34 閑話 クリステル
『私は本当に神に赦されたのだろうか?』
以前とは苦悩の質が変わっているクリステルだ。
クリステルは、アレハンドロが担当していたシュバリスの神殿を任される事になった。
今は、ミゲル魔導師が一緒に管理をしているが、名目上はクリステルがここの神官と言うことになっている。
ミゲル魔道師が任されていた北の国ノルテ国の神殿はルーカス神官魔導師に一時任せてきたようだ。
その為暫くはノルテの神殿と行き来しながらの神官魔導師となった。
クリステルは今、神官魔導師見習いとしてミゲル魔道師の指導を受けているのだ。
だが、ミゲル魔導師は、
「転位陣も描けるし、農場の魔水晶も作れる。立派な異空間もあるお前に教える事は殆どないな。知識の魔水晶に同調すれば解呪について知りたいことは知ることが出来る。後は研鑽して使えるようになるだけだ。見習いと言っても形式的なことだ。私が教えるのは神の鉄槌を使うときの心構えくらいだな」
そう言われた。
シュバリスは、絶えず人の行き来があり毎日の転位陣の運用は忙しない。更に東沿岸都市の管理までしなければならないときている。
「アレハンドロは、一人でこれを熟していたのか……」
「あれは、よくやった。今は休暇中だ。これからは神官が少しずつ増えていくだろう。各地に神官二人体制も夢では無くなった」
ロマゴ国の各都市の神殿では、神官ではない魔力に親和性のある戦闘魔道師達が転位陣の管理をするようになった。
問題があるときだけ神官が出向くという。
魔力持ちを各地から集め教育し、魔法使いも三倍以上に増えている。その結果、魔法使い達(錬金術士や戦闘兵)の犯罪も増えて、神官本来の存在意義……神の鉄槌による裁判が急増しているようだ。
ペニーニョ島では、ルシオが発明した飛行機体で流通の大変革があり、フライトモービルは三年の予約待ちの状態だ。
通信網が確立され、クリステルが子供のときの、ゆったりした馬車や馬での商人達の移動とは様変わりして仕舞った。
注文が入れば即座に配達に出かけ、あっという間に商取引が完了するのだ。
空を飛ぶため、国境の意味合いがなくなり、管理の意識は緩くなる。移動に掛かる時間は劇的に短縮されてしまったのだ。
ペニーニョ島では国という区分けが曖昧になりつつある。人民にとってペニーニョが、一つの国と言う認識だろう。
『世界が縮んだ』
誰もがそう言う感覚を持つようだった。
――私の前世の住処、聖地の様だ。あの頃の地域よりももっと発展しているが……。
ミゲル魔道師に解呪の相談をすると、
「クリステル、神は何故君に解呪の一任をしたと思う?」
「まだ、赦されていない……そう言うことでしょう……」
「いや、私はそうは考えないな。お前の「死なない」と言う呪いは罰では無いぞ。寧ろ恩恵だと私は思う」
「恩恵ですか?」
――自分から、敢えて呪いを身に纏っているのに?
「お前にとっての恩恵ではない。魔道師達にとっての恩恵だ。我々魔道師は百年以上は生きる事が出来る。しかし、それだけだ。お前が生きることが出来る数千年には遠く及ばない。お前が、今のような神に対しての心構えを持ち続けられれば、魔道師はこの先数千年、間違いを正して貰えるのだ。お前によってな」
「逆を言えば、私が間違いを犯せば……」
「そうだ、間違いを犯せば今度こそ神によって裁かれることになるだろう」
「……私はまだ、呪いを解かない方が良いと言うことですね」
「ああ、お前は神に選ばれた監視人だと思う。我々魔道師のな」
ミゲル魔導師の希望として、クリステルに暫くはこのままでいろ、いて貰いたい、そう言うことなのだろう。
世の中は余りにも変わり、技術や考え方や生活様式が、ルシオが齎したものによって今までとは全く違うものに変わっていく。
この急変には、ミゲル魔導師も危機感を覚えているようだ。
「一見、発展しているように見えるが、破滅への序章でないことを祈りたい。私達は……何処へ向かっているのだろうな」
「それを私に見極めろ、と言うことですか?」
「……そうだ」
不死の呪いが欲しければ、ルシオに魔法陣を描いてもらえば良い。だが、誰もクリステルのようにはなりたくないのだろう。ルバレロでさえ、もうこりごりだと言って呪いを解いてしまったのだから。
――長い年月生きるという事に気持ちが萎えそうになる。なんて重い使命だ。
前世のサンティシマ・ロペスのときには研究という心引かれる目標があり貪欲に生きていたが、今のクリステルには魔法研究に対して気持ちが向かない。
「前世の自分とは人格も才能も全く違うのだ。私は、今世で、何を縁に生きて行けば良いのだ……」
この苦しみは、やはり罰なのだろう。改めて神に赦される日まで生き抜かねばならないようだ。
それから暫くしてルシオとソフィアがクリステルを訪ねてきた。
彼等はまた、夫婦として一緒に暮らすようになったようだった。
「良かったなソフィア。幸せそうだ」
「まあ、そうね。幸せよ。貴方も神から赦されたのでしょう?」
「……そうでは無いようだ」
「どうしたクリステル?」
ルシオ達に今の苦悩を話す。
ルシオは、嫌ならサッサと呪いを解けば良いと簡単に言う。
「クリステルが自分から呪いを解呪しなかっただけだろう? 何時でも僕は解呪して上げられたんだぞ。そんなことで神を試すのは良くない。神の下した罰とは関係ない事で、神に許しを請うなどお門違いだよ!」
とも言われてしまった。
「これは自分の思い込みなのか? ルシオは、私が過去に犯した罪はそれほど軽いと思っているのか? 私は……自分で罰を背負い込んで独りよがりをしていたのか?」
「……軽いとは思わないよ……」
ルシオがしばし黙り込んだ。暫くじっとして、何かと交信しているような目をしていた。その後、真剣な面持ちでルシオは全く別の話をし始めた。
「ごせ……神は、君には同伴者が必要だと言っているよ。君がこの後の長い人生を償いの気持ちで生きて行くには必要な事だと……」
「同伴者だと? 伴侶と言うことか? 数十年もすれば死に別れてしまう伴侶など、とてもでは無いが持つ気には成れないよ」
「僕に任せて。アダ王に聞いて見るから。それよりガルシアに話もあるんだ」
彼等が来たのには、また一緒に暗く事が出来た報告の他に、ガルシアに話があると言う事だった。
ガルシアは、地底都市の残してきた許嫁がいる。彼は自分に子供が出来ないことを知り身を引くと決めていた。
「ガルシア、君が望めば子供が作れるようにしてあげられる。どうする?」
ガルシアは暫く考えてこう答えた。
「僕は要らないです。実は一度地底都市へいって彼女の様子を見てきました。彼女はもう結婚して子供までいました。だから僕はこのままで良いのです。それに魔道師は寿命が長くなるとも聞かされています。地底人の平均寿命は50歳ほどです。彼女とは初めから縁がなかったと諦めました」
それ以上はルシオモ何も言えなくなり、そのままソフィアと帰っていった。
それから数日後、ルシオはエルフの子供を連れて、アダ王と一緒にやってきた。
「其方の異空間にも精霊水が湧いていると聞いた。是非我が種属のためにここを利用させてもらいたい」
「え?」
「ささ、これを食べてくれ。あ、種は飲み込んではならんぞ」
言われるがまま、酸っぱい木の実を食べる。
アダ王は、残った種を、異空間の小さな森の中心にある泉の辺に植えてしまった。
妖精達が「アルマ」と呼ぶ魔力。それをアダ王に指示されて、エルフの子供が注ぐと直ぐに芽が出て、三十センチほどの苗木になった。
「これは精霊樹の苗木だ。ここから妖精達が生れてくるはずだ。この小さな森も賑やかになるだろう」
唖然としているクリステルをニコニコと見つめ、
「これでここの異空間も精霊国の一部となった。重畳重畳」
アダ王はすこぶる機嫌が良かった。
そして、エルフの子供を残してルシオと転移して行ってしまった。
「アダ王!」「父上!」 「「待って下さい!!」」
クリステルは、残された十五歳くらいのエルフと二人、呆気にとられて立ちすくんでいた。
「……私にこのエルフをどうしろと?」
「それはこっちのセリフだ! この異空間は暗くていやだ! 元の場所に帰して」
泣き叫ぶエルフを見てクリステルは、ほとほと困って仕舞った。
「そんなに嫌なら、帰してやるから。泣くな」
「……! 帰っても良いの?」
――嫌がる子供をここに置く謂れはない。こんな子供が同伴者などこっちも願い下げだ。
ルシオの異空間へ行きアダ王にエルフの子供を帰すというと、
「それは困る。其方の異空間はもう予約済みじゃぞ」
「ええ、それは構いません。私の異空間は私の死後、好きに使って下さい。ですが彼は嫌がっております」
「ん? ルス、お前は新しい精霊国の飛び地を治めるのを拒否するのか?」
「父上、あんな暗い異空間はいやです。令兄達が任されたような場所だとばかり考えておりました。僕はここみたいな異空間が良い!!」
「この様な広い飛び地は、其方のアルマでは管理が行き届かぬであろう? 身の程をわきまえよ」
「……でも、こっちの方が良い……」
まるで駄々っ子だ。自分の異空間をけなされて少なからず傷ついたクリステルだ。
「他の飛び地は、人選は終わって決まっておる。其方に与える飛び地はもう無いぞ。其方の飛び地を諦めるか?」
「…………どうせ、僕は出来損ないです。あの飛び地で我慢します……」
――我慢だと! いやいや、待ってくれ! こいつがこれから私の異空間に入り浸ると言う事になったのか!
頭を抱えるクリステルだった。
子供のエルフ、名前をルスと言うらしい。
彼? と言ってもいいかは不明だ。彼等は基本的に男性として自分を表現しているが、正しくは性別がないのだから。
兎に角詳しい事は分からないが、ルスが令兄と言い、アダ王を父上と言ってはいるが、血縁というわけではない。エルフや妖精達は皆、精霊樹より生れるという。
その際、「アルマ」を流したものを親と認識するようだ。
アダ王がアルマ(魔力)を精霊樹に注いで生まれ出たのがアダ王の跡継ぎ達と言う事になる。
ルスは最後に生れた一番の末っ子なのだそうだ。年齢は百二十歳だという。
彼が生れる寸前から、精霊国のアルマが減り始めた。
そのせいで、アダ王は十分アルマを流すことが出来なかった。ルスの力はエルフとしては弱いのだそうだ。
諦めて、ルスをクリステルの異空間にいれ、ガルシアと顔合わせをする。
ガルシアは暫くしたら地下都市へ帰ってしまうが、それまでは一緒に住む仲間だ。
「僕は出来損ないだから、こんな飛び地で満足するしかないんだ」
ルスは未だにグチグチと文句をいい、いじけている。
「……君、言葉には気を付けるんだ。ここはクリステル魔道師に神から与えられた希有な異空間だ! 神に対して不敬だぞ」
「神! わ……悪かった……クリステル……さん。これから世話になる。僕はルスと言う。き、君は?」
「ガルシア戦闘魔導師……見習いだ!」
ガルシアの殺気を含む威圧に気圧されてルスはビビってしまったようだ。
二人の間に気まずい雰囲気が漂って居る。
――養い子をまた育てることになりそうだ。淋しさはなくなるだろうが、果たして旨く共同生活が出来るだろうか?
先行きに不安が押し寄せてくるクリステルだった。




