフィアは、暫く子供は作れそうにないことが残念そうだった。
「急ぐことはないさ。僕達には長い寿命があるそうだし、仕事が軌道に乗ってからゆっくり子供を産み育てればいい」
「そうね……これからは会えなくなることも多いと思う……せめて通信だけでも毎日するようにするわ」
「ああ、僕からもする。だけど時間がある限り会いたい」
「……ええ」
ルシオは、ソフィアに、自分の前世の学校の仕組みを彼女の参考になるかもと話して聞かせた。
「貴方の世界は随分長い間学校に通うのね」
「え! そうか?」
義務教育で九年、その後高校で三年、大学へ行って四年。学部によってはもっとだ。然もその先大学院へいくものもいる。確かにそうかも知れない。
ソフィアは、自分では通ったことはないがと前置きして、商人達が通う学問所の仕組みを話して聞かせた。
商人は、使用人は別として店の跡取りには商人ギルドが仕切っている学校へ通わせる。
商人の学校は半年ごとに試験をして試験に通れば直ぐに卒業となるそうだ。
出来の良い子供は直ぐに卒業できて仕舞うのだという。勿論数年かかってやっと卒業になると言う子供が大半を占めるが。教わることは文字と計算と地理、経営学だそうだ。
「初めの結婚のとき、先妻の子供が通っていたから事情はよく知っているのよ。私はその子が学んできたことを聞いただけで覚えてしまったけどね」
ペロリと舌を出して、簡単な学問だったとソフィアは言うが、彼女は知能が人並み外れて高いせいだ。普通の人にとっては大変だろう。
ソフィアが地下都市に造った魔法学校もその仕組みを取り入れていた。その為二年で卒業する子供もいたという。
「教科書も簡単にしたせいもあるかもね。余計なものは排除して要点だけ集中的に教えたのもよかったかも」
ブルホでは考えられないくらい短期間だ。ルシオは魔導師になるために十数年かかったのだから。
そう言えばルシオの生れた家も商家で、兄達は学校に通うと言っていたのだった。三歳で売られてしまったルシオにとって商人の学校の事情など知るよしもなかったのだが。
「君の考えた仕組みの方が良さそうだな。その仕組みなら無駄に長い間拘束されないな」
「それに魔法使いには魔力の問題があるでしょう? 使えない知識を覚えるのは時間の無駄だと思ったのよ」
確かにそうだ。魔力が大きければ制約は少ないが、少ない魔力では出来ることが限られてしまうのだから。
出来ないことを幾ら学んでも、限られた人生にとっては無駄なのかも知れない。
「じゃあ、今度造る魔法学校も同じ仕組みにするのかい?」
「いえ、もう少し綿密に仕組みを考えて見るつもり。教科書も作らなければならないし、兎に角やることがありすぎて目が回りそうよ」
「僕に出来ることなら相談に乗るからね、余り根を詰めないで」
「ふふっ、分かったわ。でも楽しみで……多分無理をしてしまうかも……」
◆ ◆ ◆
ルシオは地下都市の魔法学校で、交代でやってくる魔道師が来る間、子供達の面倒を見ることにした。
ソフィアの代わりをしているのだ。
彼女がやっていた無料の治癒も引き継いでいる。
一日が終わり異空間に戻れば、アレハンドロが毎日のように屋敷に居て、獣人達に世話を焼かれているのだ。
「また来ているのか。迷宮島にも料理屋も湯屋も在るだろうに」
「そんなこと言うなよ。ここの温泉は半端ネェくらい気持ちが良いし、飯は旨いし、ネェちゃんは可愛いしな」
アレハンドロはそう言いながら猫獣人のメイドの尻尾をくいっと引っ張る。
猫獣人は嫌がる風でもなくクスクス笑っているが、随分なれなれしい仕草にルシオは少し心配になるのだ。
アレハンドロは余りにも性に自由すぎる。獣人の女性に対しても手を出すつもりだろうか?
「アレハンドロ、彼女は、女給や娼婦じゃないからね! それ以上気安くしてはダメだよ!」
「ッ! そ、そんなつもりじゃないからな! これくらい只の挨拶だろうが!」
少し憤慨して頭にきていたルシオは、アレハンドロに、女性の養い子達の事を話して聞かせる。そして女性専門の魔法学校のことが出来た経緯も話した。彼は初めて聞いたという顔をした。
「だから、魔道師や魔法使い達の倫理観について神殿長は規範を設けるようだ。君もこれからは気を付けた方が良い。僕ら魔導師達は、常識や考え方を変えていく時期に来ているんだから」
「……窮屈になりそうだな……」
異空間にはソフィアもほぼ毎日帰って来るが、何時も疲れていて、食事を取った後は直ぐに寝入ってしまう。
ゆっくり話したくてもルシオは控えるようにしている。疲れて居るのが分かっているのに敢えて話すような重要なことは、今はないのだから。
ルシオが地下都市の魔法学校を受け継いでから一ヶ月過ぎた頃、各都市から地底人が少しずつ集まりだした。殆どが魔力を持つ子供を抱えた家族だ。
ルシオは、王に掛け合って街を広げる許可を取った。
魔素の噴出する場所に近い処に新しく街を造り、行く行くは現存の街につなげて拡大するつもりだ。
これからも続続と魔力持ちが移住してくれば、この限られた地底都市では受入れられなくなると予想したためだ。
「王様、ここに貴族の為の住居も造りましょうか?」
「……造れってくれるか!」
「はい、ですが僕の土魔法は拙いので、知り合いを連れてきます」
「ほうほう、知り合いとな。魔導師かの?」
「いえ、土魔法に特化した地の民という種属です。彼等も地底に街を作って生活しています。頑丈な地下都市になると思いますよ」
「地の民……?」
初めて聞く種属に、目を白黒する王だ。
貴族街のような隔離された立派なものは必要無いだろう。人族が魔力を持つことが出来る様になるための集落だ。
ズブムンド国へ行き、ボンゴ王にその事を相談すると、喜んで協力してくれるという。
「ルシオ殿に恩返しの機会が訪れた。張り切って協力いたしますぞ。しかも、同じ地下に住む種属があったとは、なんとしても力になりたいですな」
造りは地の民の住んでいる巨大な柱の住居になる。柱は地下の天井を支え、大きな住居も兼ねるというものだ。
今までの地底人の街は、呪いの王が過去の地上の街を模した造りだったので、大分様相が変わって仕舞うが、住んでいく内に慣れるだろう。
この方が狭い土地に沢山の住人が住めるという利点もあるし、柱の中に魔道灯の灯りを設置すれば人族も不自由なく住めるはずだ。
ここは小さな洞窟が連なる狭い通路で周りは岩ばかりだったが、地の民の力が有ればで広く生まれ変われるはずだ。
ルシオは、街から大分離れたこの場所の中心に巨大な一本の柱を設置するように設計した。
この柱は人族の集落になる予定だ。この柱一本で人族の生活が完結できる大きさにする。
地底人にとっては辛い灯りをこの柱の中にはふんだんに取り付ける。
中心を囲んで数十本の柱を立て、グルリと囲み、それらが地底人の住処になる。
これなら貴族のプライドも満足するはずだ。
「簡単に出来ますぜ。ルシオさん。だが入り口は?」
「ああ、そうだった、君達のように岩を通り抜けられないんだったな」
総勢千人の地の民が二ヶ月掛けて作り上げた新しい街は、前世で見た高層ビルが建ち並ぶ近代都市のようになった。
彼等、地の民が仕事をして居る間の衣食住は、ルシオの異空間を解放した。彼等が希望したのは、使い当てのなかった火山がある島だ。
彼等はそこに、自分達で住居を作り上げ立派な集落にしてしまった。
地の民はそこをいたく気に入って、仕事が終わってもここにずっと住みたいと言い張ったのだ。
彼等にフライトモービルを与え、近くの島に生えている食物を自由に食べて良いと言ったことも彼等の琴線に触れたようだった。
「あっし等、ここに住んでも良いですか?」
「……別に構わないが、良いのかな。勝手に移住しても」
「王には、ルシオさんの助けになれと言いつかっておりやすんで。何、今いる全員ではないです。くじ引きして二百人くらいに減らすように人選しますんで。まあ、後から家族を連れてくるから、実際は三百人くらいにはなりますが」
そんな一悶着もあったが、立派な地下都市は無事に出来上がった。
「この地底都市は魔素が濃いですな。仕事が捗りましたぜ。良い場所だ。ここなら希少鉱物が見付かるかもな」
「希少鉱物? 魔鉄鉱とか、ミスリルとか?」
「そんなありふれたもんじゃねぇよ。光る石でさぁ。光る石は滅多に見付からねえ」
「日にかざせば光るとか? 宝石のようなものかい?」
「違いやす。石自体が光るんで。それを細かく砕いて練り込めば、綺麗な器が出来ます。あっし等の国では王様しか持っていませんがね」
「魔素を含んでいそうだな……」
「そうです。結構な濃い魔素が固まって出来上がるみたいですぜ」
魔水晶に似ている。だが魔水晶自体はそんなに光は発しない。全く違うものなのだろう。
そんな鉱物があるとは全く知らなかった。だが、ただ光るだけ? 他の利用価値もありそうだな。とルシオは考えたが、取り敢えず探して見ることにした。




