33 閑話 アレハンドロ
アレハンドロにとって神官魔道師になったことは不本意だった。
魔道師にとって神官になることは、名誉なことなのかも知れないが、制約が多すぎて窮屈な立場だ。
各地を廻って任された仕事を熟すのは構わないが、絶えず神官として振る舞う事はアレハンドロには苦行だった。
明確に敵だと認定できれば蹴散らすことに戸惑いはないが、そんな敵など滅多にいない。
各地の貴族や人々に、行く先々で神官魔導師を敬い、尊敬されたり怯えられたりするのは勘弁してもらいたい。
「俺は神官なんて柄じゃぁないんだがなぁ」
未だに何故自分が神官になって仕舞ったのか疑問だ。
確かに魔力は大きい。だが神官になるには魔力の他にも気質がものを言うと聞かされていた。
だからアレハンドロは、絶対に自分は戦闘魔導師になると思っていたのだ。
「俺の気質はどうひいき目に見ても神官向きじゃぁねえ」
パブロ魔導師にも以前言われたが、アレハンドロには神官向きの素養はこれっぽっちもなかった。
それなのに結果は戦闘魔導師と神官魔導師のダブルの資格を与えられてしまったのだ。
そしてルシオが選別の時、神官になれなかったのか不思議で堪らなかった。
――彼奴が何で錬金魔導師なんだ? 確かにルシオは前々から錬金魔導師になりたがってはいたが、彼奴こそが神官向きだろうに。
何時も神に祈り、本を読むのが好きだし、言われたことは真摯に向き合っていた。
修行をサボる姿など見たこともない。真面目すぎるくらい真面目だ。アレハンドロとは真逆だった。
アレハンドロはくそ真面目なルシオのことを、こっそり『ミニパブロ』と呼んでいたくらいだ。
そう思っていたが、後に、ミゲル魔導師から、
「神官の印を受けたのに隠して居たらしい」
と聞き、『そりゃぁないぜ、隠せるものなのか? どっちにしても卑怯だ!』と憤慨したものだった。
その後、暫く神官見習いとして活動していたと聞いていたのに、今度は本当に神官でなくなってしまった。
「彼奴は一体どうなっている? また逃げたのか!」
「ルシオのお陰でブルホは助かったのだ。アレを自由にしてやろうでは無いか」
パブロ魔導師やミゲル魔導師は、ルシオの功績を当時の神殿長に進言して、かなり立場が危うくなってしまった。
アレハンドロも、ルシオのやってきたことには頭が下がる思いだ。ルシオが考え出した魔道具や、新しい発見には、魔導師達がどれほど助けられていたことか。
そして、言語解析宝珠は画期的なものだった。これを特許申請しないルシオは頭がいかれているとしか思えない。
「必要に迫られた結果なのだろうが、魔道具の申請の処理に追われるパブロ魔導師の身にもなって見ろってんだ!」
アレハンドロもルシオの錬金術士としての道を快く応援してやったのだ。神官だった時よりもルシオは生き生きとしているようだった。
だが、ルシオはまた変わった。神官として生きていく覚悟を決めた結果らしい。
それと並行してアレハンドロの仕事は、ルシオの見付けてくる新たな事実のおかげでどんどん忙しく苛酷になっていく。
ルシオはグランデ大陸の地図を描き上げ、通信まで可能にしてしまった。
アレハンドロが、サボりたくても出来ない状況に追い込まれてしまったのだ。
今では東海岸沿い総てをアレハンドロが面倒見る嵌めになって仕舞った。
ルシオに恨みはない。彼奴も色々大変そうだ。
聞くところによれば、神からの指令で動いているという。
「全く、面倒なものに目を付けられて居たんだな、彼奴は」
ルシオに同情はするが、それとこれとは話が違うのだ。
――神の言いつけだろうがなんだろうが、俺まで巻き添いを喰らうのは勘弁だ。
幾ら女性を囲っても忙し過ぎて構ってもやれない。
結局皆去って行って仕舞った。また次を探すだけだと思っていたが、近頃はそれも面倒になってきた。
彼女達は元は、病気になって生活に困窮していた高級娼婦だった。
小汚い小屋に押し込められて、死を待つだけの女性達だったのだ。
娼婦に付き纏う性病だ。これを治すには多額の金が掛かる。娼館は、使い捨ての娼婦になど金を掛けるはずもなかった。
彼女達を知ったのは単なる偶然だったが、見てしまった以上見殺しにも出来なかった。
美しかったであろう姿も病にかかってしまえば、見る影もなくなっていた。哀れに思い、アレハンドロは治癒を掛けてやった。
年齢も二十五歳から三十歳と高めで、再び高級娼婦として働くには厳しいものがあった。
病気を治してやり、仕事がなくなった彼女等を異空間に住まわせ、面倒を見てやっていたが、あるとき彼女等に言われたのだ。
「アレハンドロ魔導師様は、私達の内、誰かを愛しているの?」
そう聞かれて何も答えられなかった。愛していると言われると、否と答えるしかない。ただ側にいて時々欲求を満たすだけの関係だ。
彼女等だって割り切っていると思っていたのだ。だが、どうやら違ったようだった。
「私達のことを助けてくれたことは感謝しているけど、このままなのは空しい。関係を解消して欲しい。私達は自分の力で生きていく」
そう言われて仕舞っては引き留めることは出来ない。アレハンドロは彼女等に金を渡して別れた。自立出来るだけの金をもらえて、彼女等は離れて行った。
「今頃は五人で小料理屋でもやっているだろうさ。どうせ金が繋ぎ止めていただけの関係だ」
――愛ってなんだ? 一緒に愉しくしているだけじゃダメなのか?
ルシオはソフィアと愛し合っていたはずなのに、それでも別れてしまう。なんでもソフィアが神官としての使命を果すためだとか。
――神官魔導師なんてやっていられないな。
各都市には毎日のように問題が持ち上がる。
ペニーニョから来た商人と鬼人達との小競り合いもあるし、魔法兵達の間で魔物素材の取り合いになって仕舞うこともある。現地の魔法使い達は魔道師を目の敵にする。
その度に神官であるアレハンドロが呼び出される。
――全く! この通信器さえなければゆっくり出来るのに!
現地の魔法使いと言っても大した事は無い。力も魔力も断然こっちが強いため軽くあしらってはいるが、言葉使いに気を付けなければ軋轢が生れる。面倒なことこの上なかった。
偶にルバレロに仲立ちになってもらって何とかなっている有り様だ。
そんな日々を過ごして疲弊していたアレハンドロ
だったが、ルシオの造った異空間を見て目を輝かした。
「迷宮があるだと!」
なんて羨ましいんだ。ブルホにはもうなくなって仕舞った迷宮。それがアップグレードして、然も十三も出来上がっていた。
――神からの褒美で迷宮が十三も? 大盤振る舞いだな。
時間さえ取れたら絶対ここへ来て攻略する。そう決心した。
やっと纏った時間を作って迷宮へやってきた。
迷宮は素晴らしかった。以前の迷宮など比べものにならない。然もドロップ品も豊富だ。面白すぎてここにずっといる管理人が羨ましくなった。
――ここにはまだ改良しなければならない問題がごちゃんとある。
自分ならもっと改善できるのにと、歯がゆくてむずむずした。
ルシオが強固な結界を張り神殿や転位陣まで敷いてくれているのに、任された管理人は全くその先に進んでいない。
宿の管理や食事の管理。魔物から落された素材の管理もいい加減だ。
「食事が不味くて酷いもんだし、部屋の掃除もいい加減だ」
本人の異空間収納は調べようがないが、収納持ちは少ないし、持っていても容量が少ない。だが、せめて魔法鞄の中をきちんと調べるべきだ。
戦闘魔導師は精々が五メートル四方の収納しか使えない。魔法兵は魔法鞄持ちは少ないから誤魔化せないはずなのに、中には誤魔化す奴もいるようだ。
「宿泊費と食料は安価に設定しているのだから、きちんと隠さず申告するべきだゾ!」
こすいやつを見付けて怒鳴ってしまう。
「まあまあ、アレハンドロ魔道師。彼等も生活が苦しいんだ。それくらいは目溢ししてやれ」
管理人の魔導師にそう言われ、何も言い返せなくなった。
だが、アレハンドロは腹立たしい。この迷宮が出来たお陰で、若い魔法兵や魔道師見習達のレベルが上がるのだ。
そして上質な素材も手に入り、結構なお足もかせげているはずではないか! 人間という者は何処までも欲張りでせこいんだ。これでは鬼人の方が高潔ではないか!
いやしくも、魔法使い達は神から授かった力が有るのだ、もっと感謝し謙虚に、真っ当に生きるべきだ。
ここはルシオが善意で解放してくれている迷宮だ。
彼奴は見返りなどもらわないと言っている。大神殿は何とかルシオに使用料を受取ってもらおうとしているのに……。
それを誤魔化してこっそり持ち出そうとするなど、彼奴らは馬鹿なのか?
バレたら二度とここへは来れなくなると言うのに。
「クソ、俺だったらもっとちゃんと管理できるのに……」
そして、ルシオ達と十二番目の迷宮を攻略して、アレハンドロは自由を得たのだと大喜びをした。
「選別の魔法陣が変わっても、神官の能力は消えていないそうだな、アレハンドロ」
パブロ魔導師に呼び出されて、迷宮での顛末をもう一度詳しく話た。
「はい、俺の願いが聞き届けられて神官ではなくなったのです」
「いや、違うぞ。お前は神から休暇を与えられているだけだと思う」
「……えっ! 休暇?」
「そうだ、今まで休みなく働いてきたお前への褒美だと思う。ここはルシオに神からの褒美として造られた迷宮だそうだ。お前の選別の魔法陣は一時的に変化したに過ぎないと思う。暫く迷宮で管理人としてゆっくり英気を養え。その内また選別の魔法陣に変化が出るはずだ。ルシオもそうだったのだ」
「……はい」
ずっとこのままではいられないようだ。アレハンドロは少し落ち込んだ。
「アレハンドロ、諦めろ。神から逃れられないのだぞ。神に仕えている我々は神の手足なのだからな」
「分かりました。有り難く休暇を堪能します。その間に俺がここを立派に管理して見せます。ルシオにもきちんと対価を受取ってもらいますよ」
「ああ、よろしく頼む」
管理人となって初めにやることは、引退間近の魔法兵達の選別だった。
魔法兵は五十歳を過ぎると引退しなければならない。魔法兵達の引退後の生活は厳しい。仕事は用心棒や、貴族の抱える兵達の指南役があるが、総てが職に就けるとは限らない。
それまで稼いだ金で商売を始めるか、細々と暮らすだけだった。
彼等は魔力があるおかけで、魔道師ほどではないが、寿命がやや長めだ。長く生きると言うことは、働かねば生活できないと言うことだ。
以前は戦争や諍いが多かったせいもあり、魔法兵は各地に派遣され、寿命まで生き残れるものは多くは無かったが、今のペニーニョは平和だ。
魔物討伐で命を落すものもいるが、魔力持ちの発掘で兵の人口が増えた分、あぶれていくものが増えたのだ。
食い詰めたものは犯罪に走る。アレハンドロは少しでもそれを防ぎたかった。
魔法兵は、家庭を持ち子供ができる。彼等は家族を養うために必死だ。
そして彼等の子供は、魔力を持つ割合が高いのだ。
次代の魔道師を生み出すかも知れない大事な魔法兵達なのだ。老後の保障はとても大事だ。彼等がここでゆったり生きている姿を見れば、若い者達も安心して仕事に精を出すだろう。
引退間近の魔法兵百人を選び、彼等の家族とともに移住してもらう。
五十歳前後なら子供は殆ど独立していて夫婦だけで移住になるが、女性がいれば、それだけ迷宮島の雰囲気が和むのだ。例え五十歳の老婆であろうが、女性は心遣いが出来る。
彼等には宿の管理や始末をして貰う。迷宮の出入りの監視や、魔物素材の管理、買い取りの補助。仕事はありすぎるくらいあるのだ。
新たに食事処もつくり、彼等の住居も作りあげた。
迷宮島はチョットした町になるだろう。
食料の仕入れは、獣人の島へ行って魔物素材と物々交換すればいい。
獣人達が欲しがるものは、衣服の原料や魔道具だろう。
彼等が作りあげた衣服はまた迷宮島で買い上げて、魔法兵達が活用するだろう。
アレハンドロは、意気揚々とルシオの異空間の転位陣へ転移し、獣人の島へフライトモービルで飛んでいった。
「おや、アレハンドロさん。今日も酒盛りに?」
「いや、これから私が迷宮島の管理人になった。食糧をこれと交換してもらいに来たのだ」
グサノデセダの繭を物欲しそうに見ていたが、素材には手を出さず怪訝な顔をする獣人達。
『俺は、何かおかしな事を言ったか?』
「異空間を廻れば、誰でも食糧は取り放題でさぁ。俺達に遠慮は要らないです。ルシオ様に断れば何時でも持って行けます。わし等が集めてきますんで、好きなだけ持って行ってくだせぇ」
確かにこの異空間には食糧が湧いてでる。だが、只で持って行くわけには行かないではないか。
何とか獣人達に魔物素材とのレートを決め納得してもらう。
「やれやれ、何とかなったか。彼奴らにとってもルシオの異空間に住まわせて貰っているという感覚なんだな」
作物の世話をするわけでも無く勝手に生えてくる食料だ。彼等も苦労せずに手に入れることに後ろめたさはあるのだろうが……ルシオは、獣人達にもっと恩恵を与えたいと考えているようだし、何とか取引の形に持って行けたことにホッとした。
アレハンドロは大量の食糧を異空間収納に収め、迷宮島の神殿へ転移使用としたが、出来ない。
「ん? ああ、迷宮島の転移陣は大神殿だけの限定だと言っていたな」
アレハンドロは、迷宮島へフライトモービルで入ろうとしたが強固な結界のせいで入る事は出来なかった。
ルシオがいれば迷宮島へ直ぐに転位出来たが、今、ルシオはソフィアと一緒に地下都市へ行っている。
一度大神殿へ行って大神殿の転位陣から迷宮島に転移しなければならないようだ。
――まあ、一手間掛かるが、これくらいどうって事ないな。俺は魔力だけは一杯あるんだから。
アレハンドロは、異空間の転位陣から大神殿の転位陣へ向かった。




