31 ソフィアの願い
ソフィアは、久し振りにルシオの異空間に転移してきた。
そこは以前の異空間とは全く違う空間になっている。以前とは余りにも違う異空間でただ呆然と周りを見まわすしか出来なかった。
「久し振り、ソフィア」
「ルシオ、素晴らしいわ。なんてことかしら。魚までいる!」
「ああ、ここには獣もいるよ。そして食べ物は幾らでも取り放題だ。正にパラダイスだ」
――ルシオはこの空間を私に見せたかったのね。でも、今頃?
と、ソフィアは疑問に思った。
クリステルからは、ここが出来てから結構時間が経っていると聞いて居たのだ。
――確かに凄い異空間だけど、今になって見せたというのには何か理由があるのかしら。
獣人達や、妖精達までここにいた。ルシオの傍らではバーリョとロボがうろうろと歩き回っている。
何故か落ち着かないようだった。
ルシオの服を囓って、何か催促している様だ。
「分かったから、今連れて行ってやるから」
ルシオが異空間の入り口を開ける。
「ルシオ、何処に行くの?」
「もう一つの僕の異空閑さ。やってみたら出来てしまったんだ。そこも直ぐに妖精達のものになるけどね。バーリョ達は走り回りみたいだ、君も来いよ」
「もう一つの……?」
――異空間ってそんなに何個も出来る物なの?
余りにも意外な情報が多すぎて理解が追いついて行けないソフィアだった。
そこは初めのルシオの異空間だった。いや、ソフィアが知っていた初めの異空間には屋敷が建っていたが、ここには何もない、何処までも続く草原だ。湖は以前と同じだったが。
バーリョ達は喜び勇んで走って行った。
ルシオは草原に腰を下ろし、ロボ達を見ていた。
ソフィアも直ぐ近くに座る。まるで結婚した当初に戻ったような錯覚を起こす。
「ルシオ、これはどうして作ったの?」
「アダ王がもっと異空間を欲しがったんだ。僕のごせ……神が作れるからやって見ろって言ったから、やってみたら出来上がった。どうやって出来たかは、納得いくようには説明が出来ない。何となく想像したら出来たと言うのが真実かな。ごめん」
「いいえ、作り方を知りたいわけではないから……そう、妖精達のためだったのね。貴方は神と会話できるんですものね。凄いことだわ」
ルシオはこの異空間は妖精達のもう一つの住処として魔素を行き渡らせている最中だとソフィアに言った。
「以前、君の異空間を借りたのはここに魔水晶が必要だったからなんだ」
「……そうだったの……」
――そんなに前からあったの?……何も知らなかった。いえ、知らせて貰えなかった。
ソフィアは、自分達はそんなにも疎遠になってしまったのだと暗く沈み込んだ。
――私達は友達でもないのね……。
「アダ王は妖精達の存続のために飛び地をもっと作りたいと思っている。また異変に翻弄されれば彼等は今度こそ絶滅して仕舞うと怯えている。僕はその手伝いをしているだけだ」
「貴方にしか出来ないことだわ。じゃぁ、これだけでは終わらないと言うこと?」
「う~ん、多分もう一つくらいは作ってやれるんじゃぁ無いかな。後は、今ある異空間も僕が死んだ後、彼等の住処になる予定だ。それだけあれば何とかなるだろう」
ソフィアは、ルシオが一人でそれだけのことを成し遂げようとしているのが悲しかった。
――何故私は彼から離れてしまったの? 馬鹿な思い込みで初めに選んだ道を投げ出してしまった。今頃後悔しているなんて。
ルシオは寂しくはないだろう。彼には沢山の仲間と、妖精達がいる。ソフィアはそのルシオの囲いから自分で抜けていったのだ。
胸が締め付けられるようだ。空しく、寂しく感じる。
「ソフィア、君は子供達といられて楽しいかい?」
「……ええ、子供達とは愉しくやっているわ……」
「そうか、ならいいんだ。君は若しかして家族が欲しいのかなって思っていた。自分の血が繋がった家族。欲しくないか?」
酷なことを言う。無理だと分かっていることを言われ、ソフィアは硬直する。
「……酷い、ルシオがそんなこと言うの?」
「君にプレゼントがある。はい、これ」
ルシオから渡された物は、魔法陣が書かれた羊皮紙だった。複雑な文様で、見たことも無い物だった。
「何? なんの魔法陣なの?」
「これは、身体に蓄積した穢れを綺麗にする魔法陣だ。解呪とは違う物だよ。多分君の研究していた事の答えになるはずさ」
「何処にあったの? 幾ら調べても見付からなかったのよ!」
「迷宮から出た。神から君への贈り物なんだと思う。君がこれから出会う人と家庭が作れるはずだ」
「ルシオ! それは、一体どう言う意味? 私に誰か他の人と子供を造れだなんて言っていないわよね!」
「ソフィア、君が僕にそう言ったんだよ。言われて僕は苦しかった。とても嫌な気持ちになった。君は? 僕の顔など二度と見たくないって気持ちにならないか?」
ルシオに言われ、そうだったとソフィアは愕然となった。何も言い返せなかった。
「ソフィア、僕は君が好きだ。とっても。他の人など考えられないんだ。君はどう? 僕なんか嫌になって仕舞った?」
「……」
ルシオは迷宮で、願いを込めて宝箱を開けた。それは
「ソフィアともう一度話し合いたい。その勇気が欲しい」
と言うものだった。こんな事を願いとしてはどうなんだと思ったが、ルシオに取っては切実な願いだった。
与えられたのは、羊皮紙に書かれた魔法陣だった。
これが答えなのだろうか? だが、ソフィアに連絡を取る勇気が何処からか湧いて出てきた。
そして通信器を手に取ってソフィアに連絡をしたのだ。
案外簡単に出来てしまった。ドキドキも不安もなく、いたって普通に以前の関係に戻った様な話しぶりが出来ていた。
自分から素直に、蟠りを消して平常心になれば解決するような些細なことだったのだ。
「ルシオ、また貴方と一緒にいたい……いさせてくれる?」
ソフィアから、一番聞きたかった言葉が貰えた。ルシオはホッと安堵のため息をはき、ソフィアをかき抱いた。ソフィアはルシオにしがみつき、目が流れ出す勢いで泣いた。
♡ ♡ ♡
あれからソフィアは、ルシオの異空間にいる。孤児院や魔法学校へは転移で行くので全く問題はない。
そこにアレハンドロがやってきたのだ。連絡もせずに。
「なんだ、オマエ等。またくっ付いたのか?」
「なんだよ、アレハンドロ、僕達は元々夫婦だ。問題ないだろう」
「そうだな、まあ、良かったじゃないか。若しかして願いが叶ったのか?」
「……ウン、君は? 願いが叶った?」
「ああ、自由が欲しいと言ったら、神官魔導師でなくなった」
「エエーッ!!! 本当だ、選別の魔法陣が変わった! アレハンドロ! 良いのかそれで!」
「ああ、スッキリした。俺は元々、神官なんて柄じゃないんだ。人を裁くなんて無理なんだ。その代わりにクリステルがシュバリスの神官になったから交代だ。だから俺はここの管理人を暫くすることになった。凄いだろう? これからは迷宮に潜り放題だ」
アレハンドロは晴れ晴れとした顔をして居る。そうだった。彼は初めは戦闘魔導師希望だった。
あの選別の日、神官の印が現れて彼は落ち込んでいたのだった。
アレハンドロは長い間、自分には向かないと思いながらもじっと耐えていたのだろう。
神官になった彼は休みなくペニーニョ中を周り、その後もグランデ大陸のシュバリスや東海岸沿いの都市を一人で受け持ち、切り盛りしていたのだ。
彼にとってここの管理人になることは最高の褒美なのだろう。
「ガルシアはクリステルに付いていった。彼奴、地下都市に帰りたくないんだとさ」
アレハンドロからガルシアのことを聞き、ルシオは何とかしてやりたいと考えた。ガルシアは、本当の気持ちを押し殺しているのではないだろうか?
「……ソフィア、例の魔法陣の解析が出来た?」
「ええ、多分呪いの呪文と同じ使い方よ。身体に書き込む方式。でもインクが……」
「魔水晶の粉を使えば良い。元々そうやって魔法陣を描いているんだから。穢れた魔物の内臓は使う必要はないはずだ」
「そうね。早速やってみようかしら」
「魔水晶のインクで成功したなら、ガルシアに初めに試してやって欲しい。彼には好きな人がいるんだ。もし思いが通じなくても、打ち明けるべきだと思う。僕は彼の憂いをなくしてやりたい」
「ふ、ふ、そうね。やるだけやってダメなら諦めも付くでしょう」
ソフィアは、ガルシアの思い人はもう結婚していると思っている。ガルシアと年が近ければ、女性はもう一人ではいないだろう。二十歳前後なら、二人くらい子供がいるかも知れないのだ。
だけど、思いを告げるくらいはいいのでは無いか? 人生何があるか分からないのだ。
その女性が、以前のソフィアのように夫を亡くしているかも知れないし、結婚しないで待っていてくれるかも知れないでは無いか。若しかすると、もしかするかも知れないのだ。ソフィアとルシオのように……。
アレハンドロは、一体何の話だと聞いたので、魔力が大きくても子供が持てるようになると話すと、
「俺には必要無いね。子供が出来る身体になったら、遊べなくなるじゃないか! 自由がなくなってしまう。絶対に嫌だね」
その言葉を聞きソフィアは、汚物を見るような目でアレハンドロを見ていた。
迷宮の管理人となったクリステルに、ルシオは異空間に無限に出来てしまう食糧のことを話した。
「そうだ、ここでは簡単に食糧が取れるんだ。そうか……じゃぁ俺が獣人達から買取って迷宮島へ持って行こう。そうすれば彼等に危害は加えられることもないし、俺等も助かる。どうだ名案だろう」
確かにアレハンドロの異空間からなら、ここの場所の転位陣に来られる。
態々高い金を出してブルホから食糧を調達しなくても良いのだ。
食糧には転移の金額分を上乗せさせられる為、高く付くとセレステ達は困っていたのだ。
これはとても良い解決策ではなかろうか。これなら結界をいじる必要も無い。
近頃では獣人達は百人を超えてきて、ここでも酒を造り出している。スブムンドとも違った味わいのウイスキーに似た酒だ。とても強くて美味しい酒だ。
このまま人口が増えれば、違う島に移住許可を出さなければならない。
今はソフィアがいてくれる。彼女も土魔法が得意だ。また村を作って貰える。
お金はどうするかという問題はあるが、当面はやはり物々交換となりそうだ。
「彼等にグサノデセダを持っていけば喜ばれるかもな。彼等は麻や綿を加工して服を作っているんだ。あの繭なら大量の食糧と交換してくれるはずさ」
「そうだな、そうなればこっちも助かる。見習を終えたばかりの戦闘兵や魔道師は、師匠の手から離れてしまう。そうなれば彼奴らは途端に苦しくなるんだ。今まで一切金が掛からなかったのに、自分で稼いだ分で生活しなけりゃダメになるからな。食いもんくらいは良い物を自由に沢山喰わせてやりたいんだ」
「食糧は幾らでも取れるから、一杯繭を持って来いよ。それで獣人達が服を作ったら、それも迷宮に買って貰う」
「肌着や下着なら、幾らあっても良いもんな。どんどん持って来い」
管理人としてアレハンドロは、やり甲斐を見付けたようだ。




