36 地下都市の貴族達
ルシオは地下都市の貴族街にあるバズウ魔道師の屋敷に来ていた。
バズウ錬金魔導師が発見した『人族にはすべて未成熟の魔力器がある』と言う話を聞くためだ。
「獣人もですか?」
「獣人は鑑定したことがないから解らんな。鬼人にはなかったぞ。代わりにその部分は硬化しておった。アレは穢れた魔水晶のなりかけではないかと思っている」
鬼人は魔物に近いと言うことなのだろう。ルシオがツォアル周辺で見た鬼人達は魔物化が進んでいた。人が持つ未成熟の魔力器が魔物化を引き起こしているのだろうか? 動物たちが魔物化した場合は、内臓に蓄積された魔素が肝臓や心臓近くに魔水晶となって形成されていた。
ルシオには鑑定しても分からなかった。バズウ魔道師はどうやったのか聞くと、
「その……死体を……解剖して細かく鑑定して……見付けたのじゃ」
解剖と聞きルシオは疑いの目でバズウ魔道師を見た。この魔道師は闇に捕らわれているのではないのか?
左手をバズウに当て彼の真意を知ろうとした。
「……何処で死体を調達した? 一体何人の犠牲が出ている?」
「い、いや決して儂が殺したとか言うのでは無いのだぞ。その様な恐ろしいことはしていない。数十年前儂はかのノルテ国との戦争に治癒師として従軍していたのだ。あの戦争ではおびただしい戦死者が出た。彼等の身体を解剖したのじゃ。儂はそれ以前からこの研究をしておったのでな。魔力がないと言われておった者達の身体を見て見たかった。あの戦争でなくなった魔力持ちも……解剖できたがな。その結果、魔力がないと言われていたもの総てに未成熟の魔力器があった事が分かったのじゃ」
どうやら嘘は言っていないようだ。
ホッとしてルシオはパズウ魔道師の研究資料を見せてもらう。精密な解剖の図面には、確かに一センチ位の小さな丸い塊が丹田の辺りに記されていた。そしてアルコール漬けになった魔力器も見せて貰えた。
「魔力持ちの場合これが、ぶよぶよとした柔らかい膜で被われていてな、五センチから大きいものでは十五センチにもなるのだ。ほら、魔道師と魔法兵の資料とサンプルだ。見て見ろ」
普通、魔道師は死ねば荼毘に付され、埋められてしまう。魔導師達の身体の解剖など誰も考えなかった。この研究資料自体はとても貴重なものだろう。
バズウ錬金魔導師が未だに固執している、『魔水晶を埋め込んで魔力持ちを人工的に増やす』と言う手立ては、確かに有効かも知れないが、危険過ぎる手法だ。
「魔水晶を埋め込むのは止めた方が良い。余りにも危険だ。ブルホ神殿で保護されている、鬼人に変わって仕舞った魔道師達を知っているでしょう? 彼等は凄く苦しんでいるんですよ!」
「……穢れを取り除いた魔水晶なら、大丈夫なはずなのじゃ」
「人体実験をしたいというのですか? 身体を切り開き埋め込むのですよ、あれは。絶対にやってはいけません! 裁判の対象ですよ!」
ソフィア神官から睨まれ、ルシオ神官からも厳重に注意されて、バズウ魔道師は縮こまる。
「じゃが儂は……プリメロ王に出来ると言ってしまったのだ……魔力持ちを増やすにはそれしか無いではないか……」
「それよりも、本当に魔力持ちが他にいないか探した方が近道だし、安全です」
ルシオに言われ、ソフィアは貴族の中から女性を含めてもう一度探すことにしたのだ。
今まで貴族達は男の子しか調べていなかったのではないかとルシオが予想したのだ。
その結果、プリメロの貴族の中から女の子が一人、魔力持ちが見付かった。
プリメロ王は歓喜したが、ソフィアはたった一人しか見付からない事に一つの疑問が浮かんだ。
「何故、貴族の中に魔力持ちが少ないのか?」
地底人の人口は、貴族と比べて遙かに多いが、それにしても地底人の魔力持ちの割合が多い。
数年前に、かなりの魔力持ちが集められて殺されているにもかかわらず、魔力持ちが見付かる頻度が多いのだ。
各地から集めた魔法学校の子供達の生れた場所を事細かく分析した結果、ある地域の周辺に魔力持ちが多く生れていることが分かった。
「ルシオこの地域の何処かに魔素が噴き出す場所があるのではないかしら?」
「調べてみる必要がある。今まで転移で行き来していたから、地下の詳しい探索が出来ていなかったな」
地下都市は、ソフィアが学校を造った都市プリメロ、直ぐ隣にある地下都市セグンド。そして少し離れた場所にある地下都市テルセロ。と三つある。
その都市と都市の間を隈なく歩き探し回った。
それぞれの都市の北側に、東西に亀裂が走った細い谷が見付かった。そこから魔素が流れ出ていたようだ。
「この谷底に魔素を含んだ水の流が見える。ここだな」
ルシオが以前エルフの飛び地の候補を探していたとき、魔素が滝となって流れ出していたのを思い出した。
「若しかすると、この魔素の流れはあの滝に通じているのかも知れない。地理的にも無理なく行き着く場所だ」
【大地の切れ目は、神による精霊達の処罰のおりに出来上がった物だ。本来この魔素の流は西の獣人達が住まう地にもたらされるものだったのだ】
「そうだったのか! あの深い谷がなければ、獣人達にも魔力器が出来上がったのかも知れない」
【そうじゃ。今では神は諦めておられる。獣人には魔力器が出来ないと言う事を……】
魔力持ちが生れやすい条件が分かった。浄化された魔素が漂う地域には魔力持ちが生れる確率が上がるのだ。これはブルホの場合にも、元聖地のあった場所にも当てはまる。
バズウ魔道師は、
「多分、未成熟の魔力器が濃い魔素に晒されることで、成長する要因になるのではないかの……いや、若しかすると胎児に影響しているのか……解剖してみたいものじゃ」
恐ろしいことを言い始めた。
「バズウ魔道師!」
「言葉の綾じゃ、やらんから……絶対に」
プリメラ王に原因が解明した事を報告する。
「そうか、貴族街はどの都市も谷からは遠く離れて居る。そのせいで、貴族達に魔力持ちが少ないと言うことだな」
「そうです。ですから、無理に人族の魔力持ちを増やす必要はないのでは?」
「どうしてじゃ」
「地底人の魔力持ちを召し抱えればいいだけでは無いですか。人族に拘る必要はないかと……」
どうしても人族に魔力持ちを増やしたければ、谷の側に人族の街を作れば良いですよと助言もしたが、王は何も答えず考え込んでいる。
魔力器が発達して魔力持ちが生れるようになるためには数百年単位の話かも知れない、雲を掴むような話だ。 王に取っては、すぐには飛びつけない案だろう。
その長い間にはこの地底都市に住む人族は力を無くし地底人が台頭してくるようになるだろう。
「街の拡張工事は、以前の王たちが魔法を使って行われたと聞く。魔力がない私達には無理なのだ」
確かに魔法が使えなければ、街を作ることも、メンテナンスにも時間が掛かりそうだ。
地底人は以前は小さな部族が寄り集まってそれぞれの洞窟に住んでいたそうだ。
そこに以前の王たちが現れ、洞窟を広げ建物を建て街を拡張して行った。そこに地底人を集めて自らの民として従わせるようになった様だ。
彼等呪いを帯びた王達は魔法が使えたお陰で、非道な圧政を敷いても反抗されることなく、更には大人しい地底人の気質にも助けられて、千年以上地下都市に君臨できたのだ。
以前の王達は、魔力がある民を見付けても魔法を教えなかった。
あまっさえ、魔力持ちをかき集め自分達の手駒を造る生け贄として数百人もの子供達を殺戮したのだ。
自分達の地位を侵されるのを互いに恐れたのだろうが、狭小な心の小者達だった。
このプリメロでは、少しだけ知識を分け与えたようだが、それでもごく一部だけだった。
これからの地底人にとって、魔法を使えない人族は、存在価値が無くなる。そう考えて王は貴族の魔力持ちを増やしたいのだろう。
三つある地底都市には地底人が合わせて五十万人いる。そして、地底人たちには魔力持ちが多く生れている。
ソフィアが地底人たちを教育していけば、その内地底人だけで町を運営していくだろう。
テルセロには貴族が一番多く、五千人、プリメロは二千人ほど、セグンドにも二千人くらいいるが、それらを併せても人族は一万人にもならない。
地下都市で貴族と言われている人々は人族だ。地底人とは種属が違う。ここに棲む人族は、過去に起こったグランデ大陸の聖地の大災害から逃れてきた人々なのだ。
近いうちにここに住む人族達は、弱小種属に成り下がって地下を追われてしまうかも知れない。
テルセロやセグンドでは、魔法使いを嫌い、排除しているそうだ。ソフィアが視察に行って、テルセロ王やセグンド王に会見を申し込んでも滅多にあってはくれなかったと言う。
近頃彼等は魔力持ちを都市から追い出そうと画策していると聞く。自分達の地位を奪われるのを恐れているのだ。
ソフィアは、地底人たちとは気軽に接することが出来ていたが、貴族達とは触れあう機会がなかった。
彼等は、以前の、呪いが刻まれた王によって圧政を敷かれていた経験から、魔力持ちを毛嫌いしている。そして将来に対して本能的に警戒をしているのだろう。
町のメンテナンスは地底人たちが、人力でコツコツと行われているようだ。
考え込んでいたプリメラ王は、何かを閃いたのか突然勢い込んで話し始めた。
「他の都市の王が魔力持ちを嫌っているのなら丁度良いではないか。貴族の魔力持ちをプリメロに集めてしまえば良いのだ。も、勿論地底人もだ。神官殿。どうかな、プリメロに魔力持ちを集めては貰えまいか」
プリメラ王の心の中では、プリメラに人族の魔法使いを集め、高度な魔法の知識を教え、新たに魔法都市としてプリメロを構築したいと思っている。
更にブルホの有益な魔道具を自分達の力で生み出したいと考えているようだ。
今までもソフィアは各地から魔力持ちを集めていたのだ。それを貴族にも範囲を広げるだけだ。彼女は「良いですよ」と簡単に請け負った。
ソフィア達は地下都市の人達だけで国を運営する手助けをする為にここへ派遣されていたのだから。
一日も早く自立して、国を安定させてもらいたい。
ルシオ達にとっては、地下都市を纏めるのに地底人だろうが貴族だろうがどちらでも構わないのだ。
ルシオとソフィアは、魔法使いが欲しいプリメロ王のために各都市を廻って魔力検査をすることになった。
魔力を見て検査する事が出来る人材は、地下都市には殆どいない。
貴族は人口が少ないため直ぐに魔力検査は終わると思っていたが、中々手間取っていた。
それは、貴族街へも入る事が赦されず、検査させてもらえないためだった。
然もこの都市の貴族は魔力持ちだと知られる事を恐れているようだ。
テルセロやセグンドでは、魔力があると分かれば、貴族社会から排除されてしまうようだ。
行き詰まったルシオ達は、異空間へ入り今後どうすれば良いかを話し合う。
「プリメロとは随分体制に違いがあるな」
「そうね、プリメロ以外では、歓迎されなかった理由が魔力持ちのせいだったとは……初めて知ったわ」
「貴族達が大事な子供を簡単に手放すとは思えないな。今まで集めて廻った地底人の孤児とは勝手が違うのだからね。諦めるしか無さそうだ。嫌な事を無理矢理教え込むなんて土台無理があるよ」
「そうね……地底人の魔力持ちを探しましょう。孤児以外でも魔法を習いたい地底人がいるかも知れない」
強要してもダメなのだ。幾ら魔力があっても、学ばなければものにはならないのだから。




