35 閑話 ブルホ大神殿
ロマゴ国は、今ではペニーニョ島の中枢としての地位を確立しつつある。
島に存在する四つの国のなかで最も小さく、山がちな地形故に平地は極端に少ない。
かつては、農耕にも適さず、交易路も限られ、島の中でも最も貧しい国と見なされていたこともあったのだ。
しかし、近年、状況は劇的に変わった。
魔道具の開発が進み、更に魔物が跋扈するグランデ大陸への玄関口となるブルホ大神殿を有することで、ロマゴは一躍島の中心へと躍り出たのだ。
魔物から得られる素材は、魔道具や工芸品において極めて丈夫で優秀な素材として注目され、各地の商人や職人は競って買い求めている。
魔物素材の流通は新たな産業を生み、ロマゴの経済は急速に膨張した。
魔法兵や戦闘魔導師達が絶えずグランデ大陸から集めている魔物素材の集積地としてロマゴ国は機能し始めたのだ。
十年以上前まで王制だったロマゴ国だが、神官魔導師による神の鉄槌で王は処罰され、王制自体が廃止になった。
そして魔道師手動の国家運営へと舵を切ったこともロマゴの発展に拍車を掛けた。
現神殿長により、魔法研究と産業発展を最優先に据えた政策を次々にうちだした。その結果ロマゴは短期間で他に類を見ないほどの発展を遂げたのだった。
それにはルシオの発明した転移や魔法鞄、沢山の魔道具が一翼を担ったしたのは言うまでも無い。
各地から集められた魔力持ちを教育したのもペニーニョ島の発展に寄与している。
ブルホで教育された魔法使い、更には魔道師となった者達は生まれ故郷の国へ帰っていって、それぞれ国の為に働いてる。
しかしそれでも、ロマゴの魔法使い達の数には遠く及ばない。
ブルホ周辺で生れる魔力持ちが圧倒的に多いからだ。
これは単なる偶然ではなく、ソフィア神官が提出した研究論文によって裏付けられているのだ。
「魔素が噴き出す場所では、魔力持ちが生れる確立が高い」
ソフィア神官は、派遣先の地下都市を隈なく調査し、魔素の噴出地点を特定した。
噴出地に接する地下都市は、外の値域よりも魔力持ちが多く見付かっている。
観察範囲は限定的ではあるが、理論としては十分に説得力があった。
更にはバズウ魔道師とソフィア神官との共同論文では、
「人間は総て魔力器を持って生れるのが確認された。未成熟ではあるが確かに魔力器はある。その器管を完成させるには魔素が作用しているのではないか。魔素の濃い場所で魔力器が成長するのでは無いか」
と言う仮説も発表されていた。
魔力持ちは男女差なく、同じ割合で生れることもソフィア神官によっても齎された。
ソフィア神官が女性初の魔導師になった事をきっかけに、ブルホでは女性の養い子を受入れることとなっていた。
養い子制度はブルホに限らず職人や商人でも取っている制度だ。決して珍しい制度では無い。
ただ、以前は魔導師達は忌み嫌われていたため、なり手が少なく魔力持ちの幼い子供を買ってきていたのだ。
以前は年端も行かない幼児を受入れていたこともあるが、今では職人等と同じく10歳前後からと取り決めがなされている。
余りにも幼ければ学問を学ぶ以前に、成長するまで時間が掛かるし、ある程度大きくなれば学ぶ姿勢が出来上がると言うことが大いに関係している。
これはソフィア神官とルシオ神官からの進言があったことが大いに関係していた。
魔力があっただけでは一般人とは変わらず、魔法を学んで始めて魔法使いとなれるのだが、魔法の知識を体系的に持つのはブルホだけである。
以前から女性の魔力持ちは治癒院に預けられたり売られたりしてきていたが、知識が足りず繊細な魔法を教える事は出来ずにいた。
ブルホでは知識を囲い込んでいるつもりは全くない。その頃のブルホは人民からは「穢れ神」に仕える者達と揶揄され、恐れられ、誰も近づかなかっただけだった。
魔法の知識が限定されていた治癒院の巫女達はブルホから買取った治癒の宝珠にただ魔力を放出することだけしか出来なかったのだ。
その為、治癒院の治療は神殿より安いが効果も薄いと言われていた。
今は、養い子として治癒院から魔力が多めの女子を受入れて教育しているが、その養い子制度で深刻な問題が発生した。
神殿長は、養い親の魔法使いと養い子となった少女の間で起きた―性に関する問題に頭を悩ませていた。
魔導師達の育った環境では性に対しては寛容で、緩い考え方を持っている。一般の人々とは考え方も対処も全く違う。魔道師は好色だと揶揄されるのも宜なるかなだ。
そしてそれが治癒院の巫女達とは大きな溝を深める結果となった。
巫女達は男性を排除した隔離された環境で生きている。女性であると言う事で搾取される事が多かったためだろう。
神殿長はパブロ魔導師と話し合い、「ルシオの神に聞いて見ればどうか?」との結論に至った。
ルシオは神と直接交信を持てる希有な存在だ。
ルシオが受取った神からの答えは、
「神は……魔力持ちを増やしたいと考えています。この世界に魔力持ちを行き渡らせたいと思っているようです」
それはよく分かった。ソフィアの研究でも、魔力の少なめな魔法使い同士なら魔力持ちが生れる確率は格段に上がるというものだったし。
だが、倫理的には解決していない。
本人の意思を無視して行為に及んだ場合は罰せられるべきではないだろうか?
だが、神からはその答えを得られなかった。
「これは自分達で解決しなければならない問題のようだな」
◆ ◆ ◆
深刻な問題の一つに、養い子が養い親である魔法使いの子を宿したというものがあった。
魔力が比較的少ない者同士なら、子は出来てしまう。然も、一般的に女性は結婚年齢が低い為12歳ともなれば性の対象に見られるのだ。
今のところ魔法使いの割合は圧倒的に男性が多い。
必然的に養い親は男と言うことになって仕舞うのだ。そうして、女性は養い親に対して拒否できない環境で、性欲の処理をさせられるという事態に陥ってしまった。
子が出来た養い親を裁判に掛けてはみたが、神からは裁きが下されなかった。
本人曰く、
「俺はこいつを愛している。お互いの同意の下だった」
養い子の話も聞くが、「愛し合っている」と言うことだった。
しかし、養い養われている関係で、その立場は本当に平等なのか?
神官達はどう考えれば良いのか頭を悩ませたのだった。
治癒院の巫女達からは厳しい抗議が浴びせられたし、神殿長も神からの罰が降りず困惑して仕舞った。
ロマカピタルにある治癒院に神殿長は赴いた。ロマゴの治癒院の総括である巫女頭、マーリアとの会談をしている神殿長だ。
マーリアは、齢九十という高齢だが、矍鑠としている。彼女も魔力が大きいのだ。
魔力持ちは寿命が長くなる。自分とそれほど変わらない年代の老女。
『折角大きな魔力に恵まれても、満足な教育がなされないとは、勿体ない事だ』
と、密かに思う神殿長だった。
神殿長は、男性は決して入れない治癒院の奥まった場所で、マーリア巫女頭と質素なテーブルを挟んで向かい合っていた。
マーリアは、深いしわが刻まれた顔に苦悩と侮蔑を浮かばせて、神殿長に対峙する。
「ブルホでは女性の養い子の受け入れは、暫く見合わせたいと考えております。女性の受け入れの体制を立て直さなければ、また前回のような問題が持ち上がるでしょう」
「そうですね、どうしても女性の方が立場は弱くなります。ましてや師匠の言いつけに従うという立場になれば割を食う結果になりますもの。懸念が現実のものとなりました……」
「だが、このままではいつまで経っても女性の魔道師が生れない。女性の魔法使いの地位を確立するためにも教育は必要ですぞ」
「……それは、そうですが……」
神殿長は異空間収納から一枚の羊皮紙を取り出した。そこにはパブロ魔道師と作りあげた魔法学校に関する案が細かく記されていた。
「女性専門の魔法の学校を設立し、そこで女性の魔法使いの教育した方が良いのではと考えております」
そこに年老いた経験豊富な魔導師達を派遣し、女性達を教育してはどうかというものだった。
「校長にソフィア神官を据えれば管理も行き届くのではないだろうか」
マーリアの厳しかった目が僅かに見開かれた。
「ソフィア神官とは、女性初の魔道師ですね。たしか、グランデ大陸の地下都市で活躍なさっているとか聞き及びます。その様な大事な使命を熟している方を態々……そうですか……」
「はい。彼女は魔素の研究においても、魔力持ちの教育においても経験が豊富です。そして何より女性としての観点から女性の立場を守ってくれることが出来る唯一の魔道師です」
マーリアは暫く沈黙し、思考し始めた。
以前、簡単にブルホの提案に乗って仕舞った自分をいさめる時間でもあった。
そして徐に面を上げ決意する。
「分かりました。神殿長に一任いたします」




